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囁いちゃうみたいです

「トレエンシア様……」

「おお、ユナ。

 今日も中々の馳走じゃのう。

 たっぷりと堪能させてもらっておるぞ」


 慌ただしく繊手と蠱惑的な口元を動かす美麗な姿。

 声を掛けるのを一瞬憚れましたが、意を決して呼び掛けてみます。

 その声に応じるのはミステリアスな雰囲気の美女。

 樹木の精霊を束ねる樹の精霊王こと樹聖霊トレエンシア様です。

 ただ在るだけで発せられる厳粛で荘厳な圧力。

 さすがは聖霊と呼ばれるだけあります。

 通常なら恐れ敬い、平伏したくなるでしょう。

 もし両手にケーキを握り、その唇にクリームが付着してなければ、ですが。

 私はそっと息を吐くとエプロンドレスよりハンカチを取り出し無言で勧めます。

 束の間きょとん、と童女のような無垢な顔を覗かせるも、

 自分の失態に気付いたのか、バツが悪そうに上品に口元を拭います。


「すまぬな、ユナ。

 妾としたことがあまりの美味しさに我を忘れておったみたいじゃ。

 礼を言う」

「いえ、こちらこそ連日おいでいただきありがとうございました。

 アズマイラのスイーツはお気に召しましたか?」

「うむ。ホントに、ぱーないのぅ。

 妾もこう見えて結構美食家なのじゃが……

 その妾をして唸らせる品の数々じゃ。

 これは汝が考案したのかえ?」

「はい。草案は私で、本日給仕を務めますファル姉様に手伝って頂き仕上げたものです。

 ちょっと食べ慣れない味と仕様ですから如何と思いましたが、好評なようで幸いでした」

「何を謙遜しておる。

 このケーキ達の、実に美味なる事か。

 喩え王族とてこれほどのものは食べた事はあるまい。

 ただ甘いのではなく、内包する果物と調和がとれた絶妙な味わい。

 口の中で奏でられるハーモニーはまさに天上の調べじゃ。

 妾を虜にして離さぬ」

「そんな大げさですよ」

「い~や。これは最早兵器と呼べよう。

 人族はこれほどまでに禁断の果実を手にしてしまう定めなのじゃな。

 ならば世界の平和の為、妾がこの身を以て堰き止めよう」

「は、はあ……」


(直訳:「いいから全部よこせ」)


 私はトレエンシア様の意を汲んで、そっと離れようとしました。

 そこにふと思いついた様に、こっそりと声が掛けられます。


「そういえばユナよ」

「はい、何でしょう?」

「未だ妾の進呈した指輪を身に着けてくれてるのじゃな」

「ええ。これはトレエンシア様からの友誼の証であると同時、

 私達兄妹の誓いを新たにする証でもありますから」

「ふむ。汝らの心意気は大したものじゃ。

 ところで……その指輪の隠された力を知っておるか?」

「あ、はい。

 ミスティ兄様の話では確か草花による束縛の力を無制限に放つことが出来ると」

「半分正解で半分外れじゃな」

「え?」

「正しくは嵌めた者の内面世界に影響された力を顕現するのじゃよ。

 ミスティは自らの力を疎んじてる部分があり、常に枷を掛けようとしておる。

 故に宿りし力は『束縛バインド』なのじゃろう」

「シャス兄様は?」

「シャスティアは献身さというか危ういまでの純粋さを秘めておる。

 悪に対する狂気と紙一重の敵意。

 しかし矛盾するかのごとく最近は何か一途な想いを心に宿してもおるな。

 故に宿りし力は『殲滅デストロイ』か『犠牲サクリファイス』系じゃな」

「では……私は?」

「汝はすでに知っておるじゃろう?」

「……はい」


 4年前の惨劇。

 激情に駆られた私より放たれ、母様の身体に巣食ったパンドゥールに立ち向かった半透明の少女。

 私の記憶が間違いでなければ、彼女は……


「そうじゃ。霊長の守護者なんぞがお主の傍にいる以上、間違いあるまい。

 アレは……お主ではなく、

 その身体に本来宿るべきだった魂の欠片じゃ、転生者よ」

「知って……らしたのですね」

「意識せずとも因果なんぞがこの眼には視えてしまうのでな。

 しかしユナよ、案ずるな。

 ユナティアとして生まれる予定の命は、本来消えてゆくのみだった筈。

 異界の邪神の御業によって転生してきたであろう汝じゃが、

 欠片とはいえ汝と共に育まれた魂は汝に感謝しておる。

 意識して指輪に同調してみよ。

 きっと応じてくれる筈じゃぞ」

「分かりました」

「やれやれ……語るべき事でもない事まで喋ってしまった気がするのう。

 どうにも糖分は口を軽くする。

 早くこれらを片付けて妾は森に還らねば」

「フフ……どうぞごゆっくり寛ぎ下さい♪」

「汝の声が悪魔の囁きに聞こえるぞ、ユナよ」


 苦笑するトレエンシア様に一礼し、

 私は最後の一人の姿を探すのでした。





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