待ち惚けの恋心
その夜。
難易度の高いクエストに成功し、ギルドに戻る処理中の待ち時間に、みなみのパソコンのディスプレイにkightのコメントが表示された。
『昨日の子、お返しあげたら笑ってくれたよー。重ね重ねホントありがと。mimiさんマジ感謝www』
「あっ…」
コメントに動揺したみなみだったが、変に思われないように間を置かずにすぐコメントを打ちこむ。
『wwwつけたら台無しw 良かったね、ついに君にも春が来たねえ。あ、今リアルだと秋だね。じゃ、次は冬だね。頑張ってw』
『別れるフwラwグwww いやいや、まだ付き合ってもいないしw』
『でも良い感じなんでしょ? そのままいっちゃいなよ』
『いやそれが、なんか割とガチで嫌われててw』
「…そうなんだ」
今、ちょっとだけ喜んじゃった。
やな女。
『駄目じゃんwww』
『そうそうw それにやっぱ、今回のことでオレにはmimiさんしかいないと思ったわけwww』
「…ふふ、冗談ばっかり」
『だからwwwつけんなってのw』
『いやいや、至って拙者は本気でござるよ?www』
『だwかwらwww もうその子には会いに行かないの?』
『笑ってくれたし、もうそれで満足! これ以上やると本気で刺されそうだしw』
『刺されたら報告よろしくw』
『物理的に無w理w』
その後いくつかのクエストをこなして、お互いもう遅いからと、二人はUFOからログアウトした。
「…これで、良かったのかな」
kightの報告にほっとしている自分に気づき、みなみはキーボードに突っ伏したまま自己嫌悪に陥る。
「応援してたくせに、kightさんがその子とうまくいかなくて喜ぶとか最低じゃんか…」
どこの誰かは知らないけど、ごめんね。
そう思いながら、気が抜けたのか、そのままパソコンの前で眠り、朝になって顔に跡がついて酷いことになり慌てたみなみであった。
金曜日。
みなみは今日も屋上で一人ドミンゴのストーキングから逃げるようにして昼食を取っていた。
ここ数日ドミンゴに絡まれてしまっていたみなみだが、今日は違う。
屋上の入り口。その屋根によじ登り入り口からは決して見えない位置に陣取っている。
これならば、あの黒人猿みたいな男に発見されることはないだろう。
そして自分を探してキョロキョロとし、結局探せなくて残念そうにしょげる背中を無様にさらした瞬間、その背後に言葉を浴びせて驚かせ、連日のイライラを発散してやる。
そう決意し準備万端な状態でドミンゴの出現を待っていたみなみだったが、
「…来ない」
みなみは紙パックに刺さったストローを折れ曲がるほど強く噛んだ。
なんで?
ここ数日、来て欲しくもないのに来てたじゃない。
「…何かこれ、私があの男に捨てられたみたいになってるんだけど」
ドミンゴ。
その名前は、この学校の大体の女子ならば知っている。
ところ構わず告白し玉砕してる一年の男子。
それと変な仇名のセットで有名になっていて、ドミンゴに触られたら妊娠するという噂があり、それを聞きつけた不妊治療中の年増の女性教師がドミンゴにお尻を触ってもらいその後妊娠したという都市伝説があるほどだ。
みなみにとって、そんな軽薄さの固まりみたいな男に捨てられた格好になっているのは誠に遺憾なことであった。
「…」
昼食を食べ終えてしまったみなみは、仕方なく屋上を出て、一年の教室群を歩く。
「…あ」
1-B。
その教室で、後ろの席の同級生であろう目つきの悪い不良のような男に思い切り尻を蹴られ涙を流して喜んでいるドミンゴの姿を見つけた。
「…ふん」
その光景を見なかったことにして、みなみはそのまま教室を通り過ぎる。
「…?」
ドミンゴが一瞬、そんなみなみを見かけたが、まさか二年生が自分の教室の前を通らないだろうと思い、孝介を煽ることを続けた。
「…なんなの」
あんなにうっとおしく絡んで来たと思ったら急に来なくなったし。
私を玩具にして弄んでその反応を楽しんでただけ?
「…そんなの、わかってたじゃない」
手に持っていたお返しのクッキーが、握りしめられ粉々になる。
そんなクッキーをゴミ箱に投げ捨てようとして、みなみはふっと気づいた。
『一人の時に話しかけてもらうのって、ワタシは嬉しいかな』
『んー、それじゃまた声かけてみるよ。相談乗ってくれてありがとです』
『前相談した子いたじゃん? 今日その子に食べ物もらったんだけど、お返しって何あげたらいいんかな?』
『クッキーとか良いんじゃない?』
『そいつね、最初オレが『クッキー作って!』って言ったら、『めんどくせえ』って言いやがったんですよ! それで、作ってきたらクッキーじゃなくてパイで!』
「…あっ」
もしかして。
もしかしてもしかして。
「…いや、え?」
あのドミンゴって子が、kightさん?
「…」
『へへ、ようやく笑ってくれましたね、先輩』
『昨日の子、お返しあげたら笑ってくれたよー。重ね重ねホントありがと。mimiさんマジ感謝www』
「…まさか、ね」
でも。
もし。
もし、そうだったら…。
「…どうして」
私、今、こんなにもドキドキしてる。




