尊く気高き在りし日を
見つめ合い、対峙する。
ただそれだけの行為。
だがそれだけの事がユナにとてつもない負荷を掛けていた。
魔神皇が何かしている訳ではない。
緊張に闘気を漲らせるユナと違い、自然体でそこにいる。
ただ、世界樹の恩寵により位階が向上しているユナだからこそ分かる。
自分同様、魔神皇は何かしらの力を以て位階を向上しているのだ。
今自分が感じてるのは巨神に応対した人が抱くような圧倒的な畏れ。
畏敬とも称される衝動だという事を。
敵対すべき相手だというのに平伏し、加護を願いたくなる。
人より位階が高く精神的な耐性がある自分ですらこれだ。
一般的な人ならば疑問すら抱かず魔神皇に屈してしまうに違いない。
(これが『本当の』魔神皇のカリスマですか……)
世界に破壊と混乱をもたらすミズガルズオルム。
その協力者というか、勢力に加担する者達が何故ああもいるのかは理解されていなかった。
この世界で上位に食い込む情報収集機関を有するアラクネでもそれは同様だ。
けどここに至りユナは理解した。
否、強制的に分からされた。
魔術やスキルではない。
人という矮小な存在が本質的に持つ畏れ。
魔神皇はそれに値する存在なのだ。
だからこそ無意識に、そして無償で仕えたくなる。
誘蛾灯のように魅入られて。
待ち受ける先が破滅だとしても。
昨夜の邂逅により環透という人と成りを理解した気でいた。
しかしそれはあまりにも浅はかな考えだったようだ。
この世界に転生し、自分も変わっていったように……
きっと環透も変わっていったのだ。
魔神皇という役割に相応しい演者に。
「女性の身支度には時間がかかるんですよ。
優しくエスコートしていただけませんか?」
「はは。
これは失礼をした。
先を急ぐ余裕のない男は嫌われるかな?」
「そうですね。
ゆとりある大人な対応を見せて頂かないと」
されどユナは折れない。
自分がここに来たのは、世界蛇の凶行を止める為。
さらには愛する母を取り戻す為。
ならばこんな事で屈する訳にはいかない。
軽口は自分を叱咤するための鼓舞。
言葉の処方箋。
想いを力にし、ユナは退魔虹箒を構える。
血気盛んなユナを落ち着いた目で見ながら、魔神皇は肩を竦める。
「まあ待ちたまえ、ユナ。
一つここは様子見といかないか?」
「様子見、ですって」
油断なく魔神皇の動向を視界に収めながらユナは問い返す。
いざ決闘というこの場において、いったい魔神皇は何を言っている?
「そうだこのまま君と戦ってもいいが……
君も他の者達の戦いが気になりはしないか?」
「それは、まあ」
「幸いなことにここ(決闘場大広間)に辿り着いた……
いや、辿り着いてしまった強い運命軸を持つ人物は君だけらしい。
なればこそ我は見届けたい」
「何を?」
「皆の行く末を。
それは君も同様だろう、ユナ?」
「確かにそうですが……
それが罠ではないという保証はありますか?」
「ある」
「ならどのように実証するのです?」
「このように」
魔神皇は指を鳴らす。
瞬間、地面に奔るのは強大な召喚陣。
(この構成は!?)
地面に描かれた構成を瞬く間に読み取るユナ。
典型的な領域侵犯型ではない。
これは番人設置型の自動誘発タイプ。
よくある迷宮のガーディアン召喚型あった。
だがその構成がおかしい。
ユナは魔術師ではない為、魔術文字を使いこなすほど把握してはいない。
しかし何をもたらすのか、どのような干渉を及ぼすのか。
その構成を読み解く事は可能だ。
そこに描かれている召喚陣の構成はどう見ても――
「ドラゴン!?」
悲鳴にも似た声を上げるユナ。
甲高い空間干渉の轟音をあげて召喚陣から解放されるのは、広大な大広間の半分を占め様かという巨大な存在。
翼こそ退化してないが、浅黒い鱗に覆われた暴力の化身とでもいうべきモノ。
それは地竜<アースドラゴン>と呼ばれる眷属であった。
強制的に召喚された怒りからか、魔神皇とユナを睥睨し咆哮を上げる。
その様子から魔神皇が召喚したものではないと推測できる。
(――くっ!
しかし、この闘衣では……)
対魔神皇戦闘の為に練ってきた抗醒闘衣。
それはあくまで対人を想定したもの。
対竜用に改めて闘衣を構成しなくてはならないのか。
それに今のレベル達したユナにとってもドラゴンという存在は強大だ。
無論、切り札を使えば対応は可能である。
しかしそれをしたならば貴重な行使回数を失う事となる。
(まさか魔神皇の狙いは符理解な編成統合!?
でも罠はないと実証するって――)
予想外の事態に混乱するユナ。
だが魔神皇は慌てふためくユナを他所に、マントをそっと跳ね除け指先を地竜へ向ける。
いったい何を――?
と、ユナが疑問に思う早く、
「――我導くは死を呼ぶ葬送」
呟かれる言葉。
ただ、それだけで。
強大な生命力と耐魔力に優れた竜族が倒れ伏し、キラキラと輝きながら量子崩壊していく。
「今、のは――」
「ああ、この決闘場大広間に巣食うフロアボスだ。
今まで罠とか番人とかは我が抑えてきたが……
ここの機能を使うには奴を倒す必要があったんでね」
ユナの言葉をどのように解釈したのか解説し始める魔神皇。
そうではない。
ユナはドラゴンが召喚された所以を尋ねたのではなかった。
今しがた起きた一連の対処について言葉が出たのだ。
魔術でもスキルでもない、まったくの未知。
顕識圏で把握どころか認識すら出来ない致死的な技法。
(私は……
果たして、勝てるのでしょうか……
この、魔神皇という異形の存在に)
圧倒的な力の格差。
いや、力の本質が違う。
半ば呆然とするユナを他所に魔神皇は壁際に現れた装置を操作し始める。
ボスを倒すと出現し、操作可能になる魔導装置らしい。
やがて空間に浮び上がるのは11個の立体映像。
そこに映し出されているのは間違いなく――
「みんな!?」
「そう、戦いに赴いている者達だ。
今この決闘場同士を結ぶ装置を用いて魔導映像として映し出した。
昔はこうやって安全な場所から他者が殺しあう様を観戦していたらしい。
悪趣味な事だ。
無論、彼らはその対価を身をもって払ったが。
まあそれは我達も一緒か。
ちょうど決闘者各々が出会い、戦い合う頃合いだ。
我達が刃を交えるのは……
皆の決闘が終着してからでも問題はあるまい?」
食い入るように映像を見上げるユナ。
そんなユナをどこか悲しそうに、しかし慈しみに満ちた視線で見つめながら魔神は告げるのだった。
お待たせしました、更新です。
お陰様で150万PV達成です。
更新速度が落ちますが、もう少しお付き合い下さい。




