25 お買い物と決別とダンジョンの異変
「ええと、次は買い物でしたっけ……あ、でもその前にお昼にしたほうが?」
各種登録を済ませて冒険者ギルド(受付嬢なし、おばちゃんマスターあり)を出たところでエッダが小首をかしげて聞いてくる。
ああ、もうお昼を回ってる時間だものね……とりあえずお昼にしようかと言うと、ぱっと顔を輝かせて私の先に立って歩きだした。
「だったらいいお店知ってます! こっちですよ!」
エッダのお勧めというと、もふもふ成分たっぷりの猫カフェ的なものしか頭に浮かばないんですが。
いや、さすがに開拓村にそれはないよね……? せいぜい看板犬ならぬ看板獣の可愛いお店とか?
弾んだ足取りでエッダが向かったのは、冒険者ギルドの面した広場を挟んで反対側。
想像に反して獣成分のかけらもないごく普通の食堂だった。そういえば、この村の冒険者ギルドには酒場も食堂も併設されていなかったな。
異世界ファンやジーの冒険者ギルドといえば酒場とか食堂が付きものと思っていたからちょっと意外だ。
食堂は三階建ての建物の一階で、広さは東の村の食堂のだいたい倍くらいだろうか。建物は石ではなく木造で、壁には白っぽい土が塗り込んである。
「サーヤさん、席空いてますか~?」
なんてことを考えているうちに、エッダは開け放たれたままのドアから食堂に入っていく。
中から聞こえるのはわいわいとした人声。ちょうどお昼ということもあって混み合っているのだろう。座れなかったら簡単に食べられそうなものを買って、外で食べるのもありかななどと考えながら、ギンに外で待つように指示して入口から中をのぞき込む。
食堂の中は予想通り、冒険者らしき風体の人々でほぼ満席状態だった。
ほとんどは男性だがちらほらと女性の姿も目につく。女性の大半はエッダと同じマジックユーザーらしくマントやローブを身にまとい、中には神官なのか紋章付きのローブを着ている人もいる。
「あら、エッダ? ちょっと待ってて、今片付けるから~」
エッダに返事をしたのは料理を載せたお盆を持って、混雑した店内をすいすいと歩き回っていた一人の女性だ。
艶やかな黒褐色の髪を二本のお下げにまとめ、ほっそりとした身体を紺のワンピースドレスに包んでいる。
足首まであるスカートはこの世界では標準装備のようだが、飾り気のないエプロンを装着している姿はクラシカルなメイドさんを連想させる。残念ながら頭にホワイトブリムもしくはメイドキャップは付けてないけど。
「ちょっと待つみたいですけどいいですか? 他にも食堂はあるんですけど、そっちだと使役獣は中に入れてもらえないんですよ」
なるほど、そういうチョイスだったんですか。ギンにはいつも通り外で待っててもらう予定だったんだけど……というか、こんなに混雑してる店内にギンを連れ込んだりして大丈夫なんだろうか?
