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徒然なるままに~XXX・シルバーフォックスの場合~

 深夜。

 衛視、流通関係者、ロジスティックに関わる者。

 さらにそういった者達を相手にする夜を主体とする商売人等。

 本来ならば王都は夜でも活気に満ち眠る事が無い。

 だが今はまるで通夜の席のように静寂に満ちている。

 そんな人通りが絶え、静まり返った街をユナは歩む。

 魔導照明に照らし出される王都の街並みは、生活感はあるもまるで上手に描かれた絵画か写真のごとく生命力というものに欠けている。

 世界蛇ミズガルズオルムの施した血の魔方陣。

 その効果は絶大である。

 何故ならそれは大陸に住む全ての存在を対象にした強制的な魂の徴収に近いからだ。

 分かりやすく世界を舞台に例えるなら、演出レベルが足りない端役モブはことごとく昏倒させられる。

 具体的には冒険者ランクBに満たない存在。

 即ちランクC以下は強制退場という恐ろしいものだ。

 中にはルシウスのように強大な潜在能力を持つも開花し切れなかったばかりに結界に囚われてしまった者もいる。

 軍部に至っては深刻で、正規軍に組み込まれる者(治安維持者も含む)の内、動ける者は500人に満たない。

 一般的に新兵を冒険者に例えるならEクラス。

 正規兵でDクラス。

 熟練兵でCクラスという。

 冒険者にとってもBクラスというのは乗り越えるべき壁で有る様に、

 軍部でBクラス以上となれば、それはもう特戦科と呼ばれる様な特殊に訓練された兵士達を対象としたものだけになる。

 ユリウス指揮の下に動いてはいるが個人の力では限界がある。

 兵と云う物はある程度数がまとまってこそ意義と用途が生まれるからだ。

 何故なら兵に必要なのは突出した力ではない。

 作戦行動をきちんとこなす合理的で徹底した団体行動性能が必要とされる。

 軍という名の群。

 王都の軍は列強である。

 よく指示を汲み、迅速な対応もこなす、

 しかしそういった半面、個で秀でた者は数少ない。

 上記の通り軍が欲しいのは規格内に収まる平均より少し優れた程度の戦闘従事者だからだ。

 だからこそ集団による支援が難しい妖魔の討伐等には冒険者組合が狩り出されるのである。

 新兵のシゴキとして大規模なゴブリン討伐などが時折組み込まれる事があるが。

 よって今は軍として機能していないのが現状だ。

 辺境の見回りや街路などメインストリートの巡回が限界である。

 目立つところで倒れていた者達は蜘蛛アラクネ指導の下、冒険者達等によって屋内に運び込まれていた。

 野晒しになっている者は数は多くないもいる。

 だがどっちにしろ明日の決闘に打ち勝たなくては皆滅びる定め。

 そこまで回収作業に必死になっている訳ではない。

 よって今は廃墟のように閑静な街並みと化している。

 しかしユナは何をしているだろうか。

 ユナは12人しかいない決闘者の一人である。

 体調を万全にする為にも本来ならば明日に備え休まなければならない時間だ。

 ただ街路を歩くユナには予感があった。

 今の時間であれば会えるのではないかという。

 再会してしまうのではないかという。

 そしてその予感は的中した。

 目当ての人物は街の中心部、以前会った噴水の淵に腰掛け空を見上げていた。

 無防備で儚げなその姿。

 気弱そうでもどこか一生懸命な一途さを感じる眼鏡を掛けたインバネスの青年。

 ユナは幾分かの躊躇いの後、意を決して話し掛ける。

 瞑想するように考え込んでいた青年は驚いた様にユナへ振り返る。


「こんばんは」

「……え?

