ヤツ≠彼
水曜日。
昼休み、みなみが中庭のベンチで一人ミックスサンドを食べていると、
「ヘーイヘイヘイヘーイヘイ!!」
どこかで聞いたようなフレーズを大声で口ずさむ、これまたどこかで聞いたような気がする、いや気のせいと思いたいような声がみなみの耳に響いた。
「ヘイッ!」
いつの間にか、みなみの前に立ち、手をマイク代わりにしてみなみに差し出していたドミンゴ。
「…」
耳に手を当てて何かを待っているドミンゴを無視し、みなみが野菜ジュースのストローを口に咥えてその中身を飲む。
「あいつもこいつもシモヘイヘーイ!!」
何故かサビに入ってすぐエンディングを迎えた変な歌を歌い切り、ベンチに座って、から揚げサンドを食べ始めるドミンゴ。
「あ、今日のみなみんパイセンはサンドミックスじゃないっすか! 良いっすよね、サンドミックス! オレ、サンドミックスめっちゃ好きで! あ、お一つ、頂いてもよろしっすか?」
真夏の熱気が戻ってきたかのようなドミンゴの暑苦しさに、みなみはわざとチッと聞こえるように舌打ちしながら、横にいる変なテンションの猿に言葉を返す。
「…いいけど、条件があるわ」
「なんすか? もうオレ、サンドミックスのためだったら何だってやりますよ! ここで全裸になって犬のように這いつくばって先輩のおみ足を舐めても…!」
「…あげたら、さっさと私の前から消えて」
「にんにん」
「…(イラッ)」
「ほうほう~、これがみなみんパイセンのサンドミックス。こいつぁ、凄まじい魔力を感じるぜッ…!!」
ミックスサンドを手に取りまじまじと見つめながら、さっさと食えばいいのに、ごくごく普通のミックスサンドに対して何故か即興の品評会をし始めるドミンゴ。
「この工場の機械で切られたと思われるパンの切り口が、みなみ先輩のまるで市松人形を思わせる髪形を彷彿とさせ…」
「…(ぶちっ)」
みなみは立ち上がると、ドミンゴの持っていたミックスサンドを奪い取り、そしてそのままドミンゴの口の中に段ボールに明らかに入らない衣類を詰め込むような勢いで突っ込む。
「むごォッ!? おごごごごッ!?」
「…うん、とってもいい食べっぷりね。よし帰れ、さあ帰れ」
涙目でミックスサンドを口に詰め込んだままのドミンゴが、みなみから逃げるように校内に駆け去っていく。
「…少し、やり過ぎたかな」
いや悪いのは多分あっちだと思い、今あったことは忘れようとするみなみ。
「…変な男」
私に関わったって、楽しいことなんて一つもないのに。
「…」
いやいや。
ないない。
一瞬、kightさんっぽいとか思ってしまったとか。
うん。
kightさんはあんな猿みたいなヤツじゃないし。
多分、色黒でスキンヘッドな四十過ぎのお酒が飲めないダンディーな男の人だし。
予想だけど。
「確実に、あんな変な男なんかじゃないんだから…」
現実は、時として非情である。
『前相談した子いたじゃん? 今日その子に食べ物もらったんだけど、お返しって何あげたらいいんかな?』
討伐対象のモンスターの傍で爆弾を置きながら、kightがmimiに聞いた。
『やっぱり食べ物じゃない? 女の子なんでしょ?』
『多分』
『多分て何?ww』
『何か、大型モンスターみたいな子なんだよね』
『何それww 一度見てみたいかもwww』
mimiがkightの設置した爆弾を蹴りで起爆する。同時に、一匹と二人が爆音と共に豪快に吹っ飛んだ。
『mimiさんの好きな食べ物って何?』
『えw何いきなり?w』
『mimiさん、多分一応女の子じゃん。同じ女の子として何かしらアドバイスをもらえたらなあと』
『多分一応ってw 失礼だぞww』
mimiがkightの近くに爆弾を置き、蹴りで起動させる。
『やめてww 武器使わずに爆弾だけで倒すクエストなんだから、無駄な自爆テロは止めて下さいwww』
『キミが失礼なこと言うからだよww』
『チッ、反省してまーす。…ああっ、ホントに止めてッ!? 倒せるかほんとギリギリのラインなんだから!ww』
爆破で豪快に吹き飛ばされたkightが向かってきた大型モンスターに突進され体力ゲージがミリ残りとなる。
回復をしようと回復アイテムを使おうとするkightだったが、横から絶妙なタイミングでmimiが蹴りを入れ回復動作を中断させた。
『ホントごめんなさい!! 神様mimi様仏様ッ! この迷えるkightにどうか救いの手をお菓子下さい!』
『誤字乙w クッキーとか良いんじゃない?』
『mimiさん、クッキー好きなん?』
『例えだよ!』
『図星なんですねわかりますww』
『くっそww』
mimiの蹴りで回復を延々中断されていたkightが、戻ってきた大型モンスターの二度目の体当たりで沈んだ。
『ありゃしゃっしゃーす!!』
『www はいはい、どういたしましてw …あのさ』
『? 何?』
『呼んでみただけww』
『マジでなんなの?w』
その後、mimiもモンスターの攻撃で倒れ、爆弾だけで倒そうとするクエストは失敗してしまったが、終始、ご機嫌だったkightは何度もmimiにお礼を言ってログアウトしていった。
「…はあ」
