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新城秋姫はきらわれたいっ!!  作者: 達花雅人
俺のクラスの優等生がちょっとおかしい件について
10/25

夏祭り

 手を繋ぎながら、孝介と秋姫は神社への道を歩いていく。


「あ。見て下さい、十日町君。屋台が、こんなところにまで出てますよ」


 リンゴ飴の屋台を指さす秋姫。その屋台を横目に歩きながら、帰りに妹のお土産に買ってやろうかと孝介は考える。

 小さな神社の祭りだが、付近一帯の道路にまで屋台が出ており、祭りの規模としては相当大きい。孝介も、何年か前に妹を連れてきたことがあった。


「結構大きな祭りだよな」

「はい。わたしの家から近いので、毎年来るんです」

「家族でか?」

「家族の時もありますし、友達と一緒の時もあります」


 なぜ今年になってその二つの選択肢をぶん投げたのか孝介は切に秋姫の頭の中を覗きたくなった。


「男とは?」

「? 男の人? お父さんとかですか?」

「…いや、忘れてくれ」


 新城ってあんまりそういう感情は無さそうだよな。

 そう思って、孝介は少しこの状況に安堵した。

 何故かと言えば、これは世間一般でいうところのデートなるものと定義づけられ、孝介にとってはこれっぽっちたりとも自分の人生で想定されることはなく、金曜の時点で秋姫はやっぱり狂ってるんじゃなかろうかと思われる行動だったが、前にやらかされた教室での告白めいた言葉と同様に、どうやらやはり秋姫自身にはそんな気はもうさらさらなく、ただ単に孝介に嫌われるためにこの状況をセッティングしたらしい。


「~♪」


 かすかに鼻歌を歌っている秋姫を見ながら、今日は一体何をやらかすつもりなのかと内心で少し距離を置きつつ、屋台の立ち並ぶ道を歩いていく。徐々に神社に近づくにつれ人も増えてきた。


「あ、クレープ屋さん。十日町君、少し待っていてもらってもいいですか?」

「わかった。じゃ、ここで待ってる」


 他の通行人の邪魔にならないように道の脇で立っていた孝介に、ずいぶん早く戻ってきた秋姫が聞いた。


「十日町君は何がいいですか?」

「いらねえ。甘いものは嫌いなんだ」

「イチゴですね、わかりましたっ!」

「…おい。話、聞いてたか?」

「パンプキンパイ、甘くて美味しかったです」

「そりゃどうも」

「じゃ、行って来ますね!」


 そう言って元気よく飛び出そうとする秋姫の腕をゴールキーパーがボールを確保するような動きで押しとどめる。


「待て待て待て。何で今の話でそういう流れになる?」

「あんなに美味しいパイが作れる人が、甘いもの嫌いだと思えません!」

「だからっておごってもらうのもな」

「なら、後でおごってもらってもいいですか?」


 これも嫌われることの前準備か何かだろうか。

 仕方なく孝介は秋姫のノリに付き合うことにした。


「現金だな、あんた」

「ふふ。クレープ、何が良いですか?」

「…イチゴで」

「はいっ、じゃ、買ってきますねっ!」


 秋姫がクレープを買いに行っている間、孝介は夕暮れに照らされた屋台を見ながら考える。


「最近、見なかったんだけどな…」


 秋姫と待ち合わせしていた時に眠ってしまい、見た夢。孝介にとって、良い年こいて母親の夢を見るのは、少しばかり恥ずかしいことで間違いは無かった。それも、同級生の少女に膝枕などされながらだ。

 目覚めて間違えて母親の名前など呼ばなくて良かった。もし呼んでいたら、小一時間この世から自分という存在を抹消したいぐらいの恥になるところだった。


 しかし、と、また孝介は考える。

 何故、秋姫は膝枕などという行為に及んだのか。本人は何となくと答えていたが、あの秋姫のことだ。何か考えがあるに違いない。そこまで考えて、孝介はとある結論に達する。


 秋姫の目的は俺を辱めることなのか?

