決闘<デュエル>5
「これはこれは……
面白くなってきたでござるな」
愛刀を脇に構え、いつでも抜刀できるよう間合いを測りながらソウジは微笑を浮かべ一人呟いた。
それは彼の目前にいる相手も同様の様だ。
端正な顔を歪ませ、いびつな笑みの形を作っている。
否、その表現は間違っているのだろう。
何故ならばソウジの前に立つ人物とは――
痩身痩躯、大小の刀を携えた少女のような顔立ちを持つ者。
誉れも高き侍名誉職<十二聖>であるソウジに拮抗するほど練られた技量を持つ者。
まるで鏡写しのようにソウジと寸分の狂いもない構えを行うその人物とは、他ならぬソウジその人であった。
事の始まりはつい5分程前まで遡る。
長い回廊を抜け、個別に設置された闘技場に入ったソウジを待ち受けていたのは、自分と同一の姿を持つ相手だった。
いにしえの大戦時、人に化身し疑心暗鬼を生じさせたと噂に聞いた虚ろなる幻魔<ドッペルゲンガー>かと警戒するソウジであったが、相手が一礼し構えた瞬間にその考えは捨て去った。
幻魔とは中位の位階に属する魔族である。
卓越した魔術を操り鋼のように頑健な体躯を持つが、所詮それだけ。
魔族固有の特殊能力にさえ気を付ければ、ソウジにとってそれほど脅威ではない。
だが目前の相手は違った。
ソウジほどの技量を持つ者ならば瞬時に理解するものなのだ。
相手が如何なる腕を持つかという事を。
指先に掛かる力。
足指に掛かる体重。
何よりも伏せた顔から放たれる剣気。
恐るべきことに、それはまったく自分と同様のレベルだったのだ。
湧きあがった動揺を冷静に抑え構えをとるソウジであったが、驚きと同時に喜びも感じていた。
十二聖となって以来久しい、生の実感。
一瞬の隙が命を刈り取る刹那の邂逅。
こんな充実したやり取りは久しぶりだったのだ。
稚気を交え牽制(目線による威嚇や体幹移動による誘い)を行うも相手に動く気配はない。
(――確かに拙者でも動かぬでござるからな)
そのブレのなさになおさら感心し、自己満足を覚えてしまうのが悲しい。
しかし……だからこそ気付けた事がある。
剣聖とまでに称えられた技量に苦も無く追随する冴え渡った業。
本来真似できぬ筈の固有闘気と剣気。
これらから導き出される相手の正体
すなわち相手は鏡像悪魔<ドッペルイクス>だ。
姿形だけを真似る幻魔とは位階が違う。
子供の御伽噺に出てくるような、夢と現実の境を超えた強大な悪魔。
それは多元時空から同一の存在を召喚し、対象者に『成り替わる』という。
いかなる呪物か儀式を以てしたかは不明だが、魔神皇はそんな存在を味方にしたらしい。
ここで恐ろしいのはこの悪魔は完全にソウジに成りすますつもりだということ。
自分を殺し、残されたアストラルより記憶を完全に模倣したならば、こいつはこれから剣聖ヒムラ・ソウジとしてこの世界に生きていくのだ。
それは自己の否定にも似た存在意義の危機。
常人ならば発狂しそうなプレッシャーであろう。
されどソウジは微笑む。
その内に言い難き歓喜を秘めて。
自分を超える。
言葉だけではない。
文字通り今の自分を乗り越えて勝利する。
どれだけの者がそんな機会に恵まれるというのか。
最高の好敵手に巡り合えた幸運にソウジは感謝した。
無論それは向かい合わせの悪魔も同様だ。
立ち昇り、高まりゆく闘気に反映されるオーラからも充分把握出来る。
だがこのままでは決め手がない。
何故ならば相手はまったくの同一存在。
経験・技量では勝負はつくまい。
であれば諸天契約はどうか?
音速戦闘を可能とする風天<ヴァーユ>との絆を開放。
驚くまでもなく相手も同様に風天印を開放してきた。
となれば残された道は唯一つ。
(ならば後は――
心逝くまで斬撃の嵐に身を委ねるのみ)
端正な面差しに宿る肉食獣の嗤い。
明鏡止水、天導縮地スキルの発動。
時間がゆっくりと流れていくこの独特の感覚。
この瞬間、ソウジは全てを忘れ、ただの修羅となる。
それは相手も同じ事。
互いに願うは切っ先をいかに相手に打ち込み屈服させるかという鋼の掟。
やがて轟音と旋風を巻き起こし、ソウジと悪魔は刃を交える。
触れ合う一合一合に、己の魂を煌めかせながら。
常人では観測すら許されない剣戟の極致へと至るのだった。
お待たせ致しました。
GWは更新をマメに行っていきたいと思います。




