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新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
3/25

「きらい」になるために

 火曜日。

 過去最高に無断欠席したい気分を思い切り地面に引きずりながら、それでも孝介は下駄箱で靴を履き替え二階の一年教室群に向かうために一階の廊下を力士も真っ青な重い足取りで歩いていた時だった。


「おはようございますっ!」

「あ? おはよ、うッ…!?」


 右腕に何やら柔らかいものがひっついてきたのを孝介は感じた。目線の照準をそこに合わせると、先週から孝介の悩みの種の何物でもない少女が、腕にカンガルーの子供もかくやという風に引っ付いていた。


 ほう。朝一発目から俺を苛立たせるなんて、やるじゃないか。


 何やら嬉しそうな顔を浮かべている少女をそのまま腕に捕まえたまま中庭まで運搬し、歯にくっついてしまった正月明け一か月経った後の餅のように引きはがす。


「ああっ…」


 いかにも残念そうな顔をした秋姫に、孝介は静かに取り調べで三日徹夜した後の刑事のように詰問する。


「てめえ、ふざけてんのか」

「ふざけてなんていません! 昨日、十日町君は確かに私を嫌いになってくれると言ってくれました!」

「はいそうですね。で、どうしたらそれが朝からあんたの優等生という肩書がスナイパーライフルでヘッドショットされそうなことを俺に対して仕掛けてくることになる理由になるのか、五文字以内十文字以上で簡潔に述べて頂きたいんだが?」

「はい! わたし、ゴキブリの真似をしてみて一つ気づいたことがあるんです!」

「親御さんはそんなあんたを知ったら泣くんだろうな。続けて?」

「はい! 『嫌い』の反対は『好き』だと気づいたんです。ほら、よくあるじゃないですか。嫌い合ってる人が、ちょっとしたきっかけで友情や愛情を抱くとか」

「あんた、安いドラマの見すぎなんじゃねえの。もっと勉強しろ」

「でも、『好き』の反対は『嫌い』じゃないんです」

「『無関心』だろ?」

「なぜわかりましたかっ!?」

「うるさいわ。優等生が高一にもなって中二病とか、いい加減にしろよ」

「ま、誠に遺憾ですがその通りです。孝介君はどちらかというとわたしに対して嫌いというか、無関心なような気がして」


 おおむね秋姫の言う通りなのだが、それを改めて言うのを孝介は止めた。アクションゲームで死体蹴りを延々とやるような趣味は孝介にはない。


「で、それがなんで朝一番に腕に引っ付くなんて奇行になる?」

「繰り返しますが、嫌いの反対は好きです。とある瞬間に、嫌いな人が好きになる。なら、その逆もありうる。定年を過ぎた熟年夫婦の妻が、定年退職後いつも家にいて全く生産性を持たないでゴロゴロしている夫に対して不意にどうしようもない苛立ちを覚え離婚届けを突き付けてしまうように、好きがある瞬間、嫌いにひっくり返る。そしてその嫌いの感情は、ただ嫌いになるよりもずっと強いと思います」

 

 熱弁する秋姫を見ながら、ああこいつはやっぱ何かすげえなあと再確認する。再確認すればするほど、秋姫という世の中の一部を知りたくなかったとも同時に後悔する孝介であった。


「つまり、十日町君には、わたしを嫌いになってもらうために、わたしを好きになってもらいます!」

「じゃ、俺急ぐから。日直は大変だなー」

「あうっ、待って。待って下さい。あと、十日町君の日直は昨日だったじゃないですか」


 ちっ。さすが優等生、いらない情報までよく覚えてるなと不本意にも感心しつつ、だから突然抱き着いて来たのかと孝介は妙に嫌な納得をする。


「あんたの言う通りだとして、俺に嫌われるために好かれようとするなら、もっとやりようはあるだろ?」

「例えば、どんなことですか?」


 眼を輝かせる秋姫を、もうほんと心底面倒くさいと孝介は思った。


「俺がそれを言うとでも?」

「言わないのなら、わたしの出来る限りで勝手にやってみますけど?」


 煽るような秋姫の口調。さすがにこれには孝介も少しばかり頭にきた。富士山の噴火の如く結構たまに激しく湧き上がった激情をなんとか抑え込みながら孝介は秋姫を睨みつけた。


