表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
12/25

不眠症の薬

 頭を撫でられていた。

 見上げると、笑顔の母さんがいた。

 母さんはゆっくりとその顔を俺に近づけてきて。

 そして、その顔が俺のすぐ傍まで迫ってきた時、その顔は何故か、見知ったクラスメイトの顔になった。


「…ッ!?」


 眼を開けると、すでに窓から朝の光が降り注いでいた。


「最悪だ…」


 頭を抱えながら孝介は時計を確認する。

 午前五時半。

 まだ起きる時間には早かったが、さっき見た夢の内容を早く脳裏から追い払ってしまおうと、孝介は着替えて台所へ立つ。テーブルには父親からの書置きがあり、もう仕事に行くことと、今日も遅くなるということが端的に書かれていた。


「いつ帰ってきたんだよ」


 最近顔すら合わせていない父親に愚痴をこぼしながら、フライパンに火をかけ、卵とベーコンを焼く。焼いている間パンをトースターで焼き、その間にレタスとミニトマトを皿に盛りつける。盛り付け終えるとそこに目玉焼きとベーコンを盛り付け、出来たトーストを皿に並べる。


「おはよう、お兄ちゃん」


 マーガリンとジャムを用意していると、起きてきた孝介の妹、十日町友香が眠たそうな顔いっぱいにあくびをしながら席に着く。


「顔は?」

「あとで洗う」

「今日は早いな」

「それは私のセリフ。どうしたの?」

「ん? ああ、なんか早く起きちゃったんだよ」


 間違っても妹に教えられる内容じゃない夢を見たとは言えず、孝介はトーストにマーガリンを塗ったパンを友香に渡しながら、言葉を濁した。


「ん、ありがと。昨日、遅かったね。どこ行ってたの?」

「友達と祭り」


 自分の分の卵焼きとベーコンを焼きながら、孝介は答える。


「え~!? なんで連れてってくれなかったの!?」

「いや、連れてけねえだろ」

「いいじゃん妹ぐらい」


 そう言われるとそうだな。

 だが、新城と友香か。

 毛根の寿命が四半世紀ぐらい縮まりそうだな。


「…その反応。女だ」

「!? あちっ!?」


 ベーコンの跳ねた脂が手にかかり、急いで水で患部を冷やす孝介。そんな孝介に友香は疑いの眼差しを向ける。


「慌てた。あやしい…」

「んなわけねえだろ。ったく、うちの妹様もとうとう色気づいてきましたか~?」


 何か感動しながら皿にベーコンと卵焼きを盛り付ける孝介。孝介の皿からベーコンを一枚取りながら友香はジト目で孝介を被疑者を見るような眼で見る。


「本当かなあ、お兄ちゃんだしなあ」

「お兄ちゃんだからこそ、そんな話は一ミリたりともあるわけがないだろ」


 ミニトマトを箸で掴み口の中で瑞々しいその感触を楽しみながら孝介は答える。


「私の友達なんだけど、お兄ちゃんのこと、不良っぽくて格好いいって言ってたよ」

「そりゃあれだ、『よくあるちょっとヤバそうな年上の男って良いよね~同世代なんて子供にしか見れないわ~そんな私ちょっと格好良くない?』ってヤツだな」

「でももし私の友達が本気で告白して来たら?」

「断る。妹の友達に手を出すとか、兄としてその前に人間としてアウトだ」

「まあ、お兄ちゃんならそう言うだろうねえ」

「それに、家のこともあるし、女なんてめんどくせえだけだから、当分彼女なんて、作る気にもなれないな」


 めんどくさい女で秋姫が思い浮かんだが、それで先週秋姫を悲しませたことが過ぎり、思うのすら止めておこうと瞬時に切り替え孝介はトーストを口に運ぶ。


「ふふ、そうだよね」

「? ずいぶんご機嫌だな」

「ん、なんでもない」


 空になった皿にトーストを乗せてやると、嬉しそうに友香が笑った。


「今日はパイ焼かないの?」

「あれ、結構手間かかるんだよな」

「じゃ、今日は無いんだ。残念、美味しかったのに」


 新城に弁当のお礼のつもりで作ったが、友香にも好評だったらしい。

 また作ってやるか。

 ついでに新城にも。


「…」

「? どうしたのお兄ちゃん?」

「トースト、焼きすぎたかもな」

「? いい焼き加減だと思うけど」


 どうかしてる。

 もう一週間は終わったんだ。

