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新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
2/25

aozoraの七日間契約

 さぞ愉快なことなのかもしれない。

 だがそれは、当然だが、渦中の人物が自分じゃなかったら、の話だ。

 一時停止から再生のボタンが押され動き出した映画の画面のような世界を見ながら、孝介はそんなことを思わざるを得なかった。


 目の前の新城秋姫は祖父母から叱られているような何とも罰の悪い表情で次に孝介が返してくるであろう言葉を固唾を飲んで待っている。一度自分のターンは終わったが、まだ終わりではないのだという決意と信念が見て取れた。

 対照的に孝介はただただ仏頂面で固まったままだった。いや、秋姫から付き合って欲しいなどという告白めいた言葉に確かに驚いてはいるのだ。しかしその驚きは顔に現れることはなく目の前の秋姫をただ睨むような格好になっている。

 そんな二人を見る周りのクラスメイト達の顔は驚き・憤怒・悲哀のだいたいいずれかで表現できる。手近に友達がいれば、二人の方を見ながらこれからこの事態がどう推移するのかを固唾を飲みながら軍事無線を交すようにささやき合っていた。

 

「ちょっと来い」


 孝介はそんな好奇の眼を避けるように秋姫の手を引き、教室から出る。ドミンゴ以下熱心な野次馬が付いて来ようとするが、孝介が振り返り睨みつけてやると野次馬たちは動きを止め、それ以上孝介達を、警察24時に出演(?)し、ややもすると犯人よりガラが悪いんじゃないかと思ってしまいそうな県警が、二人乗り原付で住宅街の細い裏路地を若さに身を任せて逃走するカップルをサイレンをがなり鳴らしながら追跡するが如く追うのを止めた。


 秋姫の手を引いたまま昼休みで活気のある校内を歩いていく。


「あの、十日町君、どこへ?」

「うるせえ」


 秋姫の問いかけに答えることなく孝介は階段を上る。

 まったく、あんたのおかげで土曜から頭の痛いことばっかりだ。優等生なんだ、もう少し俺に対してもただちに影響がないレベルで優等生して欲しいもんだ。そんな小言を頭に浮かべこめかみを片手の指で抑えながら、階段を上りきる。

 目の前のドア。ノブを回してみたが開かない。わかりきったことだったが一応確認のためであった。孝介が思い切りドアを蹴りつける。ドアは濁音を響かせながら開け放たれ、青空と白雲のコントラストを眼前に現出させた。


「わあ…」

「そこらへんにタバコの吸殻とかあるから、座るんじゃねえぞ」


 腐れかけたコンクリの上にある吸殻を舌打ちしながら拾う孝介。


「タバコ? まさか十日町君…」

「三年や体育教師のだ。たまに先客がいるが、今日は誰もいないみたいだな」


 孝介は周りを見回し、次に空を見上げた。屋上には夏空特有の高い天井が備え付けられ、飛行機雲の白が一本、青の画面を分割している。秋姫が大きく伸びをして空気を吸い込んだ。風の吹くこの屋上には、真夏の真昼の熱さがどこか遠くに感じられる。


「で、さっきの、どういうことだよ」


 ドアに内側から鍵をかけ他に誰も入れないようにしてから、孝介が眼を閉じてマイナスイオンを体内に取り込もうとしている秋姫に問いかけた。


「うん。そのまんま、です」


 秋姫が風で流れる髪を手で抑えながら、孝介に向き直る。


「…」


 事ここに至り、孝介は真面目に考えなくてはいけないと感じた。

 人生の哲学的主題である『それ』というヤツに。男と女の惚れた腫れただの、孝介は面倒すぎて自ら忌避しているところがあった。

 チーズにネズミが群がることの逆。

 人間がドリアンの匂いから逃げようとするのに順。

 そんな風にそれに対して接してきた孝介だが、秋姫の言わんとするところを自分なりに理解し、いかにこの奇怪な少女を傷つけることなく、かつ後腐れないように断る方法が何かないかと、空転している車輪のように頭を回してみる。


「…」


 何も思いつかない。


 ならば仕方ないと、孝介は思考開始三秒で正攻法で秋姫の意思を砕いてやることに決めた。


「悪いが新城―」

「『わたしをきらいになって下さい』! 十日町君には、それに付き合って欲しいんです!」

「…は?」


 二度目だ。もういい加減今度『は』と言わされようとしたら『へ』と言って嘲り笑ってやろうとこの時孝介は確かに決意した。ピンクのベストを着たウザいヤツの物真似になってしまいそうだが、この際そんなことはどうでもいい。

 そして同時に孝介は確信した。どうやら目の前のこの、大衆の前で告白なんて公開処刑をやらかそうとした少女は、どうやらそんなことをするつもりなんてものはハナからさらさらなく、ちょっとそこまでパン買いに行きましょ的なノリ(?)で何か孝介に頼んでいるらしい。