「大丈夫ですよ、ここ、使役獣を連れている人用の席もありますから。普段は普通の席として使ってますけど……あ、ほら空きました!」
「ごめんなさいね、お待たせしました。中へどうぞ!」
女性――サーヤさんが入口に立っている私たちに声をかけ、私は念のために確認する。
「あの、私の使役獣も連れて入って大丈夫? けっこう大きい子なんだけど……」
そわそわと私の後ろで様子をうかがっていたギンを示す。最初はちゃんとお座りしていたんだけど、エッダと私の話が耳に入ったせいか気がついたらすぐ後ろに来ていたのだ。
こやつ、すっかり人の言葉を理解できるようになっておるな……今更だけど。
「あら、可愛い! 大丈夫ですよ~、そのくらいの大きさだったら十分専用席で対応できますから! 入口を通れないくらい大きい子だったらさすがに外で我慢してもらうしかありませんけどね~」
全長1.8メートルの狼を前に可愛いと言えるサーヤさんの剛胆さに驚けばいいのか、それとも心の友と認定するべきか。どちらにせよ入って問題ないのなら、遠慮なく入らせていただきます。
ちょっと周囲の冒険者がざわついたけど、その程度のことは気にしない。ギンと一緒にゆっくりお昼が食べられることのほうが大事だ。
「あ、使役獣の食事ってここで摂らせても大丈夫? もし迷惑になるんだったら、外に出るかあとにするかするけど……」
「それも大丈夫ですよ。ご飯の内容によってはお断りすることもありますけど、その子たちのご飯ならお肉ですよね? だったらうちでも用意することができますし、もし用意してあるのなら持ち込みで食べさせてもかまいませんよ」
「そ、そうなんだ……ええと、じゃあちょっと厨房をお借りしても?」
「はい、どうぞ~。ちょっと今立て込んでいるので、なるべく隅のほうでお願いしますね~」
食堂に動物の連れ込みOKどころか、厨房への部外者立ち入りまで認められてしまうあたり異世界マジ半端ない。
いや、開拓村だから食品衛生とかそのあたりの意識ガッバガバなのかもしれないけど。衛生管理なんて言葉自体、現代でも先進国特有のものだった気がするし。
まぁOKがもらえたので、料理の注文はエッダに任せて厨房の隅っこをお借りしてマジックバッグから出した生肉を皿に直接切り落としていく。ええ、厨房の中では三十代後半くらいの筋骨隆々の男性が鍋やフライパンと格闘している真っ最中だったので。
一応挨拶はしたけど、ちらっと目線をこっちに送っただけで返事はなかった。それどころじゃないんですね、見ればわかります。
ギンたちの食事の準備をしたら、ナイフをざっと拭って肉の残りと一緒にバッグにしまい、皿を両手に持ってエッダとギンたちの待っている席に向かう。
そのテーブルは他の席からやや離れているため、ギンやヤシチが座るだけの床面積は十分に確保されている。
「ごめんね、注文任せちゃって。ここまで付き合ってもらったお礼も兼ねて、今日のお昼はおごらせてもらうから」
「え、いいですよそんなの! わたしはギンちゃんに乗せてもらえただけで満足ですし」
慌てて手を振ってみせるエッダ。うん、今もちゃっかりギンの側の席に陣取って首の下とか撫でているよね。
ギンは私の手元のお皿に目が釘付けで気にしていない様子だけど、どっちが飼い主なのかわからない状況だ。
「そうはいかないわよ、せっかくの休日を潰して付き合ってもらってるんだし。それとも依頼扱いにしてお金払う? 私はそれでもいいけど」
「いえいえいえ、そんなとんでもないです! だってただギンちゃんに乗ってサルサーギまで一緒に来ただけなんですよ!? っていうか、ミコトさんそんなにお金に余裕ないでしょう!?」
私の懐の心配をしてくれるのはありがたいけど、マジックバッグの中の蜂蜜を売れば半月は働かなくても平気なくらいの余裕はあるのだ。
買い物もしたいからあまり無駄遣いはできないが、村の中をあちこち歩き回る手間を省くガイド料は無駄遣いのうちには入らない。エッダのおかげで村の人にも変に警戒されないで済んでるわけだし。
そのあたりをエッダの耳元に顔を寄せて簡単に説明すると、彼女も納得したようで「じゃあお昼はごちそうになります」と花がほころぶように笑って言った。
うん、つくづく美人というのは得だよね。ちょっとした仕草や表情が全部可愛く見えるというのはもはや反則としかいいようがない。それはそれとして目の保養として楽しませてもらってるけど。
あ、まわりに聞こえないように気を遣ったのは、お金になるものを持って歩いていることを不特定多数の人間に知られるのはまずいと思ったからです。
余計なトラブルは避けるに限る。あちこちから無遠慮な視線が突き刺さってきてる今、無駄な努力かもしれないけど……いや、小さくても地道な努力の積み重ねってのは大事なんですよ!