 そう思いながら、孝介はごまかすようにきつね色したトーストを無理やり口に押し込んだ。






 週が変わり、月曜。

 朝から目覚めの悪い夢を見てしまった孝介は、さっさと教室の自分の席で朝の睡眠をむさぼろうと決意し、寝ぼけ半分で学校の廊下を自分のクラスに向けて歩いている時だった。


「おはようございますっ!」

「ふあぁ~、おはよう」


 隣から、朝から選挙運動でもしているようなちょっとお関わり合いになりたくない声が孝介の耳に響いた。


「おはようございますっ!」

「…オハヨウゴザイマス」


 事務的に挨拶を返し、速足で隣の、もはや知り合い辺りにはなっていそうな少女を振り切ろうとする孝介だったが、秋姫も負けじとこれまた速足で孝介と並走する。


「おはようございますっ!」

「何回言うんだよ!?」

「挨拶は大事ですっ!」

「うるせえ馬鹿、嫌いだ馬鹿!」

「ありがとうございますっ!!」


 大声を上げて並走したまま、教室に着いた孝介は席に座り頭を抱える。


 本気で新城の考えてることがわからない。

 新城と決めた一週間は昨日で終わったはずだ。

 それなのに新城は俺に絡んできた。

 やっぱり納得してないんじゃないのか。

 

 そんな風に孝介が悩んでいると、振り向いたドミンゴが孝介に話しかけてきた。

 

「仲直り出来て良かったな、孝介」

「うるせえ」

「お前達を見てると、オレは生暖かい気持ちってホントにあったんだなって思うよ」

「どういう意味だ」

「いや何かバカップルみたいで微笑ましくも妬ましいって意…おぐぅッ!?」

 

 尻を蹴られ悶絶しているドミンゴに対して、孝介はさらに頭を抱えざるを得なかった。


 昼休み。


「新城、ちょっといいか?」


 秋姫に事の真意を問いただそうと、孝介は秋姫を屋上に連れ出す。


「すいませんでした」


 屋上に着くや否や、孝介が何か言い出す前に、秋姫が頭を下げた。


 言う前に謝るのは卑怯だ。孝介は、そう思った。

 元来、孝介にはこういう行為には弱い。どのくらい弱いかと言ったら梅干しを十円玉につけた時の十円玉のさびぐらい弱い。


「その、先週の感じがまだ抜けなくて…」

「もう少し付き合って欲しいってことか?」

「い、いえ…。その、…はい」


 申し訳なさそうに胸の前で手を合わせている秋姫に対し、頭をかきながら孝介は一度ため息をつく。


「…わかった」

「い、良いんですかっ!?」

「ああ。でも、あんま学校では話しかけないでくれ」

「なっ!? ど、どうしてですか!?」

「いや、だって、普通に話してたら嫌われてるようには見えねえだろ?」

「わたしのこと嫌いになったんですかっ!?」

「いや嫌われたいんだろあんた!?」

「えっ? あ、あれ?」

「そういうことで、よろしく」

「あっ、お礼は」

「是非ともいりません」






 火曜日。

 朝からの秋姫の襲撃も無く、以前と同じような日々が帰ってきたことに何やら感動しながら、孝介は午前中のスケジュールを無難にこなし昼休みを告げる鐘が鳴った。

 

「孝介、購買行こうぜ」

「俺カニクリームパンな」

「パシらせる気なら金くらいくれよッ!?」


 それでもドミンゴは勢いよく教室を出ていく。我ながらよく躾けたなと思いながら、適当に午後の授業の予習でもやっておくかと孝介が机に座っていると、秋姫が友達何人かと教室を出ていくところだった。


 今日はちゃんと大人しかったな。さすが優等生。昨日俺が言った通りにしてくれている。


 そう思っていると、秋姫は何故か孝介に向けて、指で下を指し示すジェスチャーをする。孝介が訝しげに足元を見るが何もない。

 また秋姫に孝介が視線を戻すと、秋姫は首を横に振って、またさっきと同じ動作をした。

 孝介がまさかと思って自分の机の中を調べると、見慣れた青の弁当箱があった。


「いつの間に…!?」


 セットされた時限爆弾に今気づいた解体屋のような気分になりながらも、弁当箱を秋姫に見せると、秋姫はどうぞどうぞというジェスチャーをして教室を出ていく。


「…」


 目の前の弁当を見る。


 これ食わなかったら秋姫は悲しむだろうな。


「…」


 いっそドミンゴにでも食わせるか?

