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焦燥の溜息みたいです

 目の前に冒険者組合が主催する前広場が見えてきました。

 様々な人々で賑わい、探索補助用品の出店や、

 臨時の仲間募集の勧誘などが仕切りに行われてます。

 しかし私は祭りにも似た喧騒を余所に、人込みを縫う様に蛇行。

 ぶつからないよう注意を払いつつ駆け抜けます。

 何故なら私の目指す場所はこの裏側だからです。

 墳墓の様なダンジョンの周囲を大きく迂回した先、

 こちらに向かって逃げ出してくる人物達を捕捉。

 ゴーダを含む苛めっ子グループでした。

 普通なら出入り口付近に構えて挑戦者を囃し立てる筈です。

 それがこんなに焦ってるとこを見ると、何か不測の事態が起きたのでしょうか?

 不安に駆られる私。

 事情を把握する為にも、多少手荒になっても彼らを尋問する事にしました。

 ゴーダは巨体な割に身軽なので掴まえ損ねましたが、何とかズーネヲの襟首を捕えるのに成功。

 近くの木立に押し付ける様にして詰問します。


「兄様は!?」

「あん? 知るかよ、あんな奴!

 大体余所者のお前達が幅を利かせるからこんな事に……」


 何やらグダグダと弁解するズーネヲ。

 私は溜息を洩らすと深呼吸を一つ。

 こんな奴等に何を言っても何を聞いても無駄だと悟ったからです。

 襟首を離し、ズーネヲを解放。

 すぐさま逃走するズーネヲを背後に、疲労を強引に無視し再び駆け出します。

 もう、間に合わないのでしょうか?

 家族を失うという恐怖心が湧き上がり、泥水の様に私の心を染めていきます。


(お願い……間に合って下さい!)


 そうして走り抜けた先、

 私は見ました。

 多少薄汚れてはいるものの、五体満足なシャス兄様と、

 兄様と談笑する聖職者のヴェールに身を包んだ女性とを。

 歳の頃は兄様より5~6つくらい上でしょうか?

 優しさの中にも強い意志を感じさせる柔和な顔立ち。

 長くしなやかな黒髪。

 同性でも見惚れそうな美麗な容姿。

 でも私が驚いたのはそこではありません。

 顔は全然似てもいないのに、どことなく母様を思わす雰囲気。

 激しい胸の高鳴りにドキドキが止まりません。

 思わずその場でたたらを踏み、立ち尽くしちゃいます。

 渦中のその人は話が終わったのか、祝福の聖印を切ると、兄様に背を向けます。

 歩き出した先にはその人のお仲間と思わしき鎧姿の戦士さんがいました。

 二人は何か会話を交わすと頷き合い、霊廟である裏側の洞窟に入っていきます。

 そういえば集会の時、自慢話の合間に村長が腕利きの冒険者に洞窟の再調査依頼した云々を思い出しました。

 おそらく兄様は折り良くその冒険者達に救われたのでしょう。

 そう理解した瞬間、安堵感と虚脱感に膝が折れそうになります。


「兄様……」

「あ、ユナ」


 彼女達の後姿を何時までも見つめていた兄様。

 何かを大事そうに握り締めてます。

 余韻に浸っているところを悪いとは思いましたが、心配なので声を掛けさせていただきました。


「詳細はワキヤ君から聞きました。

 お怪我はありませんか?

 体調はお変わりないです?」

「え……? あ、うん。

 僕は大丈夫だよ。

 今の人……ミラナさんに危ないとこを助けてもらったから」


 どことなく上の空な兄様が答えます。

 私は少々訝しげにその顔を見返します。

 目元と鼻元が赤いのが気になりました。

 今も少し涙と鼻水が浮かんでいます。

 もしかして、その症状は……


「兄様、その目元とかは……」

「ああ、これ?

