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悪女の基本みたいです

 全速力で駆け抜けます。

 形振り構わず、私に出来る最大限で。

 乱れる呼吸。

 不規則に脈動する鼓動。

 次々と溢れ出る焦燥感に、気ばかりが逸ります。

 全ては先程告げられたワキヤ君の一言。

 まるで不吉を象徴する鴉の鳴き声の様に、

 ワキヤ君の言葉が脳裏から離れずリフレインします。

 元凶となった馬鹿達に対して正しき怒りを抱きながら、

 私は到着が間に合う事を心から祈るのでした。





「大変だ、ユナ!

 ゴーダ達に苛められてたノビーを助ける為、

 シャス兄ちゃんが代わりに禁忌の洞窟に入っていっちゃったんだ!」


 のどかな弓手村フェイムには立ち入りを禁じられた魔所が一つあります。

 それは禁忌の洞窟。

 冒険者以外は立ち寄る者とていない、死者のしとね

 命を蝕む病に倒れた人々が彷徨い歩く、現世と幽界の境界です。

 世界に数ある冒険拠点として有名で、この村はそこに訪れる冒険者達の財貨によって潤ってるといっても過言ではありません。


「大丈夫だと思いますよ、兄様なら」


 私はシーツを干す手を止めると、駆け込みざまに叫んだ為か、咳き込むワキヤ君の背を撫でます。

 このフェイム村の子供達に伝わる悪習慣として、度胸試しがあります。

 禁忌の洞窟に入りその蛮勇を知らしめるというものです。

 女の子たちは免除されますが、男の子はこれが出来て初めて一人前扱いされてる風潮があります。

 ノビーは人一倍優しい子ですが、かなりの怖がりなので、いきなりこれに挑むのは酷でしょう。

 まあガキ大将のゴーダが何かしら唆したのだと思いますが。

 そこに見兼ねたシャス兄様が仲裁に入ったのでしょう。

 シャス兄様とミスティ兄様は最年少記録を争うほどでしたし。

 それに兄様の身体能力・装備・レベルを客観的に判別するに、問題ありません。

 今のシャス兄様はおそらくDランク冒険者に匹敵する力を秘めています。

 余程の事が無い限り、遅れを取る事は無い筈です。


「ち、違うんだユナ!」


 水分を促す私を遮り、ワキヤ君が再度叫びます。

 はて。

 ここまで彼を焦燥に駆り立てるものはいったい……

 嫌な予感が外れる事を願いつつ、私も聞き返します。


「違うって……

 何が違うんです?」

「シャス兄ちゃんが入って行ったのは正面の方じゃない!」

「……え? まさか!?」

「ああ、裏側だ」


 その言葉に、私の頭が真っ白になります。

 禁忌の洞窟には入口が二つあります。

 冒険者組合が主催する前広場に築かれた一般口。

 ここが通常の侵入口となり、許可証があれば一階までは村人も立ち入る事が出来ます。

 洞窟は独自の生態系が形成され、売り物となる素材等も多いし出てくる魔物も脅威ではないからです。

 精々ジャイアントバットくらいでしょうか、恐ろしいのは。

 雰囲気さえ慣れてしまえば、子供達でもそれほど危険はありません。

 反対に、その裏側。

 墳墓として奉られた霊廟に穿たれた裏口。

 高位冒険者達の手によって固く封印された霊屋から続く奥内は世界が違います。

 A級ランクでも油断をすると命を失いかねないデンジャラスゾーン。

 渦巻く怨念と数々の罠、そして凶化された魔物。

 アラクネの情報網を信じるなら、

 ノルン家がここに居を構えたのもその封印を見守る為らしいです。

 空白になった意識に、そんな事が次々浮かびます。

 けど気ばかり焦るだけで、どうしていいか分からなくなる私。

 駄目ですね。

 自覚はしてますが私は予想外の事態にホント弱いです。

 メンタル面での強化が当面の目標。

 もっと冷静にならくては。

 私はにっこり微笑むと、泣きそうなワキヤ君に向き合います。

 そしてゆっくり抱き締め、幼子をあやす様に背を撫で、深呼吸をします。


「ユ、ユナ!?」

「大丈夫ですよ……

 はい、吸って~吐いて~」


 羞恥に顔を赤らめたワキヤ君でしたが徐々に呼吸が落ち着いていきます。

 それに釣られて私も心が落ち着き、頭が冴え渡ります。

 今のは母様がよくやってくれた宥め方です。

 記憶の根底にある母様の慰撫。

 クーノちゃんやコタチちゃんには悪いと思いましたが、

 迅速なマインドセットの為にワキヤ君を使っちゃいました。

 自分が悪女の道を歩み始めた感じがします。


「もう……大丈夫です?」

「あ、ああ。

 うん」

「じゃあ……父様か誰かに、

 この事を伝えてくれる? お願い」


 言うなり私はメイド服の端々を手早く紐で縛ります。

 今から行う事の妨げにならないようにです。 

 幸いな事に干し方の途中だったので、手頃な紐には困りませんでした。


「カル先生達に伝えてって……

 ユナはどうするんだよ!?」

「決まってるでしょう?」


 尋ねるワキヤ君に毅然と応じます。

 全ての感情を強引に塗りつぶしながら。


「兄が窮地に立たされてる……

 ならば妹として私が出来る事。

 それは迅速に駆けつけ、そのお手伝いするのみです!」


 宣言後。弓から引き絞られ放たれた嚆矢の様に私は駆け出します。

 シャス兄様の無事を、ただひたすら案じながら。






評価ありがとうございます。

タガタメシリーズ序章に繋ぐべく奮戦中です。

少々の矛盾点は目を瞑って下されば幸いです。

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