「お待たせしました~、昼定食二人前になります!」
などと話し込んでいるうちに、サーヤさんが料理を載せたお盆を手に現れた。
まだ十代にも見える(リアル十代という可能性も高いが)華奢な美人なのに、料理を満載したお盆を片手でホールドしてるあたりこの人も見かけ詐欺の部類かもしれない。
まぁ、この世界には魔法とかスキルがあるから別に不思議な光景じゃないんだろうけど。
「冷めないうちにどうぞ。あと、こちらは私からのサービスになります~」
テーブルの上に並べられていくお皿の中に、薄茶色の豆を炒ったらしい一皿が加えられる。途端にエッダの懐からネズミ君がぴょこっと顔を出したあたり、彼の好物なんだろう。
それを見たサーヤさんの顔が溶けるように笑み崩れる。ああ、なるほど……彼女もエッダの同類なのか。
「ありがとうございます、サーヤさん。あ、こちらは東の村に最近来た魔物使いのミコトさんです。で、こっちが使役獣のギンちゃんとヤシチちゃん」
「あら、はじめまして~。わたしはこの『鈴蘭亭』の店主をやっているサーヤです。今厨房に入っているのは私の主人で料理人のナタですよ~」
「あ、その……ミコトです。よろしく?」
いきなり既婚者アピールされてちょっとひるんでしまったが、なんとか挨拶を返す。
既婚者多すぎやしませんかねえ……いや、こんな美人が適齢期過ぎて売れ残っているほうがおかしいとは思うけど! 現代日本と比べたらずっと結婚年齢も低いだろうし、成人年齢から考えても二十代くらいなら結婚してるほうが普通なんだろうけど!
そのあたりの複雑な心境を押し隠して、いただきますと両手を合わせてからテーブルの上に並べられた料理に手を伸ばす。
深皿に盛られたお肉がごろごろ入ったシチュー風煮込み料理に、軽く炒めた野菜のソテー、籠に入った山盛りのパン。
スープが付いていないかわりにほんのりリンゴの風味が香る水のコップが用意されている。
料理の味はやや味付け濃いめの、肉体労働者向けメニューといったところだ。
好みで言うなら私はヨーコさんの料理のほうが好きだけど、人によってはここの料理のほうが美味しいと言うかもしれない。いや、もちろん美味しく全部いただきましたよ? ちょっと量が多かったので最後は押し込むような感じにはなったが。
「ふ~、ごちそうさま……」
両手を合わせて向かいのエッダを見ると、まだ半分ほど残っているもよう。
別に私ががっついていたわけではなく、小皿に盛られた豆を一心不乱に食べているネズミ君をにこにこと見守っていたのが原因だ。ネズミ君……さっきまでは私の様子をちらちら気にしていたのに、食の誘惑には勝てなかったか。
私が食べ終わったことに気づいてエッダが慌てて料理を口に運ぼうとするのを止め、サーヤさんにお茶の追加注文をする。
そういえば、ファンタジー世界だと前払いが(食い逃げを防止する意味でも)当たり前かと思ってたけど、ここも東の村の食堂も普通に後払いだったなぁ。まぁ、色々注文する度に払うのは面倒くさいから、そのほうが楽でいいけど……
各席にメニュー表は置いてないかわりに、壁の目立つところに本日のメニューやドリンクの値段が書かれたボードが貼ってあり、注文はそこを見て行う形式だ。伝票は見当たらないから各席の注文状況はどこかに一括して書かれているか、でなかったら店主の頭の中で把握されているということなんだろう。
……後者だったらすごいな、異世界の店主。ヨーコさんやサーヤさんを見てると、後者でも不思議じゃないような気がしてくるのが特に。