「いいか。何か勘違いしてるようだからこの際はっきり言わせてもらう。俺は別に好き好んであんたに付き合ってやってるんじゃない、あんたにしょうがなく付き合ってやってるんだ。俺がこれで終わりだと言えば、あんたと俺の関係はここで終わる。それをよおくあんたのその賢そうな頭に叩き込んで話すんだな」


 秋姫の鼻先に指を突き付けながら孝介が凄む。その殺気を秋姫も感じたらしく、少し怯えるように数歩後ずさった。


「す、すいません」


 舌打ちしてさっさと教室に向かおうとする孝介の制服の裾が引かれた。見ると秋姫の手が孝介の制服の端をつまんでいた。


「あっ…」


 いたずらを見つけられた子供のようなばつの悪い顔をし、つまんでいた制服の裾を離す秋姫。孝介はまだ何かあるのかと、秋姫の口から何か言葉が出るのをとりあえず待った。


「…」

「…」


 始業開始五分前の予鈴が校内に響く。


「おい、もう行くぞ」

「あ、あの…」


 足を踏み出した孝介は、問いかける秋姫の声にその足を止めた。


「何だよ」

「メリットが無いって言ってましたよね?」


 新手のシャンプーの押し売りかと一瞬勘違いした孝介だったが、そういえば昨日そんなことを言いかけそうになったのを思い出した。


「それが?」

「メリットなら、あります」


 その台詞無いヤツじゃねえかというツッコミをしたい気持ちを、漏れそうだがトイレはこの辺には無いからあと十分は待ってねと諭された子供のような気持ちでこらえながら、孝介は秋姫の次の言葉を待った。


「ちゃんと、十日町君が一週間わたしに付き合ってくれたら、なんでも、その―」

「ん?」


 そこでいったん言葉を切り、俯きながら何か迷った顔をしていた秋姫だったが不意に顔を上げ、真っ赤な顔で孝介に向けて口を開いた。


「わたしにできることならなんでもっ、十日町君のして欲しいことなら、なんでもしますっ!」


 秋姫が言い切ると同時に、始業開始の予鈴が鳴った。


「ぷっ、あはははははッ!!」


 もはや二人の他に誰もいない中庭に、孝介の笑い声だけが響き渡る。


「な、なんで笑うんですかっ!?」

「いや、あんた、結構馬鹿なんだと思ってな」

「ど、どうしてですかっ!?」

「普通、あんたみたいな年頃の女が、同じ年頃の男にそんなこと言うか? 何されるかわかったもんじゃないぞ? 頭狂ってんじゃねえかって。あはは、おかしい」

「なっ!? と、十日町君はそういうことするっていうんですか!?」

「いやするかよ」

「も、弄ばれたっ!?」

「はあ、おかしい。まあ、今のであんたがそれなりに本気なのはわかった。仕方ねえからこのまま付き合ってやるよ」

「ありがとうございます。お礼なら、ちゃんとしますから!」

「いらねえっつってんだろ。しつこい女は嫌いなんだよ」

「嫌い? 嫌いですか!? いいです、もっと嫌って下さい!!」

「うっせえ予鈴もう鳴ってんだよ。ほら、さっさと行くぞ」


 まだ後ろで騒いでいる秋姫を放って孝介は廊下を歩いていく。

 廊下まで朝からご機嫌なセミの声が木霊していた。






 遅刻して出席した一限目が終わった。

 隠居したじいさんみたいな現国の教師の声は、ややもすると忙しい現代社会に生きる俺に、寝るとは何かということを間接的にかつ優しく教えてくれたような気がする。そのご厚意に甘えるように、最近主にある一人のせいで安眠を妨げられていた孝介はゆっくりと眠り、優雅で贅沢な朝の時間を過ごした。

