決闘<デュエル>10
視界を埋めるのは荒々しい奔流を連想させる躍動する白き群れ。
裏六魔将<闇帳>のミアカと名乗った女が扱うのは、様々な効果が付与された術布だ。
布でありながら鋼の硬さを持つそれは時に刃となり槍となり童子切を構えるカルを襲う。
当たれば致死的な効果(即死・石化等)をもたらすものすらある為、適当にあしらう訳にもいかない。
カルは精密機械のような緻密さと正確さを以て<闘刃>で対処を行う。
明鏡止水スキルを持つカルにとって自らの間合い、剣域は死守すべき絶対支配圏でもある。
研ぎ澄まされた感性が意識するよりも早く身体を動かすのだ。
当たらなければどうということはない。
(しかしそれだけではあるまい)
機械的に術布を捌きながら、カルは推測する。
一見均衡しているかのような現在。
だがそれでも疲労は積み重なっていく。
少しずつ、間合いを詰めてはいる。
されどミアカまで10メートル以上はある。
闘刃を用いても致命打を与えるには難しい距離だ。
さらにミアカが纏っている術布は傷を癒すだけでなく体力を回復させる効果もあるらしい。
これまでの小競り合いで出来た損傷がいつの間にか癒えていた。
つまり長期戦はこちらに不利だ。
たとえそれが敵の狙いだろうとしても。
(ならば……仕掛ける!)
罠であることは明白。
が、罠ならば食い破るのみ!
意を決するとカルは気と魔力の収斂を発動。
前衛職究極の技法。
相反性質同化による反発力を利用した戦闘力の向上。
更には縮地を併用した絶招歩法。
カルの姿は掻き消え、まるで早送りのようにミアカの前へと現れる。
(決める!)
空間に奔る斬撃。
それは抵抗すらなくミアカを斬り裂き――
驚愕に彩られたミアカの顔がいやらしく歪み崩れる。
ミアカを形成していた体ごと。
「掛かったね、<闘刃>!」
瞬間、ミアカは爆ぜた。
否、その体を覆って形成していた術布が瀑布のようにカルを包囲する。
カルがミアカだと認識していたもの。
それは術布の集合体だったのである。
薄々とだがカルはこのことを予測していた。
以前博識なルナから聞いたことがある。
南方地域、砂漠地帯の王家の墓には風変わりな守護者がいる、と。
魂を体でなく防腐処置された術布に宿すことにより仮初めの不死を得るのだと。
ミアカの正体も当たらずとも遠からずといったところか。
有に千を超す術布がカルを貪り尽そうとする。
しかしカルは超加速された認識意識の中、一人笑う。
(甘い!)
ネムレスに及ばないものの勇者であった雷帝の仲間として激戦を潜り抜けてきた自負がカルにはある。
だからこそカルは焦らない。
「奪った!」
カルの身体を貫く数多の術布。
その瞬間、ミアカは勝利を確信した。
そう、カルの身体が霧のように消え去るまでは。
「なっ!
……がっ!?」
驚愕の後に衝撃。
術布の体を得て以来久しく感じていないもの。
それは痛み。
全身を形成していた術布全てが崩壊していく不気味な感覚。
残された力を振り絞り地面に落ちた術布から感覚器官を向ける。
そこには童子切を静かに納刀しているカルの姿があった。
「いったい何、が……」
「お前の本質はその術布に込められているのだろう?
だからこそ見極め、斬った」
誰にでも出来る事を説明するように、振り返りざまカルは淡々と答えた。
「どういう……」
「稀代の名匠樫那が生み出せし童子切安綱は鬼神・魔神すら断ち斬る。
それはいうなれば現世に対する常世にすら届く神通りし力。
この世あらざる幽世の刃はアストラルそのものを斬る」
絶句するミアカ。
言っている意味は分かる。
しかしそれには千を超す術布の中から針の先程に刻まれた自らの魂を斬らねばならない。
「流石は達人、さね……
けど確かに捉えたはず……」
「お前が言葉とは裏腹に慎重なタイプなのは把握していた。
だからこその小細工だ」
肩を竦めたカルの姿が陽炎のように揺らめく。
驚く間もなく現れたカルはすでに闘技場から去ろうとしていた。
「それ、は……?」
「わたしが加護を得ているのは摩利支天。
陽炎が神格化した軍神だ。
その御力の一端をわたしは扱うことが出来る。
ならば後は簡単だ。
わたし自身を透明化し、わたしの姿を転写した陽炎を放てば陽動に引っ掛かってくれるだろう?
悟られぬよう重さも闘気も載せて」
「質量のある幻影……だというのかい?
この化け物、め……」
「お前達には負けるさ。
いつ時代も魔神皇を支えようとする狂ったその信仰には、な」
「アンタに……何が分かる言うんだい……
あたしは救われた……あの方に救われたんだ!」
「分かるさ。
わたしとて……
妻を――マリーシャを取り戻す為なら鬼にも悪魔にもなる」
「なるほど、ね……
既にアンタも外道に身を堕として……いたのかい……」
風化しあっという間に崩壊していく術布。
ミアカという存在を形成していたものの末路を後ろ目で確認しながらカルは苦渋を交え述懐するのだった。




