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新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
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伝言ゲーム

 目の前の秋姫は、驚いた表情で孝介を見ていた。その表情に孝介の良心が三階から落とされたゴムまりみたいに凹むが、全部後で謝ろうと思った。


 とりあえず、今は。


「おい。なんで逃げたりするんだよ」


 腕を掴みながら、俯く秋姫に孝介は苛立ちを抑えきれない声で話しかけた。


「すみません」

「謝んな。あんたに謝られると、こんなことしてる俺はあんたにどう謝ったらいいかわからなくなる。それで、どうして俺から逃げたり俺を付け回したりする?」

「…」

「嫌われるのが、もう嫌になったのか?」


 ぶんぶんと秋姫が首を横に振る。


「なら、何だってんだよ…」


 頭を抱える孝介に、秋姫は白の便箋を差し出す。


「あ、何だよこれ?」

「十日町君に受け取って欲しいんです」

「口で言えよ」


 またぶんぶんと秋姫が首を横に振る。

 昨日から何か煮え切らない秋姫の態度に孝介の苛立ちの気持ちが募っていく。


「だんまりかよ。言ってくれなきゃわかんねえこともあるだろうが」

「…」


 それでも、秋姫は何も言わずに、手に持った便箋を孝介に突き出した。


「…そうかよ。なら、あんたに一つ、良いことを教えておいてやる」


 孝介の言葉に、俯いていた秋姫が顔を上げた。


「ちゃんと、口で言わないとな―」


 孝介が腕を掴んでいない方の手で秋姫の顎を持ち上げる。この後に続く行為の意味するところを知って、秋姫の顔が瞬時に赤くなった。


「え!? あの、十日町君―」


 孝介が秋姫に顔を近づけた。息のかかる距離で見つめ合う。


「…」

「…」


 セミの声がうるさく響く校内で、そこだけ音を切り取ったかのような静寂があった。

 やがて、意を決したように秋姫の眼が閉じられる。その瞼は緊張で震えていた。孝介はそんな秋姫に構わず顔を近づけ、そして―


「こういうことになるんだぞ?」


 耳元で秋姫に甘く囁いた。


「!?」


 驚いた秋姫が眼を開けると、勝ち誇ったように笑う孝介がいた。ただし、顔は真っ赤である。ほっとして座り込む秋姫の手から手紙を取ると、孝介はそのまま歩き去る。

 

 よし、新城に一泡吹かせてやったぞ。


 心の中でガッツポーズを取る孝介。同時に、大事なことに気づく。


「何やってんだ俺…」


 誰もいない廊下で一人頭を抱える。

 謝りに来たはずが、よくわからないままに秋姫に迫ったような形になってしまっている。

 そして、謝るどころか謝ること増やしてるじゃねえか。


「よし、今度まとめて謝るか」


 とりあえず今はあんなことをしてしまった手前、のこのことまた秋姫の前に姿を現すことは絶対に出来ない。なんと言うか恥ずかしすぎる。今でも死にたいぐらいだっていうのに、それは無理って相談だ。


「…これ、何なんだろうな」


 手の中の白い手紙を夕日に透かすように見ながら、孝介は考える。秋姫からもらったもので、孝介にはろくでもないものだろうという察しはついている。とはいえ、放置しておくとまた昨日今日のようなよくわからん異常事態になりかねない。それに、秋姫が口に出して言えないようなことが書いているらしい。

 おそらく、どうして新城が俺を避けるようになったかの理由が書かれているのだろう。


 いや、まて。


 ほんとにそうだろうか? 

 新城のことだ。もっと斜め上の方向で暴投を投げてくるかもしれない。

 そうなると、他に何の可能性がある?


 契約期間の延長。

 

 これは十分あり得る。秋姫は嫌われるのが嫌になったかという孝介の質問に否定した。ならば期間延長を求めてきてもおかしくはない。もう金曜だ。明日土曜は午前で授業は終わり、日曜は学校は休み。事実上、明日の土曜までに秋姫は自分が満足するような成果を得なければならない。そして現時点で秋姫が満足しているとは、孝介は微塵も思えなかった。ならば、期間の延長はごく自然な流れですらあると思える。


 そこまで考えて、孝介はまた別の可能性に思い当たる。

 面と向かって言いにくいことを、秋姫はこの手紙に託してきた。

 これは結構な頻度で過去何度か見たことがある。

 よく青春ドラマなんかで見かけるヤツだ。

 孝介はまた手に持った手紙をまじまじと見る。


 つまりこいつは、新城から俺に対しての、一つの恋文、ラブレターってヤツなんじゃ―


「いやねえよ」


 すぐさまその可能性を孝介は否定した。

 それは、至って通常な思考からの結論でもあった。

 嫌って欲しいと言ってきた人間から好きだなどと言われることの非常識を、孝介はよく知っていたし秋姫も知っているだろうと孝介は思った。そして、もはや彼には理解不能である秋姫に対して、まだそこまで常識を某ハンマー投げの選手のようにぶん投げていないことを孝介は切に願った。


「…」


 しかし、ややもすると今考えた物のどれが来ても孝介に頭を抱えさせるには十分であり、出来れば孝介はこの手紙を学校の焼却炉の燃料の一部として貢献させてやりたい気持ちになったが、自分のために懸命に何か書いてくれたのであろう秋姫の気持ちを無下に出来るわけもなく、あと一分で爆発する爆弾を前にした爆弾処理班のごとく、ゆっくりと慎重にその封を解いてみる。

 

 中には、一枚の紙片があった。

 そこに書かれていたのは―




『夏祭り』


NEXT→調理実習室




「…何だこれ」


 秋姫のものと思われる可愛いらしい字で書かれた文章。他に手紙の裏、便箋の表面や内側も見てみるがそれ以上の情報はどこにもない。

 仕方なく文面の通りに調理実習室に行くと、教卓の上に同じような白い便箋が無造作に置いてある。何も書いてはいないがさっきと全く同じ便箋を使用しており、秋姫が置いていったのだということがわかる。訝しげにまた封を切るとー、




『一緒に行きませんか?』


NEXT→第二理科室




「…」


 また手紙の指示通り第二理科室に行くと、今度は人体模型の中に消化不良を起こした食べ物のように手紙が挟まっていた。そしてそこには日時が書いており、今度は体育館との場所の指示が合わせて書いてあった。

 手紙の指定場所は、体育館→職員室→グラウンド→校長室→1-B教室と続き、内容は、待ち合わせ場所・行うこと・持ち物・注意事項・今日の孝介のラッキーアイテムが記されていた。職員室に至っては孝介のクラス担任が秋姫から手紙を預かっていたほどだ。


「…」


 集めた手紙の情報を統合すると、要するに『日曜の夜に近所の神社の夏祭りに一緒に行きませんか? あと、今日の十日町君のラッキーアイテムは赤のボクサーパンツです』とのことらしい。


「…新城ォォオォーッ!!」


 星が瞬き、すっかり暗くなった校内に孝介の絶叫が響き渡った。

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