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プロローグ



 目が覚めると、見知らぬ部屋の中だった。


 いやちょっと待てとか思いながら部屋の中を見回す。のっぺりとしたコンクリートのような質感の白い壁、天井、床。

 角砂糖の裏表をひっくり返したような正方形で、一辺は10メートルくらい。

 明かりも含めて家具一つ見当たらない。なのに部屋全体がぼんやり明るく見えるのは、床や壁自体がうっすらと光っているからみたいだった。


 というか、ここどこ? 昨日ベッドで横になって以降の記憶がないんですけど? 

 床にぺったり座った私の恰好はパジャマ姿。もう二年は着ているユ○クロの値下げ処分品で外を出歩くような度胸、もしくは蛮勇は持ち合わせてない。

 となると、ここは必然的に最寄り駅から徒歩十五分、単身者向け四階アパート二階角部屋の私の部屋ということになるわけで。


 寝ている間にビフォーアフターとは、大家さんもなかなか斬新なことをやってくれる。


 ……うん、現実逃避してました。家具はどうしたボケェとか、明後日の方向にさらなる暴走を続けそうな思考にストップをかける。


 だってねぇ、記憶が戻ってきちゃったんですよ。目を覚ます前の。

 ベッドですやすや気持ちよく眠ってたら、いきなり天地がひっくり返ったかと思うような揺れに襲われて目を覚まして、必死にベッドにしがみついてたらものすごい衝撃と痛みを感じてぶつっとブラックアウト。

 はい、ありがとうございましたどう考えてもアパートの倒壊に巻き込まれてます。

 見た目はそこそこ綺麗だったけど築年数はけっこうあったからなぁあのアパート……それにしたって簡単に潰れ過ぎだけど。手抜き工事だったんじゃあるまいか。


 いっそ夢だと思いたいところだけど、最後に感じた痛みや息苦しいほどの埃っぽさまではっきりと覚えている。

 というか、夢だとするなら今のこの状態のほうがよっぽど夢としか思えないわけで。

 まとめて両方夢だと思うには……あいにくどっちもリアルすぎるんだよねぇ。突拍子もない夢を見ることにかけては自信があるけど、今ここで床がぱかっと割れてマッサージチェア型のロボット操縦席でも出てこないことには夢だとは思えない。


 で、夢でないとするならば、今ここにいる自分が無傷なのはおかしいわけですよ。

 病院で点滴に繋がれているならわかるけど、怪我もなくパジャマに血が付いているわけでもなく、ぴんぴんしている状態で見知らぬ部屋に一人。

 となると、あれだ。命の危機で眠っていた能力が目覚めたとかいう、ちょっと古傷の痛みを感じる可能性を除外すると残る候補は一つ。


 自分はすでに死んでいて、ここはあの世か他のどこかの世界かという可能性だ。


 うん、ありがちだよね。まさか自分の身に起こるなんて思ってもみなかったけど。

 あの世よりは、別の世界のほうがましかなぁ。ネット小説でよく見かける異世界転生。いやこの場合は異世界転移になるのか?

 実は自分はまだ生きていて、ここにいるのは「私」のコピーだったり……それはないか。あの状態で助かってたらそっちのほうがよほど奇跡だ。


 お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください。お祖父ちゃんお祖母ちゃん、どうかショックで寝込んだりボケたりしないでください。

 妹よ、実家に置きっぱなしの黒歴史を封印した段ボール三箱は、かねてからの約束通り決して中身を見ることなくすみやかに処分してください。絶対口外しないと誓った妹の恥ずかしい過去はちゃんと墓まで持って行く結果になったんだから、約束守ってくれるよね?


