弟子入りみたいです
「今現在、この家の手入れをしてるのは貴女ですの?
ユナティア様」
「は、はい……。
あの、ファルさん」
「何でしょう?」
「父様と同じく、私も略称のユナでいいですから」
「では、ユナ様と。
もう一度確認いたしますね。
貴女が家の事を?」
「はい、そうです……
何か問題がありましたか?」
「いいえ。技術的には何も。
それどころかユナ様の年齢を考慮した場合、
かなりの完成度と称賛されるべきでしょう」
「そうですか……」
恐る恐る尋ねた疑問に対し、にっこり応じるファルさん。
私は内心「ほっ」と溜息を尽きます。
しかしその顔はすぐに曇ってしまいました。
「あの、何か……?」
「技術面では問題ない……
ただ……わたくしの目には、
この家がひどく歪な物に見えるのです」
「え?」
「上手く説明しづらい概念なのですけど」
「と、言いますと?」
「借り物の技術を思想なしに振るっている……
わたくしには、そう思えて仕方ない」
衝撃を受ける私。
それはリーディング能力とエンドレス・グローリーを駆使する私の秘密を見抜いているかのような発言でした。
「わたくしの好きな東方の言葉に『一期一会』というものがあります。
誰かにお会いするのは一生に一度だけの機会。
生涯に一度限りであること。
生涯に一回しかないと考えて、そのことに専念する意志です。
それは即ち、持て成しの心に通じます」
「持て成し?」
「そうです。
家に限らず料理や掃除、園芸などにはその人の個性が出ます。
技術的な物ではなく思想的な何か……
それらが訪れた人々を迎えるのです。
出会いと別れを大切なものとして伝える為。
普段共に暮らす者とてそれは例外ではありません。
わたくしが歪に感じたのは、家の端々に漂う主体性の無さでしょうか。
この家における今の家事主はユナ様です。
ですが、貴女は誰かの足跡を強制的になぞろうとしている。
そこに思想はなく、
ただ形骸化された技術のみが施行されてる……そんな気がするのです」
驚愕です。
ファルさんの指摘はまさに的を得てました。
私は読み取った技術を強制的に成長させていただけに過ぎません。
家事スキルを施行するときも利便性のみを重視してた気がします。
でも違いました。
私が家のあちらこちらでリーディングを通して感じ取れたのは母様の想い。
家族に快適に過ごして欲しいという無償の愛だった筈。
スキルの有用性に慣れて私はいつか母様の想いを蔑ろにしてしまったのでした。
二の句が告げず黙り込む私。
しかしファルさんは花壇にしゃがみ込むと穏やかに微笑みます。
そこには私が植えた花々が様々に自己主張してます。
母様はガーデニングをしない人だったので、そこは私のオリジナルです。
先程までドヤ顔だった思いが萎み、
今は何を言われるかと戦々恐々してしまいます。
「だけどここだけは違いますね」
「え……?」
「この花々は活き活きとしてます。
家族を迎え、共に過ごそうとする意志が宿ってる。
技術的には稚拙ですが、それを補って余るほどの情熱が見られます」
「ファルさん……」
「拙いけど一生懸命。
優しさに満ちた花壇ですね」
その言葉に、私は打ちのめされます。
更に、じわじわと込み上げてくる胸の奥から迸る熱さ。
これは何でしょう?
でも、理解してくれる人がここにいてくれる。
それだけで人は立ってやっていけるのだと思いました。
生きた言葉には力が宿る。
言霊というものらしいですが、ファル姉様に聞いたのはこの時が初めてでした。
「ノルン家のメイドとして就任した以上、
本日よりわたくしがこの家の家事を全般を受け持たせていただきます。
ですが、ユナ様」
「はい」
「もし貴女が望むなら……学んでみませんか?
わたくしの体得した技術と心を。
通常では習得するのも理解するのも難しいものです。
ですが、何故か貴女なら可能とする……
わたくしにはそんな気がします」
真摯に私を見詰めるファルさん。
その顔に冗談めいた揶揄はありません。
真剣なのです。
私の動向を窺う父様とシャス兄様。
だけど私の答えは最初から決まってます。
「是非お願いします。
ファル……姉様!」
手を握って即答した私の返事に、
さすがのファル姉様も呆気に取られた顔をしました。
胸の中でピースする私。
まあ……美人はどんなに驚いても美人、でしたけど。
こうしてユナティア・ノルンは、
ファルリア・レカキスの弟子となったのでした。
メイド道(?)の師匠登場です。
タイトル詐欺にならない様、頑張ります。