 中で茸妖魔ファンガスの催涙ガスにやられてさ。

 別に命に別状はないけど、涙と鼻水が止まらないのはまいったよ。

 おまけに鬼火妖魔ウイルオーウイスプの手招き幻惑にも引っ掛かったし……

 今日は、厄日かな?」


 乾いた笑いを浮かべる兄様を座らせ、持参した救急セットを展開。

 手早く解毒ポーションを擦り込み、手当てをしてゆきます。

 黙って治療を受け入れるシャス兄様。

 何かを堪えてる姿が印象的でした。

 それでも私は言わずには居られません。


「らしくないですよ、兄様……

 ノビーを助ける為とはいえ、

 こんな安い挑発に乗るなんて……」


 私の言葉に兄様は閉眼します。

 そして拳をぎゅっと握りながら返答します。


「ユナに心配掛けたのは悪いと思う」

「そんなことは」

「でも仕方ないじゃないか。

 あいつらが……ゴーダ達が霊廟の中で母さんの姿を見た、なんて言うから。

 たとえ偽りと分かっていても……僕は探しに行かなきゃならない」

「兄様……」


 悔しそうに語るシャス兄様。

 母様は世間的には行方不明扱い。

 確かにそんな目撃情報を聞かされたら、真相を知ってる私達ですらもしかして、という気持ちを抱いてしまいます。

 意気消沈し、黙り込む私達。

 事情を知るだけに沈黙が痛いです。

 そこに誰かが駆け寄ってきます。

 翻る赤衣。

 白髪に焼けた赤銅色肌の偉丈夫。

 ネムレスでした。

 おそらくワキヤ君の救援を受けて駆け付けてきてくれたのでしょう。

 心細いこの時にはどこか不敵なその顔が頼もしく思えます。


「無事だったようだな」


 座り込む私達の前で片膝をつき、兄様に話し掛けるネムレス。

 兄様は若干緊張しつつ応じます。

 

「はい」

「そうか。

 ここは表は初心者用ダンジョンだが……

 その裏は熟練者向きのハイレベルダンジョンだ。

 迂闊さが容易に死を招く。

 自分の力を過信しないのは君のいいとこだが、今回は少し無謀過ぎないかね?」

「すみません……

 御心配をお掛けしました」

「責めてるのではなない。

 ただ、君は自分の事をもっと大事にしなけれならないと思う」

「はい」


 真摯に語り合う兄様とネムレス。

 ここ数週間で推し量った二人の関係は不思議な感じでした。

 何だか互いに互いを扱い兼ねてるような……

 嫌悪、ではなく遠慮し合ってる感じです。


「もう少しでカルも来る……

 でも、本当に君が無事で良かった」

「本当にそうでしょうか?」

「ん?」

「今回は偶然ミラナさんという冒険者に助けられました。

 けど、こんな幸運が幾度も続くとは思えません。

 似たような事が今度あったら、次は無事では済まない」

「……そうだな」

「ここ数年、僕は我流で自分を鍛えてきました。

 でも今回の事態を見るまでも無く、限界が見え始めてます。

 このままでは足りない……

 運命に打ち勝つには。

 だからお願いします、ネムレスさん。

 僕を鍛えてくれませんか?」

「ほう。それは何故?」

「正しさを貫く意志が必要だからです。

 口先だけで何も為せない。

 僕は僕自身の弱さと異常性を知ってます。

 このままでは……いつか後悔する」

「君を鍛えるのは構わない。

 カルからの要請もあったからね。

 ただ、一つだけ確認するぞ」

「はい」

「力が、欲しいのか?」

「誰かを傷付ける力はいりません。

 けど、」

「けど?」

「誰かを守り抜ける強さ。

 僕はそれが欲しい」

「……合格だ」

「え?」

「君がそういう事を正しく理解してる人間で良かった。

 そういう人間にこそ、わたしの業を受け継がせたい」

「じゃ、じゃあ!?」

「ああ。君の様な志を持つ者が増えれば、少しずつでも世の中は変わっていくかもしれない。

 だからシャスティア、君は強くなれ。

 自分の思いを、主義主張を貫く矢となる為に。

 その為ならわたしは君をどこまでも鍛えよう。

 敵を惑わす策を教え、戦い抜ける力と技術を授けよう。

 <僕>ではなく<私>としての君を磨き上げる手伝いをしよう。

 だが、これだけは約束してほしい」

「?」

「どれだけ強くなっても、君は君の身の回りの人達を忘れないでくれ。

 君を心配し、君が支え支えられている人達。

 その人達の幸福の中にはシャスティアという存在がいるという事を忘れないでくれ。

 君は、君自身の幸せの為、

 周囲だけでなく自分も含めて幸福にしなければならない」

「分かりました……ネムレスさん」

「フッ……わたしに弟子入りしたんだ。

 これからは師匠と呼びたまえ」

「了解です、師匠」


 事の成り行きに茫然とする私を余所に、

 熱い握手を交わす兄様とネムレス。

 少年漫画の王道的展開みたいです。

 私の心配は、いったいなんだったんでしょう……(はぁ)

 ま、まあ兄様が無事ならそれで良かったんですけど!

 駆け寄ってくる父様に爽やかな顔で手を振る二人の後姿をジト目で見ながら、

 私は隠し切れない本日何度目かの溜息を尽くのでした。

 ああ、幸せが全力ダッシュで逃げて行っちゃいますぅ(涙)







 何はともあれ。

 こうしてシャスティア・ノルンは、

 ネムレス・アノーニュムスの弟子となったのでした。




ミラナとタマの登場、即退場。

何とかタガタメの序章と前後が繋がったと思います。

感想にもありましたが、ミラナとマリー(母様)が似てるのは同じプロン寺院出身の治療術師だからという裏設定。

決して書き分けが出来てないという訳では……(汗)

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