ログアウトしパソコンの電源を落としてから、ベッドに倒れるようにみなみは身を投げると、うつぶせの姿勢のまま考える。
kightさん、彼女とうまくいきそうだなあ。
そりゃ、面と向かってじゃないけど、応援はしたさ。
したけど…。
「…なんか、納得いかない」
今度、UFOでkightさんの彼女紹介されたりして。
「…そんなの、絶対に祝福出来る気がしない」
かといってkightさんにリアルで会う勇気なんてあるわけないのに。
「…こんな私を知ったら、kightさんは、きっと嫌いになるんだろうなあ」
瞳から溢れた涙を、みなみはシーツで乱暴に拭った。
「あ! みなみ先輩、こんなトコにいたんすか!! いやあ~、探しましたよ~!!」
木曜日。
屋上で一人座って昼食を取っていたみなみの前に、最近よく聞くウザさ濃縮還元100%ジュースのような声が現れる。
「いつもの場所にいないんですもん、このツンデレさんめ♪」
「…(イラッ)」
みなみの決して強くは無い握力が、持っていた苺オレの紙パックを握りつぶす。
「…どうして貴方は、そんなに私に付きまとうの?」
「付きまとうだなんて、そんなそんな!! むッ!? これは、ボク達の間に、何か認識の齟齬の壁があるぞぉっ!!」
そう言うと、ドミンゴはみなみの前で即興のパントマイムを始める。
「…」
そんな猿の様子を見ながら、みなみは気を抜くとすぐに手に持ったぐしゃぐしゃの紙パックをドミンゴに投げつけてしまいそうになる右手を必死に理性で抑え込みながら、ドミンゴに話しかけた。
「…私に話しかけないで。私、一人で昼食を取る方が好きなの。だから、もう話しかけてこないで」
「寂しく、ありません?」
「…全然」
「ほんとに?」
「…本当よ」
「ほんとのほんとに?」
「し・つ・こ・い!!」
みなみは立ち上がり、ドミンゴを指差して啖呵を切る。
「大体貴方なんなの? 他人のクセにいきなり私に話しかけてきて、しかも本人の前で何勝手にオレ的(笑)ランキングなんて発表し始めるのよ! しかも私校内11位とか、何その微妙な位置! 全ッ然喜べないんだけど!!」
「三学年×八クラスだから、ほぼクラスの中では一番可愛い女の子ですッ!!」
「…ふ、ふ-ん。そ、それなら…」
「あ、ちなみに同じクラスでボクの後ろの席に座ってる男が付き合ってる女の子は、オレ的校内ランキング第三位ねッ!!」
「負けてんじゃないの!? っていうか、そんな私の価値がただ貶められるような余計な情報聞きたくなかったわよ!!」
「ちなみに、オレ的校内ランキング第一位は三年の小国先輩!! 童顔ロリなのに我儘ボディが年齢と相まって、イケるイケナイ先輩ランキング第一位で…」
「馬ッ鹿じゃないの!! 馬ッ鹿じゃないの!!」
言いながら、屋上から出ようとするみなみ。
「あ、忘れてた!!」
ここに来た用事をようやく思い出したらしいドミンゴが素早くみなみの前に回り込むと、洒落たラッピングの施された袋を差し出す。
「受け取ってください!」
「…何、これ?」
「昨日のミックスサンドのお礼です!」
「貴方が勝手に食べただけじゃない」
「オレ、頂いた物は何でも覚えてる方なんで」
「…馬ッ鹿じゃないの」
手渡されたものを受け取り、袋の中を開けるみなみ。
「…何これ、パイ? 貴方が作ったの?」
「ええと、オレ、料理出来ないんすよね~。だから、友達で料理出来るヤツに土下座して頼みこんで作ってもらったんすよ。オレも何回かそいつのパイは食べたことはあるんで、味は保証します。星ッ、みっつですッ!!」
みなみはラップでくるまれたパイを見る。
「それでですね、聞いて下さいよみなみ先輩! そいつね、最初オレが『クッキー作って!』って言ったら、『めんどくせえ』って言いやがったんですよ! そんで作ってきたと思ったら、クッキーじゃなくてパイで! 『何で!?』って聞いたらそいつ何て言ったと思います? 『お前のなんかついででいいんだよ』って! そいつ、自分の彼女にパイを作るついでに、その余りでオレの分作りやがったんですよ! お前はオレのかーちゃんかって話ですよ!! 『さけるチーズ』買ってきてって頼んだのに『スライスチーズ』買ってきたようなもんですよ!! ホント、オレなんかの我儘聞いてくれて、パイ作ってきてくれて、本当に良いヤツなんですよ!!」
「…最後、おかしくない?」
「まあそんなことはどうでもいいんです。とにかく、食べてみて下さい!」
「…はあ」
とりあえず食べれば満足して帰るだろうと思ったみなみは、諦めて包みを解いてパイを一口食べる。
「あむ…。あっ…!?」
驚くと同時に、パイの美味しさに、みなみは思わず笑顔になる。
「へへ、ようやく笑ってくれましたね、先輩」
普段より少しだけ暑苦しさが緩和された顔で、微笑んだみなみに笑いかけるドミンゴ。
そんなドミンゴに気づき、眼を逸らしながら、みなみは一言つぶやくように言った。
「…ありがとう、美味しかったわ。貴方の友達には、そう言っておいて」
「オレには?」
「ない。死ね」
「ひどくないッ!?」
驚くドミンゴを横目で見ながら、少し口角が上がっていることに気づき、みなみはドミンゴに気づかれないように指で口元を下げた。