 

「…いただきます」


 その選択肢を一瞬でボツにし、何故か段々美味くなっている秋姫の弁当を孝介は食べる。


「…」


 また何か、作ってくるか。

 

 その後、カニクリームパンを買ってきたドミンゴから冷やかされその尻を蹴りあげた孝介は、弁当箱を綺麗に洗い、その後携帯の料理サイトでパイのレシピを舌打ちしながら検索したのだった。

 





 六限目。

 真横に座る秋姫がスケッチブックに向かって真剣な顔をしながら正面のウザったいぐらいに笑顔なドミンゴを書いているのを見て、孝介は相変わらず真面目だなと思った。


 美術の授業で、グループごとに分かれて被写体を決め描く課題。孝介とドミンゴは二人で書こうとしていたが、人数が足らず、生暖かい笑みを浮かべながらドミンゴが秋姫達に声をかけ、一緒に書くことになった。


 そして、被写体は何故かドミンゴ。自分の課題は提出できないがそれで良いのかという疑問は、目の前で自分はカッコいいとでも思ってポーズをキメているドミンゴを見て、本州に上陸した十年に一度の規模の大型台風に晒されたチワワのように吹き飛んだ。


 見られてるだけでヤツの性的興奮が満たされるなら、それはそれで世界は平和になるよな。


 孝介はドミンゴを思い切りゴリラ顔にして書いていく。あるキャラクターとゴリラとドミンゴ本人の三点の中間あたりを見極めながら書く。

 

 美術の先公にバレると難癖つけられそうだしな。


 視線を感じ、横を見ると秋姫が孝介の絵を見ていた。

 秋姫が自分のスケッチブックに字を書いて孝介に見せる。


(それ、ドミンゴ君ですか?)


 孝介も口に出さず、自分のスケッチブックに文字を書いて見せる。


(似てるだろ?)

(わたしの方が似てると思います)


 そう書いてきた秋姫のスケッチブックを見る。そこにはドミンゴ本人とは似ても似つかない満面の笑顔を浮かべたさわやか青年が顔を覗かせていた。


(顔大分違うじゃねえか)

(当たり前です。これ、十日町君ですから)

(おい。そうだとしても、別人だろ。なんだその今にもテレビでチビッ子と一緒に体操でもし始めそうなお兄さんは)

(いいじゃないですか、絵なんですし)

(恥ずかしいから止めろ)

(嫌です)

 

 そう書いてきた秋姫に、周りの様子を伺う孝介。


 よし、皆集中してるな。


 それを確認すると秋姫が描いた孝介の眼の下に早業で隈を描き足していく。


「ああっ!?」


 突然老け込んでしまった孝介に思わず声を出した秋姫に、周りの視線が集まる。


「な、なんでもありません…」


 そう言って縮こまるような様子を見せる秋姫と孝介を交互に見ながら、ドミンゴを含めた孝介のグループ全員がニヤニヤと二人に向けて微笑んでいた。


「なんでもねえって言ってんだろ? さっさと課題に戻れ」


 孝介が睨むと、周りは焦ったように元のように紙にシャーペンを走らせた。

 舌打ちをしながらまたゴリラを書こうとした孝介の袖が引かれ、見ると、秋姫がスケッチブックを見せてきたところだった。


(帰り、一緒に帰ってもいいですか?)