運ばれてきたお茶をゆっくり飲んでいると、エッダの(ついでにネズミ君の)食事も終わりサーヤさんにお勘定を支払って店の外に出る。
帰り際にものすごい満面の笑みで「また来てくださいね~」と言われたのははたしてセールストークか本音という名の欲望か。どっちにせよ使役獣OKの食堂という時点で、もしまたサルサーギ村に来るようなことがあったらあそこを利用するのは確実だ。
「サーヤさんのところは宿もやってるんですよ。ちょっと値段は高めですけど、部屋も広いし使役獣を連れ込んでも平気だから、もしサルサーギ村で泊まる必要があったら鈴蘭亭がお勧めです。ご主人のナタさんが目を光らせてるから、変な人に声をかけられたりつきまとわれたりすることもありませんし」
さらにエッダからの熱い鈴蘭亭押し。君は鈴蘭亭の営業マンですか……というか、宿の中でストーカー発生とかなにそれ怖い。
「値段の安い宿だと珍しくないんですよ? そもそも大部屋で仕切りが布一枚だったりとか、個室でも鍵が外からでも開けられるくらいちゃちな造りだったりとか。わたしはクロウたちがいたからそんなに危ない目には遭ってないけど、それでもしつこく口説かれたり、強引に連れ去られそうになったことは何度かありますし」
「……東の村って平和だったのね」
思った以上に異世界はデンジャラスだったみたいです。魔物がどうこうじゃなく、犯罪的な意味で。
そう考えると、最初に見つけたのが東の村だったのはとてつもない幸運だったんだなぁ……少なくとも、あの村で身の危険を覚えたことは一度もないし。
エッダがなんとなく複雑な顔をしている気もするけど、そのあたりは気にしないでおこう。ええ、いきなり大の男数人を飲み比べで潰すような危険人物と認識されてるとか、ギンたちが常に側で目を光らせてるから下心持ちの冒険者は寄ってこないとか、そういうことは考えないほうが幸せなんですよ。ああ、東の村は平和でいいなぁ!
そのあと、エッダの案内で向かった食料品店で蜂蜜五壺を売っぱらい、お茶とか調味料とか小麦粉とか色々買い込んでから次のお店に向かう。
エッダにもマジックバッグのことは話してあるので自重は抜きだ。
次の衣料品店では普段着にできそうな衣服を何点か、その次の雑貨屋ではギンとヤシチの登録証を付ける革の首輪を購入する。
他にもDPで作るには微妙なラインの品物をいくつか……小鍋とか予備の食器とか紙とか。食器は移動の多い冒険者向けなのか木製のものが中心だ。
紙はギルドで使っていたものと同じ色の付いた藁半紙。文字を書くのに不向きなのはさっき身をもって体験したけど、他にも色々用途があるので五十枚ほど買っておく。……それだけで1ズィルも飛んでったし。日常的に使える範囲内ではあっても、紙はけっこう貴重品らしい。
あと鏡も欲しかったけど、コンパクトの付属品のような手のひらサイズで大銀貨一枚なんてお値段なので断念。い、いいんだ……別に化粧とかするわけじゃないし。
ただ、こっちの世界に来てから初めて自分の顔を見たわけですが、あんまり普通すぎて逆に驚きました。
あまりにも年齢通りに見られないものだから、ものすごい童顔かいっそ若返ってでもいるんじゃないかと思ったのに。ごく普通の、二十五歳相当の女性の顔でした。
うん……別に期待していたわけじゃありませんが……ありませんが! いいんだよ、肌の手入れも髪の手入れもろくにしてない状況でも、かろうじて見られる外見だっただけ……って、そうだ! 櫛、櫛を買わないと!