 そして、俺を辱めることによって俺に嫌われたいのだ。


 なるほど。

 まったくもって厄介なヤツだ。


「十日町君、お待たせしました」

「!? お、おう」


 死角からの声に、すっかり現実に引き戻された孝介は、秋姫から差し出されたクレープを受け取る。


「…ん。美味しいですよ。十日町君も、食べてみて下さい」

「あ、ああ」


 秋姫に促されて、孝介も手に持ったクレープを一口食べてみる。


「…」

「美味しいですよね?」

「…まあまあだな」


 正直、味なんてよくわからない。

 とりあえず、ここでじっとしているのも他の人の邪魔になるだろうと、孝介が歩き出すと、その上着が引っ張られる。


「? なんだよ?」

 

 上着を引っ張っていた秋姫の指が孝介の顔を優しく撫でた。


「ふふ。クリーム、ついてましたよ」

「!? なッ…!?」


 指についたクリームを見せて微笑む秋姫に動揺で一瞬頭が真っ白になった孝介だが、気を取り直して、これも秋姫が自分に嫌われる作戦の一つなのだと思い直し、瞬時に頭を切り替えた。


「どうして指で拭くんだよ。拭くならちゃんと布で拭けよな。汚ねえ真似するんじゃねえよ」


 いくら演技とはいえ、言いながら心が少し痛くなってきた孝介は秋姫の顔から眼を背けながら言う。


「あっ…。そう、ですよね…。すいません」


 秋姫が俯き、クリームのついたままの指を胸元に寄せる。


 違う。

 そうじゃない。

 もっとこう、わーいって感じの反応をするんじゃなかったのか?

 おかしい。

 今、そういう流れだったじゃねえか。

 ほら、あんたが俺を辱めて、俺が怒ってあんたが喜ぶっていう。


 目の前の秋姫は、十人が見たら十人とその付添いの友達がこれ泣いてるじゃんと言いだしそうな顔をしていた。


「あー、あー」


 元来、妹ぐらいしかロクに女性というものに接してこなかった孝介には、この状況は宝くじで2等が当たるぐらいにわけのわからない状況であり、よってそれに対する解決策も、いつも面倒を見ている妹と同様のものになってしまったののは、無理もないことであった。


「すまん。咄嗟のことで、少し言い過ぎた。ほら、新城、何かやりたいこととかないか? 何でも付き合ってやる。言ってみろ、な?」


 道行く通行人の冷たい視線を感じながら、必死に孝介は秋姫の機嫌を治そうと奮闘する。はたから見れば、不良が少女に絡んで泣かせてしまっている構図そのままであるため、孝介も早くこの状況を何とかしたかったのである。


「…い、いいんですか?」


 言ってしまってから、孝介は後悔した。

 なんだかとんでもないことを要求されそうな気がする。

 早まったかと思いつつも、俯いた秋姫から出る次の言葉を、百メートル×十本走った後のような心拍数で孝介は待った。


「なら、あれがしたいです」


 そう言って秋姫が指さしたのは一つの屋台だった。






「…もう勘弁してください」


 つぶやいたのは孝介ではなく、金魚すくい屋台の店主だった。


「次のお椀、お願いしますっ!」


 聞こえていないのか、秋姫は孝介に都合三杯目のお椀を要求する。孝介が受け取って台に並べた二つのお椀の中には、朝の満員電車のごとく赤白黒と様々な色の金魚が互いに体当たりをぶちかましながら泳いでいた。


「ほら。…頑張れ」


 なまじここで秋姫を止めるとまた泣かれるんじゃないかという恐怖もあり、店主の声は聞かなかったことにして秋姫にお椀を渡す孝介。そんな二人の周囲に秋姫を見物するようにたくさんの通行人が群がるようにしていた。


