終わりを告げない夜みたいです
「それじゃまあ~小手調べといこうかね?」
獲物を嬲るように舌なめずりをすると、エクダマートは両手を広げます。
その手中にて輝きを上げるのは高密度に圧縮された炎。
周囲の空気を貪りながら、急激に燃え盛り勢いを増していきます。
噂に聞く火球の上位呪文『爆裂灰燼』の術式でしょうか?
あんなものがこんな村の中で炸裂したら、私達はともかく村はひとたまりもありません。
何とか打ち消すしかないでしょう。
触れるだけで存在意義を根本から祓う退魔虹箒なら術式に対抗出来る筈です。
しかし……
箒を持つ私の手に力が籠ります。
問題は直接穂先に触れなくてはならない事です。
空に佇むエクダマートには手が届かない為(上空5メートルくらいです)、
術式が完成し、攻撃が放たれた瞬間を狙い撃つことが必須とされます。
着弾する前に補足、霧散させる。
なかなかの難易度です。
だけどやるしかないなら覚悟を決めます。
決意と共に一歩を踏み出た私。
その肩が力強い青年の手によって止められます。
聖戦士ゼノスさんの手によって。
「大丈夫。心配しなくていい」
「でも!」
「こういう時の為に……フォンがいる」
「んだな。任せたぜ、フォン」
「え?」
「おおおおおう! 任せ給え!」
疑問を投げ掛けた私。
物言いたげな視線に何故か赤面し応じるフォンさん。
「何をごちゃごちゃやってるんだい!?
これでも喰らいな!!」
ついに完成する爆裂灰燼。
赤を超えて白色化したそれが放たれた。
まさにその瞬間、
「あ……?
どうなってるんだい?」
エクダマートの手から爆裂灰燼は跡形もなく消え去ったのでした。
術式どころか魔力の残滓すら残さず。
不思議そうな顔をするエクダマートの視線の先にはドヤ顔で印を組むフォンさんの姿がありました。
「見たか! ボクの力の片鱗を!!」
「さすがはフォン」
「まーこれしか出来ないしな」
三者三様に喜び合い納得する三人。
いったい何が?
推測は出来ますが、今しがたフォンさんが使ったのはもしや……
「はん! 消去魔術かい。
随分とレアな遣い手がいるじゃないか」
高慢そうに鼻を鳴らしながら嘲るエクダマート。
余裕を見せてるつもりなのでしょうが……きっと悔しいのでしょう。
「魔神皇様曰くこの魔術を学ぶ事は不可能ってことだからね。
となると、後は体得することだけど……」
エクダマートの指摘はこうです。
魔術を扱うには二通りの方法があります。
学問として得る魔術と、生き方としての魔術です。
魔術は学問でもあります。
故に基礎理論を学び高位次元へアクセスする方法を刻めば、誰でも魔術の施行が可能です。
魔術は哲学でもあります。
故に高位次元存在が望む生き方を実証した者にはその力が宿ります。
つまりフォンさんは常に何もかも消し去りたいという危険思想者なのか、
もしくは……
「ボクは世界から消えたかった。
消えたくて消えたくて消えたかった。
迫害され虐げられていたボク。
そんなボクに語り掛け、力を宿してくれたのが我が主神<ヨグソゥド>様だ。
ボクは与えられたこの力を皆を護る為に使う」
「ふん。世界から逃避したかった弱虫君が吠えるね~」
「何とでも言え!
村人達を傷付けたお前をボクは決して許さない!」
「じゃあどうするんだい?
仲間に囲まれて虚勢を張るのかい?」
「それは……」
「無論、お前さんを倒すのさ」
「あ?」
背後から聞こえた声に、驚愕し後ろを振り返るエクダマート。
しかし遅いです。
いつの間にか気配を遮断するだけでなく驚異的な跳躍でエクダマートの背後を取ったクヨンさんが鋼の様な筋肉をたわわせ、気を纏った手刀を首に叩き込んでいたのでした。
中空を舞うエクダマートの首。
何が起きたのか理解が追い付かない様な表情をしてます。
あまりの速さに辛うじて固有スキル<断頭>による業だと識別出来ました。
かくいう私も、顕識圏でしっかり捕捉していたからこそ現状が分かるものの、
普通なら一瞬の間に掻き消えた様に視えたでしょう。
それほどまでに完成された陰行。
更に鍛え込まれた身体。
気を循環させ操る技術。
私の知識が確かならクヨンさんは、
「面倒くさいね……消去魔術師だけでなく忍者までいるのかい。
どうやらあたしは特大の外れクジを引いたようだよ」
飛ばされた首を抱え微笑むエクダマート。
頭を元の位置に戻すと、捻じ込む様に押し込みます。
やがて切断面が赤く燃えると何事もなかったように癒着される首。
再生とはまた違う復元性。
厄介な相手です。
「まあこの通りさね」
「……面倒な奴だな(はぁ)。
そこはシャレでもいいから死んどけよ」
「そう言わずに付き合いな……
次は本気行くよ!!」
呆れた様なクヨンさんの感想に歓喜をあげて炎上するエクダマート。
立ち昇り宙を漂う無数の火の粉。
それが脈動するや無数の異形へと変じていきます。
先程まで戦っていた獣……虚獣へと。
「やはり村を襲った獣達は貴女の仕業だったのですね……」
「そうさ。あたしの可愛い下僕達。
焔纏いし紅蓮のしもべ。
名付けて<ディスミスマリオネット>。
早くしないとアイツが来ちまうからね……
お前達! あたしに抵抗する愚かな敵を存分に可愛がってやりな!
さあ、踊れ!!」
牙を剥き腕を伸ばし、爪を閃かせ襲い来る虚獣達。
その数は20を超えてますが……今の私なら問題ありません。
私は颯爽と箒を構えると、皆の前に立ち塞がります。
色を失い掛けていた抗醒闘衣が再度色彩を帯び、具象化していきます。
「こいつらは私が引き受けます」
「うん。それがベストみたいだ。
フォン、彼女を支えてくれるかな?」
「りょりょりょ了解!!」
「じゃあ、クヨウ。
いつも通りに」
「またやんのか?
程々にしておけよ」
「分かってる」
深呼吸と共に半眼となったゼノスさん。
両手を組み、祈りを捧げる使徒みたいな献納な仕草。
いったい何を……?
私の疑問はすぐに氷解しました。
祈るゼノスさん身体の内から爆発的な闘気が立ち昇るからです。
恐ろしい事にそれは父様に並び立ちそうなほど洗練された闘気でした。
「お前、それは……」
「聖戦士スキル<聖戦宣言>。
戦闘後に死亡する危険と引き替えに、爆発的な戦闘力を得る禁断の御業さ。
命を捨てる気はないが……賭けるだけの価値はある」
「やる気満々さね。
いいよ、始めようか!
血も脇踊る魔戦の宴を!!」
臆したかに見えたエクダマートの目が嗜虐に揺れます。
臨戦態勢で応じる私達。
魔戦の夜はまだまだ終わりません。