櫛を買ったらギン用のブラシも欲しくなって、騎獣の手入れ用のブラシの値段の高さに打ちのめされて(ぎりぎり買えないことはなかったけど手持ちが全滅するお値段)、かわりに思い出したジンガのお土産として作物の種をいくつかと、特大サイズの麦わら帽子を買いました。
誰がこんなの被るんだ……とか思ったら、子供がサイズ間違えて作った失敗作みたいです。そのおかげで安く買えたのはありがたかったけど、かわりに「なにに使うんだこんなの」みたいな視線を向けられました。おうふ、ブーメラン……
買い物に時間がかかったせいで、サルサーギ村を出て東の村に向かったのはけっこう夕方に近い時間となった。
急いで帰らないと、東の村に到着する前に日が暮れてしまうだろう。
サルサーギ村の入口で門番をやってた冒険者に登録証代わりの布を返却し、保証金を返してもらったらエッダと一緒にギンの背中に乗って一路東の村へと向かう。
帰りはエッダがギンに乗るのに慣れたこともあって、ほとんどノンストップで東の村に直行する。
途中のリフラ村でも村を抜ける間ちょっとスピードを落としただけで、立ち寄ることはしなかった。サルサーギ村よりお店の品揃えもよくなさそうだし、これ以上散財するのも避けたかったし。
ええ、蜂蜜を換金したお金の半分以上を一気に使っちゃいましたからね! 古着にもかかわらず服が微妙に高かったのが原因だ。
いや、むしろ高かったのは布か……柄物とか珍しくて、つい色々と買い込んでしまったんです。小屋に戻ればまだ布はあるというのに……まぁ、あっちは完全に消耗品と割り切って新しく買った布で色々作ろう。
二、三度休憩を入れた他はひたすら飛ばした甲斐があって、東の村に到着したのは日が沈むぎりぎり直前の時間だった。
急いでよかった……どこかで寄り道でもしていたら確実に途中で暗くなっていたところだったよ。私は〈暗視〉があるからまだ大丈夫だけど、エッダには怖い思いをさせてしまうところだった。
ランプは持っているけど、置き型だし油がこぼれたら大変なのでさすがにギンの背中では使えない。
と思ってたら、エッダが明かりの魔法を使えることがあっさり判明。
あ、初級の魔法なのね……いや、明るいうちに帰りたかったのは事実だからいいんだ。それに魔法にせよ普通の火にせよ、明かりを持っているとそれだけで魔物が寄ってくることもあるそうだ。余計なトラブルは勘弁だから、結果的にはOKってことだよね。
「じゃあ、今日は本当にありがとうね。エッダがいてくれて助かったわ!」
「いえ、私も楽しかったです。もし予定が合うようだったら、また一緒にサルサーギまで行きましょうね! 他にも紹介したいお店とかありますし」
コテージに向かうエッダに再度お礼を言って別れようとしたところで、一つ思い出して足を止める。
「あ、エッダ……その、ネズミ――じゃなくてルドルフのことなんだけど……」
そこまで口にしてから、続ける言葉が見つからなくて口ごもる。
いずれはネズミ君を連れてこの村を去るつもりだけど、どうやってそれを伝えればいいのか。なにも言わないで去るのが一番だとわかってはいても、ネズミ君がいなくなったあとのエッダを思うと……
「ルドルフがどうかしました? あ、ミコトさんの頼みでもルドルフはあげられませんよ? 私の大事な使い魔候補なんですから!」
うん……気持ちはすごくわかる。ネズミ君を送り出す前の私の気持ちがまさしくそうだったから。
だから、ネズミ君が唐突にいなくなった時のエッダの気持ちも簡単に想像できるのだ。
どれだけ辛い思いをするか、悲しい思いをするか。ネズミ君――ルドルフのことを思い出すだけで涙を流すことになるんだろう。もっと自分が注意していればと自分を責めることになるんだろう。
「……でも、ルドルフは弱いよね? なにかの事故で死んだり、もしかしたらいなくなったりすることもあるかもしれない。それでも、エッダはルドルフを使い魔にしたい? もっと強い魔物を使い魔にしたほうがいいとは思わない?」
私の問いにエッダはちょっと目を見開いてから、その目を伏せて寂しげに言葉を紡ぐ。
「ソラと同じようなことを言うんですね……わかってます。いくら頭が良くても、油断すればすぐ死んでしまうくらいルドルフは弱い。だから今は狩りにも連れて行けない……でも、わたしがルドルフを使い魔にしたいって思ったんです。弱いとか強いとかは関係ない。一目見た瞬間にこの子に決めたって思ったんですよ! わたしもまだ未熟だけど、この子と一緒に強くなっていきたいって思ったんです!」
エッダの懐から顔をのぞかせたネズミ君が、つぶらな目をうるうると潤ませて私の顔を見つめている。
うん……ただ単に三食昼寝付きの生活につられたわけじゃないんだよね。ネズミ君――いや、ルドルフは自分で自分の主人を決めたんだ。
「今はまだ眷属化の魔法を使えないけど、魔法使いとしての位階を上げればルドルフを正式な使い魔にすることができます。そうしたらわたしが強くなっただけ、ルドルフも少しずつ強くなっていくはずです! それまでは私がルドルフを守ります!」
「……そっか。本当にルドルフのことが好きなんだね、エッダ」
「はい!」
エッダの笑顔が眩しくて正視できない。少なくとも、ルドルフにきちんとした名前を与えることもできなかった私より、エッダのほうがちゃんとした飼い主だ。
いなくなった時のことを考えるより、自分が守ると胸を張って言い切る思いの強さ。これはもう……完全に負けてるよね。ただ作り出したというだけで(しかも厳密に言えば作ったのは私じゃなくてダンジョンだ)主人面できるわけがない。
「うん、そこまで考えているなら、私があれこれ言う筋合いなんてないね。もしエッダがルドルフを手放す気があるなら、私が引き取ろうかと思ってたけど……」
「手放す気なんてありませんよ! この東の村にやってきたのはルドルフと出会うためだったんだって思ってるんですから!」
その日君は運命と出会う……ですか? エッダの赤い糸の先にはルドルフのちっちゃい手があった、と。
いや男どももっと頑張れよ。完全にエッダの中で、男どもの順位がルドルフ以下になってるよ!
