恋人同盟×変人同盟
木曜日。
放課後になり、秋姫の席の前に立つ孝介。
そんな孝介を見て不安そうな少し強張った顔を浮かべる秋姫。
そしてどよめくその他全員。
確実に不良が優等生に絡む事案が発生している中、孝介は構わず秋姫に頭を下げる。
「すまん。昨日は、妹が言い過ぎた」
孝介の言葉に、秋姫は驚き、その後首をぶんぶんと横に振る。周りは、『十日町の妹と新城さんが…!?』と一斉にひそひそ囁き合うが、それを無視して孝介が続ける。
「それで、妹があんたに謝りたいって言ってるんだが。その…、今日この後、予定、何かあったりするか?」
周囲のどよめきの声がさらにもう一段大きくなる。
「い、いえ、特には、ありませんけど…」
孝介は頭をかきながら秋姫に告げる。
「そ、そうか。なら、家に来てくれないか?」
「い、行っても、いいんですか?」
「あ、ああ。頼む」
その瞬間、歓声と怒号とが同時に上がったが、孝介が睨むと一瞬でクラスは元の静けさを取り戻した。
学校から駅へ行き、電車に乗って孝介の家のある駅で降りる。
まだセミが元気よく鳴く日差し眩しい午後の道を、ゆっくりと二人は孝介の家に向かって歩いていく。
「…」
「…」
孝介も秋姫も、お互い、何かしら口に出そうとしたが、何も言えず、ただ黙々と照り返しの強いアスファルトを並んで歩いた。
「…」
「…」
ちょん。
「ッ!?」
何かが、孝介の手に触れた。
雨かと思い、真夏特有の白い入道雲の鎮座する空を見上げるが、どこにも雨雲のような雲は無い。
気のせいかと思い歩いていると。
ちょん。
「ッ!?」
また何かが孝介の手に触れてきた。
間違いない。
何か、いる。
そう思い、孝介は触れてきたものの来た方向を見る。
「ッ!?」
見ると、首筋まで真っ赤に染めて孝介から顔を逸らした秋姫。
その手が、一定の感覚で孝介の手に近づいては離れたりしている。
そして、その可動域の最大到達点がちょうど孝介の手になっており、それゆえに先ほどから秋姫の手が、キャバ嬢に必死にお近づきになろうとしている奥手なサラリーマンのように孝介に触れてきているのだった。
ちょん。
顔を背けているせいで、正確な距離感が掴めず、触れるだけになってしまっているのだろう。
もしくは、孝介が握ってくるのを待っているのか。
少し伸ばせば掴めるであろうその手を間近にしながら、孝介は自分の心の動きに疑問しか浮かばなかった。
「…」
おかしい。
これまで何度も新城とは手をつないだことはある。
たかが手を繋ぐだけだ。
まして、まだ手を繋いでもいない。
軽く触れているだけなのに。
真横で顔を逸らして真っ赤になりながら、時折、孝介の手の方に手を伸ばす秋姫を見ていて孝介は思う。
可愛すぎんだろ、このクソが!!
