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新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
17/25

激おこなんだよ妹は

「なあ。結局、昨日オレが帰ってからどうなったんだよ?」


 水曜日。

 放課後を告げる予鈴が鳴るやいなや、今日一日その質問ばかりを繰り返し、尻に対する何かに目覚めかけそうになっているドミンゴが、果たして尻を蹴られたいのか真実を知りたいのか、もうどっちでも良いような勢いで孝介に聞く。


「だから普通に勉強して、少し寝させてもらっただけだと何度も言ってんだろうが」

「寝させて…? ベッドか!? ベッドで新城さんと二人でかッ!? うらやまくぁせfjkッ…!?」


 もはや蹴りを入れるタイミングすら覚えてしまった孝介。蹴られて喜ぶドミンゴを見て軽くため息をつく。


 不覚だ。


 孝介が秋姫の前で寝落ちしてしまうのは今回が二度目である。いくら家事で疲れていたとは、最大の危険人物の前で寝落ちするなどという不覚を取ってしまった。


 何もされてないよな?


 前は膝枕などということをされたが、今回眼が覚めた時は秋姫は孝介の真横でただ黙々と勉強を続けていた。孝介は洗面台を借りて顔を洗うついでに鏡を見てみたが、落書きの一つもありはしなかった。


「…」


 とりあえず、新城に寝顔を見られたことについては忘れよう。


「な、今度は、オレ達で新城さん誘おうぜ」

「は?」

「『は?』じゃないだろ。勉強教えてもらってお世話になったんだし、今度はオレ達が返さないと!」

「初めて見た、脳と下半身が直結してるヤツ」


 キレッキレな腰のダンスを披露しながらドミンゴが孝介に物言いの声を上げる。


「失礼だよッ!? と・に・か・く! 今度はオレ達が新城さんを誘おうぜ!」


 ノリノリなドミンゴを見て、まあ昨日世話になったし好きに放し飼いにさせておいてやろうと思う孝介。

 ドミンゴが秋姫に話しかけるのを、セクハラしないように遠目で見張りながら孝介は自分の家の様子を思い返してみる。


 いつも通り、ちゃんと片付けてあったよな?


 あの猿のことだ、絶対自分の家には招待しないし、むしろ招待しても座れるだけのスペースすら無い。


 何度か無理やりドミンゴに連れられ彼の家に行った孝介だが、部屋はゴミ屋敷、空いてるスペースはベッド周りだけという、彼のもろもろをよく表した部屋だった。

 無論、その際に孝介による劇的お掃除ビフォーアフターが強制執行され、ゴミ袋二十袋分のゴミがドミンゴの部屋から鳥の雛のように巣立っていった。しかし、それらは、次に孝介が彼の部屋を訪れた時、三か月で離婚して出戻りしてきた鬼嫁のごとく復活しており、孝介はまた彼の尻を蹴りあげながら大掃除を行った。

 

 そんなわけで、今回秋姫にお礼というドミンゴの下心が実行に移されるのは、おそらく自分の家になるだろうと孝介は確信していた。

 それでも、わずかの心配も孝介は抱かない。実際、彼は掃除にしても手を抜くと言うことは決して無いのだ。

 