 かなり大きい地震だったけど、実家のほうは大丈夫だったかな? 同じ県内でも50キロは離れてるから、たぶん大丈夫だとは思うけど……


 そこまで考えて、たった今もう一つ重大な問題があることに気づきました。

 家族の顔と名前が思い出せません。両親も、妹も、祖父母も……それどころか、自分自身の顔と名前も。

 高校から仲の良かった友人も。小学校からのもはや腐れきった縁の友人も。

 大学で一緒に馬鹿をやったグループも。今の会社でちょこちょこ一緒に飲みに行ったりしている同僚も。某ベテラン声優にちょっと声が似ている食わせ者の上司も。

 ある程度以上親しくしていた人の名前も顔も、まったく思い出すことができない。

 覚えているのはたまに行くコンビニの店員とか、二、三度しか顔を見たことのないアパートの隣人とか……誰だよ田中って。


 うん、ちょっとショックなことが判明してしまったけど気を取り直そう。

 大丈夫、名前も顔も忘れてるけど、そういう関係性の人物がいたことは覚えてるから。友人A、友人Bって感じだけど、ちゃんと区別もつく。思い出がまるまる消え失せてしまったわけじゃない。

 あれですよ、ちょっと頭打って固有名詞が思い出せなくなってるみたいなもので。

 頭どころでなく全身打ってるけどな! むしろぺっちゃんこになってる可能性がなきにしもあらずだけど! HAHAHA!


 頭の中で自虐気味な漫才をやって、ちょっと気分が落ち着いたところで息を吐く。

 いや、漫才でもやってないと際限なく落ち込みそうなんです真面目に。両親がどんな思いで私の葬式を出すのかとか、そもそも家族や友人は無事でいるのかとか、考え出すと負のループに呑まれてどこまでも暗いことばっかり考えてしまいそう。

 落ち込んでる場合でも、泣いてる場合でもないんですよ。いや誰もいないし絶賛放置中だし別に泣きわめいてもいいんだろうけど、理性というやつが邪魔をしてくださる。


 せめて自分がどうしてここにいるのか、周りがどういう状況なのか確かめないことには安心して泣くこともできない。

 可愛げのない女ですみません。だけどそういう性分で25年も生きてきてるんです。



「よいしょ……っと」


 床に着いていた手に力を入れて立ち上がる。しかし異世界(仮定)に来ての第一声が、おばさんくさいかけ声だってのはどうなのか。もう手遅れだけど。


「あ、出口がある」


 ぐるりと部屋を見回すと、ちょうど後ろの位置にドアのない出入り口を発見。

 1×2メートルくらいの長方形の穴で、向こうには何も見えない。


 ぺたぺたと床を踏みしめて出入り口に近づく。どうでもいいけどパジャマに裸足って防御力ゼロだよね。これで即戦闘とかになったら一撃死する自信があるんだけど。

 はたしてこれがどんなジャンルに含まれるのか。それが一番の問題だ。

 うっかり召喚場所間違えちゃいましたテヘペロ的な勇者召喚系か、説明なしで放り込むけど別にいいよねワシ神様だし的な神様転生系か、困ったらとりあえずステータス見とけばなんとかなるよ的な異世界迷い込み系か。

 死んで覚えろただしコンティニューはない的なダンジョン探索系だったりしたら、正直目も当てられない。


 罠とか不意打ちとかないよね、とドキドキしながら入口の向こうに顔をのぞかせる。

 入口の向こうにあったのはこちらと同じ正方形の部屋だった。幸い矢が飛んできたりガスが噴き出したりモンスターが襲いかかってくるようなことはなかったけれど、まったくの無人でしんと静まり返っている。

 たださっきの部屋と違うのは、部屋の中央に台座に載った球体があるということ。


 しばらく部屋の中を見回したあと、恐る恐る足を踏み出す。

 足下がパカンと開いて落とし穴とかマジ勘弁ですから! まさか自分の人生において、ここまで切実に10フィート棒が欲しくなる瞬間があろうとは!