まぁ、エッダの赤い糸の先にいるのが誰かはともかく、ここまで思ってもらってるなら私がルドルフを作り出したことは無駄じゃなかったかな?
連れて帰れないのは寂しいけど、ダンジョンに連れ帰ったところでジンガと一緒にお留守番要員になるのは目に見えているし。それなら、ルドルフが自分で選んだ主人のもとへ送り出してやるのが親心というものだ。
……将来有望な冒険者パーティーの様子を探る偵察要員を送り込んだという見方もできるしね! ええ、ただ情に流されたわけじゃありませんから! エッダとルドルフにはこれからも末永く幸せに爆発しやがれとは思うけど、実利も込みですから!
今度こそエッダに別れを告げて、ひとまずヨーコさんの食堂に足を向ける。
別れてもすぐにまた会うんだけどね。コテージには一応調理設備も付いているらしいけど、自炊する冒険者はほんの一握りでほとんどの冒険者は食堂を利用しているらしい。
エッダたちもご多分に洩れず、あとからパーティーの皆と一緒に食堂に来る予定。
なお、エッダたちも野営の時にはちゃんと料理をするとのこと。ただし中心になるのはソラだけど! ……あの子が抜けたら、本気でエッダたちのパーティーがやっていけなくなる気がするのは私だけだろうか。
エッダの料理の腕は、本人が遠い目をして「人間、得手不得手ってものがあるんですよ」というレベルだそうだ。
いつものように厨房を借りて、ギンたちの食事の準備をしてから夕食を摂る。
エッダたちパーティーも間もなく姿を見せ、昨日と同じくわいわいと騒ぎながらの食事だ。にぎやかな食事は嫌いじゃないし、ついでにお酒も飲めるんならなおよし。
今日はグリンさんたちオヤジ連中も復帰してきて、セクハラじみた発言をしてきてくれたのでまた飲み比べで撃沈させてやろうとしたら全力で逃げられた。うぬう、無駄に学習能力の高いオヤジどもだ。
深夜を過ぎて酔い潰れる人もぽつぽつと出始めたところで、こっそりヨーコさんにお勘定を渡して食堂を抜け出す。
エッダたちは明日からまた狩りに出るとのことで、すでにコテージに引き上げている。残っているのは明日が休みの冒険者と村のオヤジ連中だけだ。
ほろ酔いのいい気分で宿の自分の部屋に戻り、荷物の整理をしながら〈伝達〉を使ってダンジョンのジンガに連絡を取る。
お土産の麦わら帽子を被ったジンガの姿を想像すると、ビジュアル的には違和感バリバリなのに畑仕事をしている姿には似合いすぎて困る。あ、麦わら帽子だけじゃなくて手拭いも買ってくればよかった……いや、手拭いだったら作ればいいか。普通サイズじゃどっちみちジンガには大きさ的に合わないし。
(ジンガ、元気~? こっちは皆変わりなくやってます。今日はこの近隣で一番大きな村まで行ってきました。ジンガにもお土産を買ってきたから楽しみに待っててね!)