 ああ、君はこないだの……」

「はい、ユナです。

 お久しぶりですね、トールさん」

「ああ、そうだね」

「こんな時間に何を?」

「人がいなくなったこの街並みを見ていた。

 人がいないだけで世界はこんなにも静けさに満ちているんだな~と。

 まさかこんな時に君に再会できるとは思わなかったよ」

「ええ、本当に。

 大変な事態となってますしね」

「皆がバタバタと倒れた時は何事かと思ったけどね」

「トールさんは……無事だったのですね」

「まあ何とかね。

 これも何かの御利益かな?」

「普段の行いが良いからかもしれません」

「そっか……確かにそうかも」

「例の世界蛇によるテロ、

 王都の悪夢事件の際も大丈夫だったのですか?」

「ああ、僕は大丈夫。

 親しい者が何人か大怪我をしたけど」

「それは幸いでしたね。

 私は親しい者を幾人も亡くしました。

 皆掛け替えのない大事な人達でしたのに」

「そっか……それは御悔やみ申し上げる」

「いいえ。

 皆、覚悟はしてましたから」

「覚悟?」

「はい。

 自らが信じた理想に殉じる覚悟。

 私が……私達が属する組織は、

 力無き者達を救うべく結成された相互扶助を主体とするものです。

 だから理不尽に対して毅然と向かい合い戦える」

「死が全てを奪っても?」

「はい。

 志半ばで、たとえ道が潰えようとも」

「……強いんだね、君達は。

 愚かしいまでの純粋さには尊さすら感じるよ。

 僕は……僕の属する組織はそうは考えれなかった。

 人はどこまでも儚く哀しい。

 救うに値する価値はあるのにね。

 何よりこの世界は弱者に厳しく、美しくない。

 根本的な改革が必要だ、と」

「だからこそなのですか」

「そうだね……だからこそ、の手段なのだろう」

「貴方なら止めれたのではないですか?」

「ああ。多分……止めれた。

 そう、15年前の僕なら。

 けど……今は止めれない。

 いや、止める気がない」

「それが浅はかな考えだとしても、ですか?」

「事の正否は大事じゃないんだ、ユナ。

 走り出した歯車はもう止められない。

 ならば僕は世界の行く末を見届けるのみ」

「もう……届かないのですね?」

「そうだね。哀しいことに」

「ならば理想の行き尽く果て、

 エピローグというデットエンドを覗きに行くしかありません」

「それは覚悟してる。

 ただ……僕はただの登場人物で終わるつもりはない。

 世界を縛る規制ルール

 その改正というのが最終的な目的でもあるしね」

「残念です、環透さん。

 その名の通りどこまでも透明で円環を為す名であれば良かったのに」

「……何故、僕の名を?」

「ヒントは散りばめられてましたもの。

 貴方の名乗った名前。

 さらにはその声。

 編成スキルによる変声を行えば良かったのにそのままですし。

 貴方は気付いてほしかったのではないのですか?

 生前を忘れ得ぬ一人の日本人として」

「そうだね。

 確かに……そうだったのかもしれない。

 君もそうなのだろう、ユナ?」

「ええ。

 私の名は悠奈。裏賀田悠奈。

 ユナティア・ノルンとしてでなく、同郷の悠奈として貴方トールスフィアを……

 魔神皇たる貴方たまきとおるを止めます」

「ふっふっふ……

 は~はっはっは!

 流石だね、ユナ。

 いや……悠奈、か。

 ここまで僕という存在に肉薄した存在はいなかったよ。

 ならば止めてみたまえ、君の全存在を以って。

 僕は……

 いや、我は逃げもせず真っ向から立ち向かってやろう」

「はい。

 では明朝に」

「ああ、待っているぞ」


 トールの手に突如現れた仮面。

 口元以外全てを覆い隠すそれを被るとトールは魔神皇へと変貌する。

 途端、大気を揺るがす程に放たれる濃密で圧倒的なオーラ。

 魔力・闘気などを融合したそれは最早畏怖すべき覇気とでもいうべきもの。

 物理的な圧力すら伴うそれ。

 常人なら無条件に平伏しそうなその覇気をユナは涼しい顔で受け流す。

 魔神皇はその事に満足した様に頷くとインバネスを翻し虚空へと消える。

 本拠地ホームへと転移したのだ。

 その流れを見届けるとユナは後方へ呟く。


「見ましたか、銀狐」

「はっ。

 確かに」

「あれが明日、私達が矛を交える者達の首魁です。

 あの挙動の数々、しかとその眼に焼き付けなさい」

「御意に。

 ただ……愚考ですが具申させて頂ければ」

「何です?」

「お逃げください、盟主様。

 あの者は最早人外を越え理を逸脱する存在。

 勇者のような存在とは違います。

 あれはもう意志ある災厄という概念です」

「そんな事は理解してます。

 ただ逃げてどうなるのです?

 ここで私達が立ち向かわなければ比喩抜きに世界は終わる。

 懸命に抗わなければ奇跡は起きないのです」

「……心得ました。

 もとよりこの身は貴女に救われた命。

 ならばどこまでも御伴致します」

「結構。

 その忠誠、大義です。

 ただ間違ってはいけません」

「?」

「私達は生を……未来を勝ち取りに行くのです。

 決して死にに行くのではない。

 そこを間違えてはなりませんよ。

 儚く弱い人々の力……

 勝手に全てを見限った奴に、とことん見せつけてやりましょう」

「御意」


 頭を下げる銀狐。

 満天の星空に浮かぶ夜空の帳に輝く月の下。

 敬意に満ちたその意を一身に受けながらも、

 ユナは心通じた大切な者が傍にいない心細さを感じていた。

 



 お待たせしました、更新です。

 少し長いので分割しようかと思いましたが一息に読んで頂きたいと思い、

 脱字訂正・加筆の上、一括しました。

 次回からはいよいよ最終決戦になります。

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