出会い
ZAAL~出会い
池田瑞穂はよく女の子に間違われる。
茶色い髪、白い肌、そして同世代の子どもに比べて身長も128センチと小さい。
ピッピッピー
審判のホイッスルで試合が終わった。
小学生は8人制サッカーで、自由交代のために激しく攻守が変わるサッカーに変化した。
これはサッカーをしている子どもに少しでも出場機会を設けることにも繋がる。
しかし、同じクラブでも2チーム登録などが増えて逆に差ができたのも事実だった。
全日本少年サッカー大会市内予選一回戦。
無常にも11-0の試合結果だった。
ベンチにいる子のほとんどは試合を見ていない。
コーチも無関心。
そして、フィールドに立っている子どもたちも負けたことを悔しがるというよりだらだらとベンチに戻ってくる。
「挨拶をちゃんとしろ!」
相手チームのベンチに向かい挨拶する子どもたち。
「「ありがとうございましたぁ~」」
形だけの挨拶をする子どもの中に無表情の瑞穂がいた・・・。
5月のGWの最中の予選ということもあり、負けた子どもたちは「何して遊ぶ?」という会話が聞こえてくる。
そして、家族と帰っていくチームメイトを見ながら、瑞穂はカバンからおにぎりを出して食べながら次の試合を見ていた。
「Bチームはあんなものでしょう」
知った声が聞こえてきた。
「まあ、クラブの威信はAチームが保ちますよ!」
「くそ」
涼しげな顔した茶色い髪の色白の女の子みたいな子の口から出た言葉。
瑞穂はひとり悔しさを小さく吐き出していた。
Bチームでもレギュラーでもないし、5年と1ヶ月でクラブ27人のなかで未だ唯一の公式戦無得点。
所属チームのコーチ陣の目に留まることは無かった。
「サッカーもうやめよう・・・試合に出れないし・・・面白くない・・・」ふと声になしてつぶやいていた。
目の前では楽しそうに走り回る真っ白なユニフォームの子どもたちが試合をしていた。
ベンチからの声は「グッ~ド~~~~~!!!」しか聞こえない。
「防戦一方なのに何がグッドだよ・・・」つぶやいた瑞穂の声に隣にいた男の人が返してきた。
「あいつら楽しそうだろ?」
これが、池田瑞穂と勝雄正敏との出会いだった。
「キミはサッカー嫌いになったの?」
独り言を聞かれていたようで気まずい思いを瑞穂はしたが、気に留めるようなそぶりも出さずに隣の男は続けた。
「あのチーム、本当はフットサルのチームなんだ・・・学校のサッカークラブに入らなかった子や、辞めてしまった子を集めたチーム」
気付けば瑞穂はフィールドを走り回る選手たちを見ていた。
男もまぶしそうに子どもたちを見ていた。
「ああ、俺は勝雄正敏って言うんだ。あの白いユニフォームのチームのコーチね。みんなからはカツコって呼ばれている。勝雄コーチって呼ばしたいのだけどね・・・」
フィールドから目を離さずに話し続けている。
誰に話しかけているんだよ・・・瑞穂は思いながらも試合に引き込まれていく。
楽しそうだ・・・
「一度練習を見に来てみな」と名刺と裏に汚い字で練習日時を書いて渡された。
ZAALと書かれたメモを見ながらクラブチームなんて通うこと父さんや母さんに言えないよ・・・と思ったのを見越したように男が言った。
「27番の選手のプレイを見て惚れた!体験でいいから一度来ないか?」
え?27番は僕の番号・・・27人のクラブ員の27番目だから27番。
「周りをよく見ているよな~走り負けているけれど(笑)でもトラップやパスの技術は高いよな~」
フィールドから目を離し、食べかけのおにぎりを手にした僕の目を見つめていった。
「身体が大きいからサッカーが上手いのでもなく、走るのが速いからでもない。(トントンと頭を指差し)フットボールはここでやる」
男の言葉が耳に残った。
僕の父親は7年前から仕事で海外に単身赴任、母は仕事帰りの遅いから洗濯や簡単な食事は自分で作る。
だから父さんは僕がサッカーをしていることなんて知らない。
試合に負けた日の夜。
昼に声をかけられた男から渡された名刺を見ながら、僕の十八番の料理の豚のしょうが焼きと卵焼きを作り晩御飯を食べていた。
小学生がしょうが焼きを作るってすごいだろう!
って、それしかできないんだけど・・・。
その時、僕の頭に浮かんだのは、はじけるような笑顔で走り回る同世代の子どもたち。
それをまぶしそうに目を細めてみる男の目。
瑞穂は小さいときから父親が仕事で不在続きのため大人の男性が苦手だったが、そのカツコと名乗った男の目に暖かいものを感じた。
後に、暖かいというより、ぬるいお湯と思ったら、熱湯風呂だったり大変な思いをするのはこのときは気付いていない。
晩御飯を食べて、シャワーを浴びて布団を敷いて・・・いつもの作業をしながらも視界の中にはもらったメモがあった。
そして何時の間にか眠っていた。
◆◆◆
瑞穂の所属クラブのAチームは翌日の決勝トーナメントに進んでいた。
近所だし、することもないので試合会場に向かった瑞穂の耳に大きな声が聞こえた。
「ミズホ~~~」
昨日の男の人、カツコだった。
僕の知り合いで呼び捨てにするのは母さんだけだ。
そして、8人しかいない子どもたちの後ろからカツコより大きな男・・・昨日のベンチにいたコーチが声をかけてきた。
「はじめまして!俺、ヤマさんって言うんだ!」
すると子どもたちも続くように「俺~」と自己紹介が始まった。
そして一番大きな少年が「俺、タイキ!キミ、27番だよね?」
何故、みんな僕の背番号を覚えているんだ?
というか、何故名前を知っているのか??
ああ、登録選手票を見たのか・・・などとぼ~っと考えていると・・・
「今日はキミのクラブと優勝をかけて戦うぜ!」というタイキにみんなが突っ込んでいる。
「いや、僕ら決勝リーグに進んだだけで、決勝まで行けるかなんてわからないし~」
「こいつ勝つつもりだぜ~」
「怪我人でたら7人だぜ~」
「あ、今日マサオ怪我で出れないぜ~」
「マジか~じゃあ7人だな~」
「それで決勝行けたらスゲ~よな~」
話がそれている・・・。
「俺、ヒロキ!よろしくな!!」
これまた大きな子が手を伸ばしてきた。
「今日の対戦相手の選手にいきなり握手はないよね~」
「「「ヒロキは何にも考えていない」」」と突っ込まれている。
いや、僕はBチームだから関係ないんだけどね・・・。
その中から130センチぐらいの僕と同じ背丈ぐらいの真っ黒な少年が挨拶をしてきた。
「はじめまして僕はマサオ」
またまた自己紹介された・・・。
「僕、ミズホ・・・」
「「「男だよな~?」」」無遠慮な言葉。
出会いは不思議なもの・・・。
彼らと仲間となるとはこのとき思いもしなかった・・・。