 話がまとまったらしい笑顔のドミンゴと、神妙な顔をした秋姫が孝介に寄ってくる。


「今日、お前の家に世話になるからな~」

「よ、よろしくお願いします」


 ほらな、やっぱりこうなった。


 そう思いながらも、茶菓子と飲み物は十分にあったかということに思いをはせる孝介だった。






 三人は駅から電車に乗り、徒歩で住宅街を数分歩く。

 そして、もうすぐ孝介の家に着くというところで、ドミンゴが携帯を見て唐突に叫んだ。


「やっべ!? 今日、UFOのイベントあんのかよ!?」

「? UFOって、なんですか?」


 秋姫の質問に待ってましたというような顔でドミンゴが答える。


「うんとね、アンリミテッド・ファンタジー・オンライン。通称UFO」

「ネットゲーム、ですか?」

「そうそう、オレ今それにめちゃくちゃハマってて! 新城さんもやる?」


 嬉々として秋姫を誘うドミンゴの目論みをすぐさま孝介は看破した。


「お前、ゲームの中で初心者の新城に変なことするつもりだろ?」

「え!? や、ヤダナー、ソンナコトナイヨ?」


 明らかに眼を泳がせたドミンゴが、切り替えて手を合わせながら言う。


「ごめん! 今日限定のイベントみたいでさ。彼女も行きたがってたイベントだから、オレやっぱ今日は帰るよ」

「彼女さん、ですか?」

「お前、そんなのいたんだな」


 これ以上ない緩んだ照れ顔で気持ち悪く笑いながら、ドミンゴが言う。


「まあ、と言っても、ただの仲の良い女友達なんだけどねー。リアルで会ったことなんて一度も無いし。でも、行きたがってたから、一緒に行こうかなって」

「行ってあげるべきです!!」

「新城?」

「はっ…!? …ええと、その、彼女さんもドミンゴさんのこと、待ってると思います!」

「そ、そうだよね! いやあ、モテる男は辛いなあー。じゃ、男ドミンゴ、行って参りまっす!!」


 そう言い、一度秋姫と孝介に敬礼したドミンゴが来た道を戻っていく。

 その後ろ姿を見ながら、孝介はぽつりと身も蓋もないことを言い放った。


「ま、その女の中身は男だろうけどな」

「ひどいッ!? …十日町君って、ドミンゴ君にはやたら厳しいですよね?」

「あの猿を放し飼いにするとか、社会の損失でしかないからな」


 その言葉に、秋姫がくすっと笑った。


「ふふ、仲の良い友達で羨ましいです」

「? あんただって、友達だろ?」


 疑問から出た孝介の言葉に、秋姫は胸がちくりと痛み、少し俯く。


「そう、ですよね…」

「?」


 孝介は何故か俯いた秋姫に理由がわからず、首を傾げただけだった。






 秋姫を家に招いた孝介は、お茶菓子と飲み物を用意し、リビングで秋姫と二人で勉強する。

 最初に、秋姫は孝介の部屋で勉強すると言ったが、断固拒否し、二人はリビングで大人しく黙々と問題を解き続けた。


 別段、孝介は自分の部屋が汚いわけではない。むしろ塵一つとして、落ちてはいない。それでも、昨日の秋姫の部屋でのことや、隣からした秋姫の匂いが思い出され、秋姫が部屋に入るということは、少なからず秋姫の匂いが残るのは必然。そして、その匂いで昨日の諸々を思い出すのが孝介は嫌なのだった。