「あっ、あれ、あの金魚! すごいですよ、十日町君!」


 秋姫の驚いた声に孝介が見ると、多くの金魚に紛れ姿がわからなかったのだろう、一見すると鯉ではないかと思う程の巨大な金色の金魚が底の方を悠々と泳いでいた。


「ふふ、お嬢ちゃんにアレが取れるかな?」


 死んだ眼をしていた店主ががぜん復活し、秋姫を挑発した。さすがの店主もこれは無理と思ったのだろう。

 しかし無駄にスペックの高い秋姫のことである。


「もちろん、取ります!」

「いや、絶対ポイに乗らないと思うんだが…」


 まさか手づかみで取るつもりかと思っていた孝介だったが、予想に反し、秋姫はごく普通にポイを構える。

 どうするつもりだと孝介が見ていると―


「ここですっ!!」


 そう言うと秋姫は巨大な金魚の頭にポイの輪の部分を突っ込むとそのまま頭を使って破いた。


「残念、破れちゃったね~」


 いかにも嬉しそうな店主の声に秋姫は動じる様子もなく続けてポイを操る。


「まだですっ!!」

「!? なッ…!?」


 驚く店主の声に、秋姫はポイを金魚にくぐらせ、腹のところにきた辺りで思い切り水中から引き上げる。

 引き上げられた魚は中心部分をポイに捕まったまま空中で激しくその身を揺すっていた。


「な、なにーィ!?」

「巨大金魚、ゲットです!」


 秋姫が意気揚々と宣言した時、ポイのプラスチックの持ち手が乾いた音をたてて折れ、金魚もまたポイと共に水槽の中に落ちた。


「あっ…」

「あ」


 一瞬空気が固まり、秋姫を見ていた見物人がゆっくりと散っていく。


 まあ、普通に考えたらこうなるよな。

 

「残念だったな新城。さ、もう十分楽しんだろ。行くぞ」


 秋姫の取った金魚を持ち帰ろうと孝介が準備しているところで。


「…嫌です」


 水槽の中を、さっきのことなど何も無かったように悠々と泳ぐ巨大金魚を見つめながら、秋姫がつぶやいた。


「諦めろ。さすがに、あれは無理だ」

「無理…? 無理じゃ、ないです…」


 半分意地になった声で秋姫が答え、また新しいポイを握る。


「お、おい…」

「無理かどうかなんて、やってみなきゃわからないじゃないですか!」


 そう答えた秋姫の眼には、すがるような光があった。


「新城、どうした? あんた、何か変だぞ?」

「変、ですか? 変、なのかもしれません」


 どうやらあの金魚を掬うまでここを動かないつもりらしい。そう思った孝介は、財布を出し、店主に問いかける。


「なあ、あの馬鹿でかい金魚、いくらなら売ってくれる?」

「!? 十日町君!?」

「いや、あの大きさは高いよ~?」

「い・く・ら・で・売るんだ?」


 孝介が地上げ屋ばりに迫ると、店主は動揺しながらもニ本指を立てる。顔色を変えずに孝介がそのうちの一本の指をやんわりと握ると、店主はこくこくと顎を動かして頷いた。


「ほら」


 水の入ったビニールに窮屈そうに泳ぐ金魚を秋姫に突き出す。


「あ、ありがとうございます…」


 受け取り、まだ納得していない様子の秋姫に、無理もないと孝介は思う。


「そんなに、その金魚が欲しかったのか?」

「そういうわけでは無かったんですけど…」


 まあ、出来るなら自分で掬いたいと思うよな。


「あんた、結構本気っぽかったんだけどな。あれか、ゲーセンのキャッチャーで欲しいプライズに三千円とかつぎ込んで引けなくなったって感じか」


 秋姫は手に持った金魚の入ったビニールを持ち上げ、中でぐうたらしている巨大金魚を見つめながら言った。


「似てる、と思ってしまったんです」

「似てる? 何にだ?」

「……」


 秋姫は答えず、目の前まで持ち上げた巨大金魚をビニール越しに軽くつついた。金魚は逃げるようにビニールの中を勢いよく泳ぐ。

 つつきながら、少し悲しそうに笑う秋姫に、気の済むまでつつかせてやろうと孝介は思った。






 その後も孝介と秋姫は屋台を色々回って遊んだ。

 金魚すくいの後、少し沈んでいた様子の秋姫だったが、屋台を回っているうちに機嫌も直り、孝介はほっとした気持ちでいた。

 そうしてあらかた屋台を回り終え、辺りも夜の帳が降り始めた頃、二人は神社に参拝するため、神社の境内に足を踏み入れた時だった。


「あ、お姉さん、よければボクと遊んでいきませんか~?」


 思わず回れ右してしまうような声が前方から聞こえてくるのを、孝介の耳は聞き逃さなかった。

 ちらと背伸びして人ごみの上から前方を覗いてみると、なにかいつも自分の前の席に座っていそうな変な仇名の同級生が、通りかかる女性全員に声をかけるも朝顔についているナメクジに塩をかけられるような眼を向けられ逆に興奮しているところだった。