 少し迷ってから孝介がその文字に丸をつけると秋姫は微笑み、絵でお辞儀した人を描いて孝介に見せた。






 秋姫を校門で待ちながら、孝介は隙あらば眠ろうとする自分の瞼と格闘していた。


 最近、寝つきが悪い。


 原因はもうわかりすぎるほどわかっている。

 よく夢に現れ、その度に何故か母親と一緒に自分の睡眠時間を容赦なく削ってこようとする悪魔のせいだ。

 その悪魔は時に母親の姿を借り寸前で正体を現し、時には背後から抱き着いてきて、そして時には真正面からキスしてこようとすらする。


「…病院行った方がいいんじゃねえかなあ」


 ここ数日で本気でそんなことを考えてしまっている孝介だった。

 夢を見たくないあまり、遅くまで起きて、だが結局寝落ちして夢を見てしまい、今度は過激な夢の内容のせいで朝早く起きてしまう。

 家事に追われている孝介にとって、睡眠時間は何よりも貴重なものなのだ。


「…元気良すぎだろ」


 クラスメイトが夢に出てきてあれやこれとか最低すぎる。


 孝介は別に女性の美醜がわからないというわけではない。

 世間一般における女性に対しての容姿の判断基準は人並みには持っているのだ。

 その基準で秋姫という少女を判断すると『可愛い』という評価が妥当で順当なのであって、中身は少しどうかと思いながらも、やはりその外見については好みであることは間違いない。


 ただ、付き合うとかそういうもろもろが面倒だと思っている孝介にとって、別に女性の容姿なんて正直どうでもいいことではあった。誰しも、別に欲しくもないものが、綺麗だったり性能が良くても大して気にすることは少ない。


 そう思っていた孝介だったが、腐っても思春期の青少年である。

 連日過激なスキンシップを取ってくる秋姫や祭りでキステロをやらかそうとした秋姫に、何の感情も抱かないほど枯れているというわけではなかった。


「何考えてんだろうな…」


 俺も新城も。

 いや、新城のアレは俺に嫌われようとしているためにやっているんであって、別に大した意味は無いのだろう。


 とは言っても、整った顔とか、しなやかで綺麗な長い髪とか、柔らかな手とか。


「あんなの見て嫌いになれるわけもねぇんだよなあ…」


 いや、別にブスが嫌いとかそういうことではないけど。

 弁当頑張って作ってきたりするとこなんかは、まあ、悪くはねえよな。

 かなりおかしいけど、根は素直で良いヤツだし。


「…」


 新城の方はどう思ってるんだろう?

 嫌われたいと思ってたところに偶然俺が出くわしただけだしな。

 ただ嫌われたいだけで、それ以上でも以下でも無い気がする。『男』と聞かれても、よくわかってなかったしな。

 あの容姿ならかなりモテるはずで、告白されたとかいう噂は聞いた気がするが、今彼氏もいない状態なのを見ると、やっぱりその気は無いんだな。


 いや。


「女同士か!?」


 ありえる。

 というか、新城に関してはもう何でもありな気がしてくる。

 

 また一つ秋姫の嫌いなところを見つけた孝介だったが、一応本人がそう明言していないことかつデリケートな話題なので、まだ本人に確認するのは時期が早いと思い、聞かないことを決意する。


 とりあえず、秋姫に恋愛感情なんてものがさらさら無いことを確信した孝介は、なるべくあまり秋姫のことは深く考えずにいることにした。そして真面目に通販で安い安眠枕でも買おうかと考えた。


 それにしても。


「新城、遅いな」


 ホームルームが終わり、孝介が先に教室を出てきてから三十分以上は経っている。孝介の認識にある秋姫というのはそんなに待ち合わせに遅れるような人間には見えない。

 何かあったのかと校内に戻ろうとすると、玄関からドミンゴが焦った表情で孝介に向かって駆けてくるところだった。


「孝介!」

「どうした? んな慌てて」

「お前を探してたんだよ! どこ行ってたんだよ!」

「いや、新城と待ち合わせしてるんだが」

「何その羨ましい状況ッ!? じゃなかった! その新城さんが大変なんだよ!」


 俺はお前が相変わらずで安心したよ。


「新城がどうした?」

「A組の中村に呼ばれてどっか行った! あれ、多分、告白なんじゃねえかな」

「!? 何だと…?」

簡単に登場人物紹介その2。


十日町友香(とおかまちともか):孝介の妹。中学一年生。幼い頃から孝介にべったりで今も反抗期とは無縁。孝介が世話焼きになった要因でもある。趣味は写真撮影。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