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家族と皆がいる、掛け替えのないこの一刻

「長い夢を――

 見ていた気がするの……」


 まだ意識が曖昧なのでしょう。

 どこか霞掛かった瞳で周囲を見渡し呟く母様。

 無理もありません。

 つい先程まで母様はイデアロストに近い状態だったのですから。

 固有時間を巻き戻したとはいえ、死の淵にいた。

 そこは変えようがありません。

 別人みたいに萎えた体。

 全てに違和感を覚える、あやふやな自我の境界。

 聖女として心身を鍛えていたからいいものの……

 普通なら喋る事すら大きな負担な筈です。

 覚醒から程ない為、上手く動かない手でゆっくりと身体を起こそうとします。

 邪魔をしてはいけないと思ったのか、半幽体のティアがそっと離れていきます。

 力が入りきらないのか脱力し、崩れ落ちそうになる身体。

 瞬間、嵐の様に荒々しくも春風の様に優しく――

 まるで姫に仕える騎士みたいに父様が母様を抱き止めます。


「あなた……」

「無茶をするな、マリー。

 まだ……目覚めたばかりなのだろう?」

「――ごめんなさい、あなた。

 随分と……心配を掛けてしまったみたいね」


 母様を見詰め、恐る恐る抱きしめる父様。

 その眼には今にも零れ落ちそうになる涙が溜まっていました。

 あまり感情を露わにしない父様が人前で泣く姿を見るのは初めてです。

 自分がどれ程心配を掛けてしまったのか痛感したのでしょう。

 子供をあやすようなフェザーな手付きで父様の背中を抱き返します。

 激しく動揺する父様。

 母様はそんな父様に凭れ掛かると、そっと労わる様に囁きます。


「――ただいま、あなた」

「――マリー!」


 声にならない慟哭。

 普段御近所の奥様達に紳士で知られる父様はそこにはいませんでした。

 迷子になった幼児が、やっと母に巡り会ったような。

 一途で無垢な純粋なる想い。

 私は取り繕った仮面の奥底に潜む、父様の本質を見た気がします。


(もう……だらしないですよ、父様。

 いくら嬉しいとはいえ、みんなの前でそんな姿――)


 したり顔でそう呟こうとした私ですが……

 変です。

 視界がぼやけて前がよく見えません。

 顔が上気し何も考えられない。

 呆然と両隣を見回せば、それは兄様達も一緒でした。

 何も出来ず、ただ涙を流している。

 ああ、そうか。

 何の事はない――

 難しい事は考えず、今ばかりは――


「母様!」

「「母さん!!」」


 素直になればいいんですね。

 私達は等身大の子供に戻り、一斉に母様に抱き付きます。

 優しく皆を抱きとめ、微笑む母様。

 握り締めた手に伝わる確かな感触。

 母様が……

 私のお母さんが――ここにいる!


「母様!

 母様ぁ!

 お母様!」

「あらあら。

 どうしたの、ユナちゃん?

 そんな小さい子みたいに泣きじゃくって。

 可愛い顔が台無しよ?」

「だって!」

「フフ……

 本当に――綺麗になったわね。

 まるで花が咲くように。

 誰か――好きな人が出来たのかしら?」

「えっと……そのぉ」

「恥ずかしがり屋さんなところは変わってないのね。

 いつか――教えてくれる?」

「うう~はい……」

「母さん!」

「大きく……そして逞しくなったわね、シャス。

 こうしてると――

 もう貴方を見上げなきゃいけないみたい。

 それに勇ましいだけじゃない。

 強くなったわ。

 宿業に打ち勝つ何かを手に入れた?」

「はい。いつか――

 母さんにお話しします」

「うん、待ってるわ」

「母さん……

 僕、いや俺は――」

「こ~ら。

 また――無茶をしたでしょ、ミスティ。

 駄目よ?

 もっと自分を大事にしなきゃ。

 でも……ありがとう。

 お兄ちゃんとして――皆を支え続けてきてくれたのね」

「~~~~母さん!!」


 泣き虫な私だけでなくクールな兄様達が流す涙。

 何事にも完璧に思えた兄様達。

 ですがこの時ばかりは二人とも年齢相応の子供でしかなかったと実感しました。

 離れていた年月を埋めるかのような抱擁。

 そして母様の視線は上空に浮かぶティアにも向けられます。


「あなたもいらっしゃい」

「えっ……」

「大丈夫。

 わたしの中にいたあなたから全て聞いているわ」

「――そういえば母さん、あの子は?」

「アストラル体……なのか?

 ユナから召喚されたように思えたが……

 ゴーストやスペクターじゃないようだし」

「あの子はね、うふふ。

 聞いたら驚くわよ?

 紹介してあげて、ユナちゃん」

「あっ、はい。

 この子の名は――ティア。

 私の中に眠るもう一人の私。

 何といえばいいのでしょう?

 え~っと」


 この世界に転生した時に内包された魂。

 死産になる予定だったユナティア本来の――


「ティアは……

 ユナの双子の魂。

 本当なら産まれず死滅する筈だった。

 が、ユナに助けられた。

 厳密に言えば違うかもしれないけど、貴方達の娘であり妹にあたる。

 いきなりで驚くと思う。

 でも……仲良くしてほしい」


 説明に四苦八苦する私の困惑を察し、自己紹介するティア。

 そ、そういう風に持っていくですか!?