 しかし、終了の予鈴がなるやいなや、その優しい時間は衝突しはじけ飛んで無数の細かい破片となった車の窓ガラスのように残酷な終わりを告げたのである。


「なあ孝介さんや、今日うちのクラスの新城秋姫さんが誰かさんと一緒に遅刻してきたように見えたんだが、ありゃわしの見間違いだったのかねえ」

「いやですよドミンゴ糞野郎ばあさん、ボケましたか? だからあんなに脱法ハーブはやめておけと」

「やってねえよ!? 聞いてるのはこっちだよ! 昨日告白された後もお前『俺と新城はそんなんじゃない』って偉そうに言ってたじゃねえかよ!?」

「だからそうじゃねえって言ってんだろうが」

「ならなんで二人して遅刻してんだよ! はっ、まさかお前…」

 

 何か男子高校生らしい健全なことを考えていそうなので、孝介はそのご褒美にドミンゴの尻を思い切り蹴りあげてやった。


「いだいィッ!?」

「てめえが変な想像してるからだろうが」

「いいやッ、何も変じゃないねッ! お前と新城さんとのそこんとこを、オレはこのクラスの代表者としてお前に聞かなくてはならないッ!」

「だから何もねえっつってんだろうが」

「あの、十日町君」


 後ろから心地よいソプラノが孝介に投げかけられる。

 秋姫の席は孝介よりずっと後ろの方にある。背後からのその刺客の呼ぶ声に内心頭を抱えながら孝介は振り返った。眼の端でドミンゴが「ほらやっぱりな」と何か侮蔑を含んだ眼を孝介に送ってきたが、仏より広い心で無視し背後の厄介事に立ち向かう。


「十日町君は今留守です。伝言であればお伝えします、ピーという音声の後にメッセージをどうぞ」

「え? えっと、はい」

「…」

「…」


 黙ったままの孝介を照れくさそうに見る秋姫。上目使いで見るその顔に孝介ははぁとため息をつき、自分からなんとなく始めてしまったこの遊びに仕方なく付き合ってやることにした。


「…ピー」

「あ、あの」


 言いにくそうにしている秋姫が孝介を手招きする。舌打ちしながら孝介が傍に行くと、背伸びした秋姫が小声で孝介の耳のすぐ傍で静かに囁いた。


「お弁当、作ってきてあるんです。孝介君の分も。ですから、昼休み、屋上で待ってますから」


 そう言うと、秋姫が俯いたまま自分の席に戻っていく。


「おい、やっぱ付き合ってんじゃねえか」


 今度は本気で机で頭を抱える孝介であった。

 このままだと俺が秋姫のことを好きだとか嫌いだとかになる前に、周りから恋人だのなんだのと思われてしまう。高校生のそういうことにつなげる妄想力はそれはそれは逞しいものがある。どれくらい逞しいかと言えば、朝収穫サイズにも満たなかったきゅうりが夕方には規格外のサイズにまで成長したりするぐらいだ。それぐらい逞しいものがある。

 秋姫が孝介に好きになってもらうという作戦は、今のところ大戦果を挙げている。肝心の孝介という対象以外の全てに置いてだが。

 

 こうなりゃさっさと嫌いになってやる。


 孝介は決意した。まず好きになるだとか、そんなことはもうどうでもいい。要は嫌いになればいいのだ。秋姫が自分で満足するぐらい嫌いになってしまえば、もうその時点で秋姫にとって俺は用済みとなる。こんな馬鹿げた遊びも終わりにするだろう。ならさっさと嫌いになってやる。


「でさ、オレとしてはお前ら二人がどこまで行ったか非常に気になるわけで…」


 言葉を続けようとするドミンゴの尻を、孝介は八つ当たり気味に思い切り蹴り上げた。

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