何故か心の中でキレながら、孝介は白旗を上げた。気を抜くと友達だからだとかめんどくさそうだとか言い出しそうな孝介の心が、である。
そして、再びゆっくりと近づいてきた秋姫の手を力強く掴んだ。
「!?」
その拍子に赤い顔を背けたままの秋姫がびくっと反応するが、無視して手を握ると、おずおずといった強さで秋姫が握り返してきた。その反応が可愛らしくて、孝介は少し力を緩めると、今度は秋姫が離すまいと強く孝介の手を握り返した。
「…」
「…」
手を繋いだまま、二人はただ無言で真夏の住宅街を歩いていく。
通りがかった自転車の男がそんな二人を二度見したせいで電柱に自転車ごと豪快にダイレクトアタックをかまし派手な事故が起きたが、そんなことには気づかず、二人は孝介の家に着く寸前まで、ただ手で会話し続けていた。
「ごめんなさいっ!!」
家に着くと、リビングで出迎えた友香が開口一番、秋姫に頭を下げた。
「い、いえ、気にしないで下さい」
さすがに昨日あんなことを友香に言われ、多少まだぎこちない笑みを浮かべながら秋姫は答える。
「許して、くれるの?」
「友香さんが、お兄さんのことを大事に思う気持ち、伝わりましたから」
少し寂しげに笑う秋姫を、友香が指さしながら孝介に言う。
「お兄ちゃん、この人、良い人っぽいよ!!」
「こら、指を指すんじゃない」
友香の言葉に、秋姫が肩を落とす。
「い、良い人…」
「でも、良い人で終わりそう」
「そ、それは嫌ですっ!?」
不意に反応してしまった秋姫は自分の言葉に気づき、口を押さえたままで顔が赤く染まった。
そんな秋姫ににやにやと笑いながら友香が耳元で孝介に聞こえないように囁く。
「お兄ちゃんのこと、好きなんでしょ?」
「~~ッ///!?」
友香の言葉に、赤くなったまま秋姫がこくんと一度大きく頷く。
「やっぱり。お兄ちゃんに、バレてるよ」
「な!?」
ま、ばらしたのは私なんだけどね。
そんな野暮なことは言わず、友香の言葉に赤くなりその場で逃走を図ろうとした秋姫を確保し、友香はさらに言葉を続けた。
「私もね、お兄ちゃんのことが好き。だから、お兄ちゃんを好きな人は、簡単にわかる」
「え!?」
驚いた秋姫に、一瞬悲しそうに笑う友香。
しかしすぐにいたづらっぽそうに笑い、
「私、ずるい女なんだよね。昨日のことで、お兄ちゃんにすっごく怒られちゃった。お兄ちゃんに嫌われるのは、世界で一番嫌。だから、お兄ちゃんがほんとに秋姫さんのこと好きなら、私、二人のこと、認めてもいいよ」
小悪魔チックな微笑みを浮かべる友香に、秋姫は聞く。
「本当に、それで良いんですか?」
「た・だ・し。一つだけ、条件があるよ」
そう言って友香は片目を瞑ってウインクする。
「それは?」
「秋姫さんがもしお兄ちゃんと付き合えたら、お兄ちゃんの写真、毎日送ってよね」
「…え”?」
「いやだからさ、写真だよ写真。あ、別にお兄ちゃん単独のじゃなくてもいいから。秋姫さんが映ってるところはこっちで編集するし」
「編集って何ですか!?」
「だーかーらー、フォトショで切り貼りして、あり得ない私とお兄ちゃんのシチュエーションを写真で作って楽しむんだよ!」
「え、ええと…?」
「秋姫さんもお兄ちゃんとのそういう写真が欲しいなら、私が作ってあげてもいいけど?」
「是非お願いしますっ!!」
「切り替えはやっ!? じゃ、決まりだね♪」
そう言うと、友香は孝介がするようないたづらっぽい笑みを浮かべて、秋姫の肩を叩く。
「そんじゃま、頑張って、『お義姉ちゃん』♪」
最後に何か爆弾を投下してリビングから出て行った友香に、秋姫はさらにもうこれ以上は赤くならない紅葉のように顔を染めながら、二人の様子を微笑ましく見ながら、コロコロでリビングのフローリングを掃除していた孝介に声をかけた。
「あ、あのっ!」
「ん? どうした新城? 顔、真っ赤だぞ?」
家に来るまでの道中で赤い顔の秋姫を嫌と言うほど見ていたはずの孝介だったが、まさか本人の目の前で妹とクラスメイトが恋バナしていたとは微塵も思わず、ずいぶんのんきしていた孝介は秋姫の様子に首を傾げる。
「熱でもあるのか?」
そう言って、コロコロを持ったまま、秋姫に近づき、空いた手で秋姫の額に当てる。
「ひゃい!?」
突然のその行動に体が硬直したままの秋姫。無論、そんなことをされて赤みが収まるわけがない。
「すごい熱だな…。風邪か?」
つい癖でいつも妹にするように額を秋姫の額に当てて熱を測る孝介。
「な、なななっ―!? …ぶしゅう~」
何か蒸気でも上げそうな音を口から出しながら、秋姫がその場に倒れる。
「!? し、新城!? ど、どうしたんだッ!?」
大概自分のせいだと気づいていない孝介は、動揺しつつも手慣れた動きで冷凍庫から氷を取り出して秋姫の処置をし始めるのだった。
次回、いよいよです。