 いや、すごく助かりますけど。

 必死に頭を下げるティア。

 その表情はどこか張り詰めてます。

 家族として受け入れられか否か。

 ティアだけでなく私にとっても切実な問題です。

 祈るようなティアの隣にそっと寄り添い支えます。


「そういう経緯だったんですね。

 突然の成り行きだったのでびっくりしましたよ」

「いや~参ったな。

 急に妹が増えたとは」

「まあいいじゃないですか、兄さん。

 前からもう一人妹が欲しいって言ってましたし」

「だな。

 半幽体の妹っていうのも斬新だし」

「娘が……増えた、だと?

 何てことだ……

 わたしの庇護すべき対象が倍になる喜び!

 こうなると一刀では足りないな。

 やはり二刀流に覚醒すべきか……」


 物騒な事をブツブツ言う父様はともかく、

 結構あっさりと受け入れられるティアの存在。

 この展開は予想外だったのか、きょとんとするティア。

 思わず互いに見つめ合い苦笑しちゃいます。

 色々難しく考えた私が馬鹿でした。

 尊敬する私の家族は出自を気にする狭量な器の持ち主ではなかったんです。

 大海のように広く、おおらかな度量の広さ。

 私はノルン家の一員である事を誇りに思います。

 明るく笑い合う一同に感動の対面が一段落ついたと思ったのか、遠巻きに様子を窺っていた皆さんも集まってきて母様に声を掛けます。


「ホントに大丈夫かい、マリー?」

「心配したんでござるよ、皆」

「ぬうおおおおおおおおおおおおお~(豪快な漢泣き)!

 こうやって皆の者と再会し会えるのは儂としても至上の喜びじゃわい!」

「ご無事で何よりです。

 盟主様もお喜びになられます」

「ホントだよ。

 良かったね、おねーちゃん!

 おかーさんをちゃんと取り戻せたじゃない☆」

「ありがとう、皆さん。

 御心配をおかけしてごめんなさい」


 頭を下げる母様を囲み、はしゃぎ騒ぎ立てる一同。

 そんな輪から外れ様子を窺うのはリューンです。

 母様を巻き込んでしまったという自責の念があるのでしょう。

 普段の不遜ぶりが嘘のように委縮してます。

 そんなリューンを見て溜息の後、無言で背後に寄るネムレス。

 どうするかの思ったらおもむろに背中を蹴り出します。

 前のめりになり母様の前へ押し出されるリューン。

 きょとんとした表情で驚く母様に手を振り弁解。

 背後を振り返り怒鳴ります。


「な、何をするかこの守護者風情が!」

「……ん?

 何か言いたそうにしてたので、手伝ったまでだが?」

「や、やり方というものが……」


 慌てふためくリューンを穏やかに見つめる母様。

 リューンは覚悟を決めたのか、身なりを正し口を開きます。


「(こほん)ユナの母君……

 吾の名はリューン。

 この姿では分からぬかもしれぬが――

 吾は一角馬だ。

 君達ノルン家の者達に救われた、あの場に居合わせたものだ。

 その節は――本当に世話になった」

「まあ」

「そして貴女には謝罪しても仕切れない。

 吾の雑事に巻き込んだ所為で、貴女には辛い宿命を負わせてしまった。

 ばかりか意に望まず家族と離されてしまった。

 その事には――いくら言葉を費やそうとも謝り切れぬ」


 言って、深く深く頭を下げるリューン。

 プライドの高いユニコーンにとってそれは途轍もなく屈辱的な行為な筈。

 しかし彼は誇り高い一角馬。

 矛盾するかもしれませんが、自らに非があればそれを認め、そして然るべき対応を執る事が出来るのです。

 母様はそんなリューンを労わる様に見ながら励ましの言葉を掛けます。


「頭を上げて下さい、リューン」

「いや、しかし……」

「わたしがこうなったのは誰のせいでもありません。

 無論、貴方のせいでもない。

 だから――頭を上げて下さい。

 そして――今までありがとうございます。

 気高き幻獣である貴方ですが、皆を見守ってきて下さったのでしょう?

 ユナちゃんが心許す者にしか取らない態度からもそれは分かります。

 本当に、ありがとう」

「そ、そんな――」


 逆に頭を下げる母様に慌てふためくリューン。

 一生懸命声を掛けフォローしようとします。

 何だか立場があべこべですね。

 それにしても――私ってそんなに顔に出やすいでしょうか?

 皆に無言で視線を向けると一様に頷きます。

 特に銀狐なんか一度だけじゃなく幾度も。

 むむ……上司に対する敬意が足りません。許すまじ。

 さてどうしてやろうかと、色々お仕置きを考えてると――


「あら……」

「おっと。

 しっかりしてくれ、マリー」


 ふらついた母様が倒れ込みます。

 予想していたのか、勿論抱き支える父様。

 瞬間、声にならない皆の悲鳴が広間に響きます。


「か、母様それは――!」

「母さん!」

「マリーシャ!」


 頭を押さえ倒れ込み掛けた母様。

 その身体が徐々に色を喪い消えて行こうとするのです。


「あっ……

 これ、は――」

「やはり……

 こうなってしまったか……」


 驚愕に為す術もなく動揺する一同。

 そんな中、唯一人沈着冷静なネムレス。

 言葉を喪い沈黙する広場に、

 無慈悲なまでに残酷で冷たく哀しい声が響き渡るのでした。

 

 


 

 


 

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