「…」


 なんであの十二回裏満塁失恋男がここにいるんだ。

 

「あの~、ちょっとそこの神社の裏手でボクと闇夜の射撃訓練を―」


 下ネタにしか聞こえない声が前から近づいてくる。

 あのメンタルだけは見習いたい状況になりたくない。


 しかし、孝介にとっては緊急事態でもあった。あの級友に、ここで秋姫と一緒にいるところを見られてしまっては後日どんな噂が流れているかわからない。

『十日町、結婚したってよ』とかなんとかいうタイトルの校内新聞の記事が出来ても何ら不思議ではない。


「あ! あれ、ドミンゴ君ですよね?」


 秋姫がドミンゴに気づき、人ごみの中を手を振って声をかけようとする。


「!? …最初に謝っとく。すまん、新城」

「え? えっ!?」


 咄嗟に秋姫を抱き寄せながら物陰に隠れる。


「なっ、なっ!? 十日町君!?」

「悪い。あのバカがどっか行くまで、こうさせてくれ」


 ドミンゴの声が近づいてくる。その声を聞きながら、なるべくドミンゴから秋姫を隠すように孝介が秋姫を抱き寄せる。

 

「と、十日町君、ちょっとだけ、苦し、い、です…」

「あ、わ、悪い」


 緊張で強く抱きしめてしまっていたようだ。

 孝介が力を抜くと、秋姫が小さな声で孝介に聞いた。


「で、でも、ど、どうして隠れるんですか?」

「考えてもみろ。あのバカにあんたと俺がここで二人歩いているところを見られたら、月曜あんたと俺はクラスで吊るし上げにあうぞ」

「? 何故ですか?」

「何故って、あんたと俺が付き合ってるってことになるからだろ」

「え? …ええーっ!?」

「お、おいッ!?」


 咄嗟に声を上げてしまった秋姫を強く抱きしめることで声を塞ぐ。


「ん? 今、新城さんの声が聞こえたような…」


 あの野郎、案の定こっちにきやがった。

 

「ええと、確かこの辺りから…」


 秋姫を抱きしめながら耳元でしーと静かに囁く孝介。秋姫は指示通りじっとしており、孝介も自らも彫像のように固まったままでいた。


「あれ? 確かにこの辺りから新城さんの声が聞こえた気がするんだけど。空耳だったのかなぁ。あ、まさか新城さんがオレを想うあまり、その思念が直接オレに伝わったんじゃあなかろうかッ!」


 ゲイにでも掘られてろ。


 そう思いながら、突っ込まずにただ近くまで来たこの級友にさっさとこの場から去って欲しいと願う孝介。その願いを無視するかのようにドミンゴはきょろきょろと辺りに目ぼしい女性がいないか探し、そして孝介達に気づく。


「あ」

「…ッ!?」


 腕の中の秋姫がドミンゴの声に身を固くする。孝介は背中を向けたまま、どうすればドミンゴが死なずに記憶を失えるのか真剣に考えた。


「…なんだよ、カップルじゃないか。ったく、一人身のオレの前であんなにいちゃつきやがって、勘弁してほしいぜ。くそう、オレも彼女が欲しい…」


 そう言うと、ドミンゴは女性に声をかけながら、ゆっくりと神社から離れていく。


「ふう…」


 何とかばれずにいられたな。

 完全にドミンゴの声が聞こえなくなってから孝介は秋姫を離し、頭を下げた。


「すまん。無理やりこんなことして」

「い、いえ、さっきの理由はもっともだと思いますし、べ、別に、嫌でも無かったですから」


 顔を赤らめている秋姫に、孝介は確信した。


「…やっぱりあんた、ドMだったのか」

「ち、ち、違いますっ!」


 そう言うと秋姫が孝介に抱き着いてきた。


「なッ!? おい離せッ! あのバカはもういないんだぞッ!?」

「ど、どSですからーっ!!」

「んなこと聞いてねーッ!? つかさっさと離れろォーッ!!」


 結局、秋姫を引きはがしたのは、辺りが完全に暗闇に包まれてからのことだった。

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