 爪先からそろそろ体重をかけるような歩き方で、部屋の中央までたどり着く。

 台座は約1メートルの高さ。根元と先端がやや太くなっている他はなんの飾りもないすとんとした円柱形だ。その上に載っている球体は直径30センチほどで、透き通っているのに向こう側が見えないという不思議仕様。


 あからさまに怪しいけど、他に手がかりもない以上これを調べるしかない。よくあるよね、こういうオブジェクトがなにかのスイッチだったり、謎解きのキーだったり、物語上の重要アイテムだったりするの。

 どうか罠とか厄ネタなんかではありませんように、と祈りながら指先でちょんと突くように触れる。恐いのは静電気ではなく罠とか呪いだ。


 けど、球体に触れてもなにも起こらず……いや、奥のほうでふわっと光が瞬いた。

 何色とも言いがたい不可思議な光に意識が向いた次の瞬間、目の前が真っ白になるくらいの光が球体から放たれる。ちょ、時間差攻撃とか卑怯ですから!

 あまりの眩しさにしぱしぱする目を覆いながら球体から距離を取る。目が、目が~のム○カ大佐の気持ちが今ならよくわかるよ! 車のハイビーム直撃どころじゃない、部屋全体が白く染め上げられるほどの光なんて何万ルクスですか!?


 新手の攻撃じゃないかと思うくらいの光の洪水は、ほんの一瞬で収まったようだった。

 よう、というのは当然ながら目に焼き付いた光の残滓で、しばらくまともにものが見えなかったせいだ。うーうー唸りながら瞬きをくり返し、やっと正常な視界が戻ってくる。

 まだ半分くらいぼやっとした緑のモヤに覆われた視界に、目の前で柔らかく光を放っている球体が入る。電球みたいな一律な光じゃなく色々な色の光の波が中で踊っているみたい。正直最初からこの状態にチェンジして欲しかった、いや本当に。

 どうやら球体の光はそれで落ち着いたようで、私は目をこすりながら大きく息を吐く。


 ため息の成分は安堵半分。残りの半分は、頭の中に最初からここにいましたよ? くらいの自然さでいつの間にか居座っていた知識のせいだった。


 そう、知識。国語とか算数とか、高校の世界史とか化学とかテレビやパソコンの使い方とかレストランの皿の洗い方とか上司の長話のインターセプト方法とか。

 今までの人生の中で身につけてきた、様々なジャンルの知識の中にまったく心当たりのない知識が一つ収まっている。うん、あれだ。自室の本棚の中に気がついたら買った覚えも借りた覚えもない、しかも今まで手を出したことのないジャンルの本が収まっていた感じ。


 原因はわかっている。というか、私が今ここにいる原因がそれというか。

 さっきの光って、要するにダウンロード完了の合図だったみたいだね……完了画面のポップアップとかもうちょっと穏やかな方法はなかったものか。


 ええ、そうです。私がどうしてここにいるのか、目の前の球体がなんなのか、全部すっきりわかりましたよ。わかってしまいましたよ。わかった途端に目の前で優雅に光を踊らせている球体に、マジックかなんかで落書きしてやりたくなりましたよ!

 爆発でもしたらどうしようと心臓ばくばくさせてた、私の人生最大の緊張の一瞬を返せ! 前の時には見損ねた走馬燈まで本気で回りかけてたんだぞ!!


 私の頭の中にあるのは『ダンジョンマスターの知識』。

 目の前にあるのはダンジョンのもとであり、管理中枢であり、構築・操作のための媒体でもある『ダンジョンコア』。


 どうやら私が直面しているこの状況は、勇者召喚系でも神様転生系でも異世界迷い込みでもないジャンルだったようです。


 ダンジョンものはダンジョンものでも、探索じゃなくて経営するほうのようで。

 いや、紙装甲もいいところの初期装備パジャマで始めるダンジョン攻略なんて、土下座してでもノーセンキューですけど! たとえコンティニュー機能がついてても死に戻りからのループなんて絶対精神が保たない自信があります!

 ……心底思うんだ。ループものの主人公って、精神がアダマンチウム合金かなにかでできてるって。一度死んだ体験があればなおさらのこと。


 まぁ、現実にはならなかったというか、ならずに済んで心の底から良かったと思う可能性はさておいて。


 私、どうやら見知らぬ異世界でダンジョンマスターをやることになったようです。




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