うきうきと伝えた言葉に対するジンガの反応はない。……あれ? 遅い時間だし寝ているんだろうか?
いやいや、ジンガはゴーレムだしダンジョンの中では睡眠の必要はないはずだ。まさか、ダンジョンになにかあった? そう思うのと同時に冷や水を浴びせかけられたような気分で一気に酔いが覚める。
(ジンガ、応答して! そっちでなにかあった!? まさか侵入者でも……)
(グオオ~~~~~ッ!)
返ってきたのはいつも通りのジンガの声というか咆吼。ジンガの身になにかあったのではという不安が、安堵の思いに取って代わられる。
ただ、ジンガの声には私たちの無事を喜ぶ思いとは別に、どこか焦りとも困惑ともつかない感情がにじんでいた。
やっぱりダンジョンになにかあったのだろうか? そう思って〈視野借用〉を使ってみるけど、ダンジョンの地下一層には特に変わった様子はない。ダームフライがのほほんと空を飛んでいる牧歌的な光景が広がるばかりだ。
いや、変わっているところが一つだけあった。出発ぎりぎりに思いついて設置した侵入者の存在を知らせる警告ランプだ。
なにしろジンガは地下一層から出られないので、ダンジョンに侵入者があっても気づけない。なので地下の1000キロ廊下に侵入してくる生物がいた場合、光の点滅で知らせるランプ(形は覆面パトカーの屋根に載ってるやつ)を小屋の前に設置しておいたのだ。
それがピカピカとクリスマス時期のイルミネーションのように光っている。
光っているんだけど……うん、一応侵入してきた生物のランクで光の強さが変わる設定にしてあるんだけど、まるで豆電球のような光の弱さ。はっきり言ってイルミネーションのLEDのほうがよっぽど明るいくらいだ。
これはジンガも報告するべきかどうか迷っただろうなぁ……だって、どう見てもランク1か2の生物というか魔物だし。
地上部の魔物がなにかの拍子に迷い込んできた可能性も高いし、それで偵察というか人間の村生活満喫中の私を煩わせるのも……とジンガが考えてもおかしくない。見かけによらずお気遣い上等な性格してるしね、ジンガ。
(すぐ報告しなかったのを気にしてるの? 迷う気持ちはよくわかるし、気にしなくてもいいよ、ジンガ。とりあえず、ジンガよりランクが上の魔物が入ってきたりでもしない限り報告はしなくていいから、もしそういう侵入者があった時だけは即座に教えてね)
(グオオ~~~~~ッ!)
返ってきた声には「まかせて!」という思いが込められていた。
ああ、やっぱりうちの子はみんな可愛い。
お馬可愛いギンに真面目可愛いヤシチに健気可愛いジンガにと、可愛さの方向性は違うんだけど、みんな違ってみんないい、というやつですよ!
けど、地下通路に侵入者があったのはこれまでになかったことだし、念のためダンジョンに一度戻ったほうがいいかな。危急の際には一瞬でダンジョンに戻れるとはいえ、私に連絡する余裕が必ずしもジンガにあるとは限らない。
なによりダンジョンマップはダンジョン内でしか使用できないので、ここで状況を確認することはできないのだ。
情報収集という点においてはすでに期待以上の成果を得ているし、またこの村に来るための下地作りも完了してる。
欲しいものもだいたい購入してあるし、村に行くための比較的安全なルートも構築してある。うん、ちょっと予定より滞在期間は短くなったけど、やるべきことは全部クリアしてる。
あ、でもしばらく村に戻らない理由をなにか考えておかないと……なにも言わずに姿を消したりしたら、ヨーコさんとかエッダとかに真面目に心配されそうだ。
なにかいい口実はあるかな……などと考えながら、ジンガとの交信を切ってベッドの上にごろりと横になる。
サルサーギ村や冒険者ギルドで得た情報もまとめておかないと……と思いつつ、意識は次第に眠りの闇の中に吸い込まれていった。