 結局のところ、孝介もその辺の男子高校生とは変わらないお年頃の感受性で、ドミンゴのことはその尻を安易に蹴り上げるほどには言えないのである。


「もう良い時間だな、送る」


 リビングの時計を見ながら、孝介は勉強の手を止め、秋姫に話しかけた。時計の短針は六時をすでに回っている。暗くなる前には、秋姫を家に送り届けられるだろう。


「ありがとうございます。でも、お夕飯の支度、まだですよね?」

「今日は、これからだな。あんたを送ってからにする」

「手伝います!」

「いや、遠慮しとく」


 秋姫が握り拳を握りながら孝介に訴えかける。


「食べたいんですっ!!」

「本音言うの早過ぎだろ!?」

「今日は冷やし中華ですね!」

「勝手に人んちの冷蔵庫漁るんじゃねえ!?」


 素早い動きで冷蔵庫を開け、その中身から瞬時に今日の孝介の家の夕飯を的確に当てた秋姫に頭を抱えつつ、孝介はため息をつきながら言った。


「…食ってくか?」

「え? 良いんですか!?」

「あんたが言い出したんだろ?」

「あ、あはは。半分、冗談だったんですよね」


 冗談であの動きは止めてくれ。


「じゃ、これ切るの頼む」


 まな板と包丁を準備しながら、冷蔵庫から一本のきゅうりを秋姫に放り投げる孝介。受け取った秋姫が、まな板の上で上下のへたを切り落とした。


「なるべく細切りで。太いと、歯ごたえが良くないからな」


 孝介は言いながら、卵を片手で割り、フライパンに油を引いて温めつつ、卵をボウルでかき混ぜる。


「が、頑張ります!」


 まな板の上のきゅうりと正対しながら、秋姫が再び包丁を構える。その様子を、熱したフライパンに卵を投下し薄く伸ばして焼きながら孝介が見守る。


「む、むむ…」


 真剣な表情できゅうりを切っていく秋姫。簡単なようで、野菜の薄切りというのは案外難しい。地味に調理経験の差が如実に表れてしまう作業である。

 薄切りに苦戦する秋姫に、孝介はコンロの火を止め、焼きあがった薄焼き卵を放置し、秋姫の後ろに立ち、抱きしめるように秋姫の両手に自分の手を添えた。


「!?」

「こんな感じだ」


 秋姫の手に自分の手を添え、包丁を動かす孝介。まな板のきゅうりは細く薄く切られていく。


「~~ッ///」

「? どうした?」


 首筋まで真っ赤に染めた秋姫に孝介が気づき、声をかけたが、その瞬間、孝介も何気なくしてしまった自分の行為と、出来上がってしまったこの状況に気づく。


「!? わ、悪いっ!」

「い、いえ、手伝って頂いて、ありがとうございます。そ、その、ちゃんと出来るか不安なので、で、できれば、そのままで…」

「お、おう…」


 一度止めてしまった手をまた動かし始める二人。タンタンと小気味いい包丁とまな板の奏でる音がキッチンに響き渡る。


「と、十日町君は、いつも、親切ですよね」

「ん、んなこたねえよ」

「と、友達なら、別にこれくらい、十日町君にとっては、普通のことですよね!」

「そ、そうだな。友達にすることだもんな! これぐらい、普通のことだよな!」


 何か妙な納得をし合いながら、きゅうりを切っていく秋姫と孝介。


「ふふ」


 包丁を動かしながら、秋姫は赤い顔のままで笑う。


「どうした?」

「なんだか、新婚さんみたいじゃないですか?」

「!? ば、馬鹿、んなわけあるか!」

「そうですよね。普通、逆ですもんね」

「そこかよ」

「でも、今は、反対で良かったです」


 その言葉の意味を考えようとする孝介だったが、すぐ傍にいてわかる秋姫の匂いにその孝介の思考は中断される。

 なるべく平気な顔で包丁を動かしてはいるが、間近に秋姫がいてその体温すら感じられそうな距離感に、孝介の心は嫌が応にも反応せざるを得なかった。


 ありていに言えば、このまま抱きしめてしまいたい。

 いやそれ犯罪だから、と自分自身にセルフツッコミをかます孝介。


 第一、付き合ってもいねえし。

 ただの友達だし。

 いや、でも、さっきの言葉とか。

 そういう『意味』なのか?

 そう、取ってもいいのか?


 いやいや。

 もし。

 もし仮にそうだったとして。

 俺は、新城のことどう思ってるんだ?

 

 友達。

 それで間違いない。

 おかしなとこはあるが、一緒にいて楽しいと思う。

 悲しんでいたら、助けてやりたいとも思う。


 くっそ。

 馬鹿馬鹿しい。

 何で俺がこんなにも新城のこと考えないといけないんだ。


「あ、あの、十日町君?」


 秋姫の声で、孝介は思考の海から引き上げられた。


「? どうした?」

「もう全部、切り終わっちゃってます」


 気づくと、まな板の上には裁断されたきゅうりが見事に同じ長さ薄さで散らばり、秋姫の手を握ったままの孝介の手が器用に包丁を一定のリズムで、親でも殺されたかのような勢いで無意味にまな板を叩いてリズムを刻んでいるところだった。


