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私の譲れないモノ

「母様……」


 重苦しい沈黙を打ち砕く、迷い子のように不安に満ちた私の呼び掛け。

 それは母様に近付く私の足音と共に、広大な闘技場へ虚ろに響き渡ります。

 シャス兄様に抱えられた母様。

 生気のない、蒼褪めた貌。

 美しくも――どこか造り物めいた美の造形。

 その姿はまるで破棄された人形の様で……

 思ってはいけないと自制してるのに――

 次々と嫌な事ばかり頭に思い浮かびます。


「シャス兄様、母様は――」

「母さんの身体に巣食っていたパンドゥールは、僕が打ち倒した」


 躊躇いがちに聞いた私の声を断ち切る兄様の声。

 感情を喪失したかのような無抑揚。

 その表情はまるで機械仕掛けの細工物を連想させられます。


「じゃあ母様は――」

「けど――

 あいつは母さんの心を、魂を陵辱していた。

 蝕むだけじゃない。

 弄んで嘲ってさえいた。

 僕は――それが赦せなかった。

 でも同一化してしまった母さんを救う手段はない。

 だから――」


 応じるシャス兄様の瞳から零れ落ちる涙。

 普段弱気を見せる事をしない兄様の、苦渋に満ちた述懐。

 私達は何も言えずその場に佇んでしまいます。

 何か手は――と模索する私。

 だってこの状況は以前にも――

 ハッと思い浮かんだ私はリューンへ顔を向けます。

 危険は伴うも、タマモを救った御霊還りの秘術ならば――

 一縷の望みを掛けて窺う視線は、無情にも頭を振る事で遮られます。


「そんな――」

「すまぬ、ユナにシャス。

 以前に見せた御霊還りの秘術。

 あれはあくまで魂を現世へと呼び留める事を主体とするもの。

 魂を……魂魄を喪い舞台退出現象ロストを迎えた者を救う事は出来ぬ」

「でも……何とか出来ないのかい?

 これじゃあまりにもこの子等が可哀想じゃないか!」

「拙者からも頼むでござるよ。

 マリーシャ殿はカルの伴侶でありながら拙者らの友でもござった。

 このまま何も出来ないというのは――」

「儂からも重ねて頼む。

 こ奴等には――

 否、儂等にも大輪の向日葵ひまわりの様に咲き誇るマリーの笑顔が必要なのだ」

「蘇生魔術も成功率は限りなく低いと聞く。

 だが一角馬の御力ならあるいは――」

「そうよ……癒しの御業は一角馬の領域でしょ?

 だったら何とかしてよ、お願い!

 あたしは――おねーちゃんに救われた。

 だからそんなおねーちゃん……ユナの悲しむ顔は見たくない!

 あたしに出来る事なら、どんな事でもするから!」

「――すまぬ、皆。

 これは最早、術式や固有能力を超えた奇蹟の領域。

 残念ながら吾の力では――」

「……皆、無理を言うな。

 リューンも困っているだろう……」

「しかし――諦めきれるのか、カル?

 彼女の事を誰よりも案じていたのは君ではないのか――?」

「諦め切れる――訳がないだろう!!

 彼女は……

 マリーはわたしにとって掛け替えのない人なんだ!

 他の誰かじゃない。

 わたしには彼女だけなんだ……」


 沈着冷静を常とする父様が叫び、涙を浮かべ膝をつきます。

 泣き崩れ激昂する父様。

 生まれて7年。

 色々あってもいつも完璧だった父様。

 初めて見せる、父じゃない素のカルティア・ノルン。

 エゴを剥き出しにしたその姿。

 私は遠巻きながら母様の別離を実感させられます。

 召喚に属する私の力におそらくリミットはありません。

 私じゃない『私』ならば……人の身に及ぶありとあらゆる事を望むように書き換える事が可能です。

 ただし――その範囲には自らの身に及ぶ限り、という制約が付きます。

 現状の私が行き着く果て――最果ての境界。

 私が達し得る可能性が及ぶ限り――私に限界はない。

 けど現状、神官でもない私に死者蘇生――

 いや、その上位である死者復活はカテゴリーがあまりにも違い過ぎる。


(こうやって……結局、何も出来ないままなんですか?

 あの時みたいに……)


 押し留められず溢れ出す後悔。

 固く誓ったのに、叶えられない――現実。

 誰もが絶望に打ち打ちひしがれようとしたその時――


「……手は、ある」


 手負いの野獣の様に瞳を輝かせた――

 血の気の失せたミスティ兄様の声が全てを打ち払うのでした。

 

 





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