遺言<ラストワード>
「馬鹿な――有り得るわけがない。
人が……
人の身でありながらそんな力を持ち得る事など不可能だ」
悠奈から発せられる圧倒的な覇気。
ばかりか自らを超える絶対的な位階差。
それはレベル差ばかりではない。
存在としてのどうしようもない格差。
彼女が望めば自らが瞬時に敗北する事を直感させられる。
だからこそ理解に苦しむ、
いや理解できないとばかりに頭を振り否定する魔神皇――環透。
無理はない。
人の理を大きく超えた力の顕在化。
それはただあるだけで世界を変えてしまう。
しかもその果てにあるのは避けようのない破滅。
何故ならば――人は願わずにはいられない生き物だから。
愚かでも利己的でも、誰にも譲れない自らの願望を。
「なぜ、君は破綻しないんだ悠奈?
僕は……僕には無理だった。
世界を救う為に力を得たのに――
いつからか僕は力に隷属していた。
大義名分こそが本流に成り果ててしまったというのに。
どうして……君はそんなに無垢でいられる?」
縋るように問いかける透。
悠奈とナイアルは顔を見合わせるとおかしそうに笑う。
「確かに普通ならば変容し果てる」
「ええ、そうですね」
「しかしユナには我(先達)がいた」
「はい。私にはナイアル様がいました」
「力とは所詮手段でしかない」
「願望を叶える為の過程に必要な」
「力を以て何を為すか。
それこそが重要であると導いたのだ」
「その為に私の力に溶け込む事になろうと……
見返りも止めず、その身を以てね」
「我にも相応の打算があった。
まあ今の我は残響にしか過ぎぬ身。
悠奈がリライト能力を解放出来るのはあくまで自分の身に関わる事のみという制限をつけてしか出来なかったがな」
「誓約と制約です。
だからこそ私は自らの身に及ぶ範囲で世界法則を自在に書き換え出来るようになりました」
「だからといってそれはあまりに過ぎた力……
何故、何故破綻しない!?」
「ふむ。聞きたいか?」
「是非に」
「我は問うた、この娘に。
何でも為せる力を以て何を求める、と?
結果は何だと思う?」
「いったい何なんだ……
文字通り世界を改編すら出来る万能を以て、彼女は何をしようと答えたんだ!?」
「『綺麗な服を来てメイド喫茶のメイドになりたい』……
結果として周囲の人々を幸せにする、のだと。
凡庸で慎ましい、何とも俗っぽい欲望だと思わぬか?」
「あり得ない!
何だ、それは!!
貧困に喘ぐ者、虐げられ差別を受けし者!
それだけの力がありながら、何故救おうと思わぬ!?」
「それは――際限がないからです」
「際限が――ない?」
「はい。
私の力に最果てはありません。
おそらく俗世のどのような事も叶うでしょう。
でも救われない者を救った瞬間、また違う人が救われなくなる。
正義、という概念にも似てますね。
私がある勢力に加担した時……
きっと私は反対勢力からは忌み嫌われ<悪>と呼ばれる。
でもそれは仕方のない事なんです。
何故なら……<正義>の対義は悪でなく、
主義・見方の違う同じ<正義>だから。
どちらが正しいとか間違っているとかじゃない。
きっとそれはどちらも正しく間違っている。
だから――私に出来るのは手を伸ばすだけ。
救いたい、あるいは助けを求める人へと手を差し伸ばすだけ。
その手を握るか拒否するかは本人に任せます。
ただその為の互助組織、その為の人材確保は行いました。
私は万人を救う女神にはなれません。
ただ目の前で苦しむ人に声を掛け、
必要とあれば手助けし、
可能なら――共に違う誰かを助けてほしい。
どこかの誰かの笑顔の為に。
地に「希望」を。
天に「夢」を。
ささやかで愚かしい私の、
きっとそれだけは本当だから。
誰にも譲れない、私の欲望だから」
「……そうか。
君は――君の道を歩むんだね。
たとえそれが茨に満ち、苦難に溢れていようとも」
「ええ、それこそ私にとっての正道。
光を紡ぐ事だから」
「分かった。
僕も答えは得たよ。
そういう生き方も……きっとあったんだろう」
「最後に――
何か言い残す事はありますか?」
「ない。
ただ、悠奈」
「何でしょう?」
「僕は君の行く末を――先に逝って見守っている。
くれぐれも……後悔だけはしないようにね。
足を停滞し、過去を振り返る僕みたいに」
「はい。
心からの御忠告、ありがとうございます。
ただ私は――
きっと後悔しながらも、それでも前に進みます」
微笑み、振るわれる腕。
全てを受け入れ、閉眼する透。
世界樹に宿る黄金の力を秘めたその一撃は――
全世界を震撼させ『世界法則を書き換えようと図った』魔神皇こと環透を――
苦も無く量子崩壊し、この世界から掻き消すのだった。