「あ、悪い」


 そう言って、孝介は秋姫の手から自らの手を離す。離した後で、照れたようにその手をもう一方の手で撫でる秋姫。その仕草を、孝介は素直に可愛いと思った。


 そんな秋姫に孝介は何か話しかけようとするが、口を開いたまま言葉が出ない。秋姫がそんな孝介を不思議に思っていると―


「お兄ちゃん、ただいまー。今日の夕飯は―? !? 女だ―ッ!?」


 帰ってきた孝介の妹の友香が、秋姫を見て悲鳴を上げる。


「と、友香!? お、おかえり、学校は楽しかったか?」

「うん、楽しかったよ! それで、『これ』は何ッ!!」


 赤い顔で呆然としたまま立ち尽くす秋姫を指さして友香が孝介に詰め寄る。


「俺と同じクラスの友達だ」

「友達って…!? お兄ちゃん、友達はあのクソゴリラみたいな顔の期限切れビザで不法滞在中の浮浪者の外人みたいな男しかいないって言ってたのにっ!!」


 友香よ、色々ひどいが、あいつはギリギリ日本人だ。


「ふーん。で、アナタが、お兄ちゃんの『オトモダチ』。ふぅん、そうなんだ」


 あからさまに値踏みする眼で秋姫の周りをぐるぐると周る友香。まだ赤い顔のままで困惑していた秋姫だったが、地球の周りで公転する月のように回る友香に、微笑みながらお辞儀をする。


「初めまして。わたしは、十日町君と同じクラスの―」

「知らない」


 秋姫の言葉を途中で友香が遮り、ぷいと顔を背けながら言った。


「名前なんて聞きたくもないし、知りたくもない」

「あの…」

「帰って下さい。お兄ちゃんの友達らしいですけど、なんでお兄ちゃんと二人きりで晩御飯の支度なんてしてるの? しかもなんか顔赤いし。ウチのお兄ちゃんにちょっかい出す気なら、まずは妹の私を通してからにしてよね。なにひとんちのお兄ちゃんに勝手にツバつけようとしてんの? 顔真っ赤にしちゃってさ。大方、お兄ちゃんにちょっと優しくされたぐらいで勘違いしたんでしょうけど、そんなの、お兄ちゃんは誰にだってしてるんだから。まあでも、お兄ちゃんは一番、妹の私に対して優しくしてくれるんだけどね」


 友香の声を聞きながら、次第に秋姫の顔が青ざめ、泣き顔に近づく。


「友香…!?」


 孝介が驚いて止めさせようとするが、無視して友香は秋姫に言葉をぶつける。


「帰って下さい。とっとと、帰って!!」

「…ッ!!」


 その声に弾かれたように秋姫は荷物を抱えて家から出て行く。秋姫を追いかけようとする孝介の腕を、友香が引き留めた。


「おい、友香ッ!!」

「ごめんなさい…」


 俯き、孝介の胸に抱き着く妹に、孝介はため息をつきながらその頭を撫でた。


「言い過ぎだ。初対面のヤツに、いきなりあんなことを言うヤツがあるか」

「ごめんなさい…」

「なんで、あんなこと言った?」


 友香が抱き着いたまま呟くように言う。


「取られるって。そう思ったから」

「別に、俺と新城はそんなんじゃない。それに、新城は、お前からお兄ちゃんを取るような、そんなひどいことするヤツじゃない」

「…」

「友香?」

「…あの人、お兄ちゃんのこと、好きだよ」

「!?」


 友香の言葉に一瞬驚く孝介だったが、苦笑いしながら友香に答える。


「はは、まさか。考え過ぎだ」

「わかるもん」

「? なんで友香にわかるんだよ?」

「…わかるんだもん」


 それ以上何も言わず、孝介の胸にぎゅっと抱きつく友香。

 

 その頭を撫でながら、孝介は泣きながら出て行った秋姫を思い返す。


「…」


 新城が、俺のことを…?

 それがもし本当なら、俺は。

 俺は、新城にどう応えればいいんだ…?

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