 面倒の天使から手を離してもらい安堵していた孝介だが、別の面倒の悪魔に笑顔を向けられながら手を握られていることを瞬時に理解し、思わず疑問が飲み会で調子こいて飲みすぎて開始五分でトイレに駆け込んで吐き出す情けない学生のように出た。


「あんた、マゾなのか?」

「ち、違いますっ!」


 孝介は安堵した。これで秋姫がマゾだとでもカミングアウトしてきた日には、秋姫の家族を説得してでも彼女を精神病棟に押し込み二度と自分の目の前に現れることなぞ出来ないような状況を作り上げるために努力しているところだった。めんどくさがりだが、孝介は、そういうところは徹底的かつ真面目にやってしまうところがある。


「わけを、お話します」

「駄目、…いや、どうぞ」


 一瞬断りかけたところで秋姫が泣きそうな顔をしたので、舌打ちしながら孝介は続きを促した。さっさと聞いてさっさと帰ろう。今なら焼きそばパンは無理でもツナマヨパンぐらいはまだ残っているかもしれない。


「その、わたし、何をやってもうまく出来てしまって」

「ふ~ん」


 さすが優等生と言われることだけはあるな。あ、番いのスズメか。あいつら、悩みなんて無さそうでいいよなあ。


「そして誰からも好かれている。そんな自信はあるんです」

「ほうほう」


 午後イチは数学だっけか。確か順番だと今日は俺がギリギリ当てられるか当てられないかというところだな。良い天気だし、前半は寝よう。


「でも、ある時ふと気づいたんです。わたし、今まで嫌われたことが無い、と。家族は優しいですし、友達も良い人ばかりでした」

「そうだよなあ」


 帰りは。そういや日直だっけか。あー、めんどくせえなあ。


「あの、十日町君、聞いてます?」

「あ? バイトの面接練習だろ? なかなか良いんじゃないか、続けて続けて」

「ち、違いますっ!」


 いやだって話長いんだもん。途中から念仏でも聞く気分で聞いてたぞ。


「も、もうっ! それで、嫌われたことがないから、嫌ってもらおうと考えたんです」

「あんたの事情はわかった。だが断る」

「ガーン! な、なんでですか!?」

「当たり前だ、んな変な真似に付き合ってられるか。他を探すんだな」


 孝介がくるりと身を翻してドアの方に歩き出すと、秋姫がドアの前に手を広げて立ちはだかった。


「おい。なんの真似だ」

「わたしがゴキブリの真似をしていたところを見た十日町君は、見事なくらいどんびきしてました」


 ああ、なるほど。

 あれは嫌われるための練習で、嫌われもののゴキブリの真似をすることで、嫌われものの気持ちを理解しようとしてたんだな。

 …頭いてえ。


「それが?」

「あのどんびきぶりはなかなか無いと思うんです。ギネスに申請してもいいくらいです!」


 すぐ却下されるだろ、バカたれめ。


「ですから、十日町君ならわたしを嫌ってくれると思ったんです。貴方にはその才能がある!」

「んなこと堂々と宣言されてもな。大体だ、自分がゴキブリの真似をしてる女に遭遇したと考えてみろ。普通の人間ならみんなどんびく。誰だってそうする、俺だってそうする」


 秋姫を押しのけ屋上のドアの取っ手に手をかける。その背中に、秋姫の声が投げかけられた。


「…な、七日。そう、七日でいいんですっ! 七日だけ、わたしに付き合ってくれませんか!」


 七日。期限はつけるらしい、当然と言えば当然だと孝介は思った。期限の無い年金ほど、少子高齢化時代に性質の悪いものは無いのだ。


「それでも駄目だ。俺には何のメリットも―」


 言いながら振り返り、同時に振り返ったことを孝介は心の中で後悔した。

 真っ直ぐに見つめる秋姫。その瞳に、光るものがったからだ。両の手は震え、強く握りしめられている。噛みしめられ、真一文字に結んだままの唇がわずかに震えていた。

 そんな秋姫に舌打ちしながら、孝介は思い切り屋上のドアを蹴った。蹴った反動が足に伝わり、痛みが脳に伝達するのとは逆に、孝介の心は冷静になる。

 突然ドアを蹴りあげた孝介に怯える秋姫に、なるべく苛立ちを隠しながら孝介は言い放った。


「七日だな。七日で、いいんだな?」

「え?」

「付き合ってやる。あんたの望みどおり、嫌ってやるよ。今の時点で、もう随分嫌いだとは思ってるけどな」


 言われた秋姫は一瞬驚き、直後太陽にも負けない晴れやかな顔で微笑んだ。


「はいっ! よろしくお願いしますっ!!」


 これが、孝介が秋姫をきらいになる奇妙な七日間の始まりだった。

ようやくあらすじ部分が終了です。

次回から色々話が動きます、多分。

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