徒然なるままに~ネムレスの場合~
「えっと……こんばんは?」
「ユナ、か。
何故疑問形なんだ?」
「む~いいじゃないですか。
少し緊張してるだけなんです。
ネムレスこそ、こんな城壁の上で何をしているんです?」
「見ての通りだ。
王都を……見ていたよ」
「王都を?」
「ああ。
前にも言ったが、ここへは以前にも訪れた事があった。
その時に比べ随分変わってしまったと思ってな」
「ネムレス……」
「琺輪の守護者と成り果てた事を嘆いた事は無いが……
親しくした者。
思い出深い景色。
変容しないこの身とは違い、移りゆくモノ。
時は誰にでもどんなものにも平等に流れる。
しかしそれ故に残酷だな」
「後悔……しているのですか?」
「ん?」
「守護者になった事を」
「後悔はない。
だが――やはり思う所はあるな。
どこかの誰かの笑顔の為。
大切な存在を守る為。
俺は守護者となった。
概ねその願いは聞き入れられている。
ブラックな職場だが、待遇はいいのでね。
ただ……
自らが守り通したモノを過去形でしか確認出来ないのが少し残念ではある」
「以前の王都での騒動とか?」
「そうだな。
あの時少年だったユリウスが成人し、子供がいるんだからな。
時の流れには本当に驚かされる。
そして気付かされる」
「何に、ですか?」
「世界の異分子たる自分に」
「ネムレス……」
「所詮俺は仮初めの客人なのだろう。
琺輪の意志とはいえ……
世界秩序の維持代行者たる守護者として俺が対処してきたモノ。
きっとそれらと俺は、同じコインの表と裏の様な関係なのかもしれん。
決して世界に打ち解けるの事のない存在……」
「そんな……
そんな哀しい事を言わないで下さい!」
「ユナ?」
「そんな事を言われたら……
貴方に救われた人達はどうなるのですか?
絶望的な運命に毅然と立ち向かう貴方。
その姿に、いったいどれだけ皆が救われてきたか。
辺境を流離う名も無き勇者。
百年前の大戦で曽祖父アルティアと共に戦ってくれたのも貴方なんですよね。
知れば知る程、私は無償で献身的に尽くす貴方の姿に憧れました」
「――古い話だ。
それに……俺にとってはただの仕事だ」
「ううん。違います。
だって私は知ってます」
「……何をだ?」
「決して歪まない貴方の信念。
ネムレスの根底を支える理念がそこにあった事を。
貴方の起源は『正義』。
英雄として、恥ずかしいくらいに正義の味方であろうとする。
私はそんな貴方に惹かれました」
「ユナ……」
「もうどうしようもないくらい押さえられないんです。
我慢しようと思いました。
迷惑を掛けたくないと思いました。
けど!
このまま、何もないまま!
私の気持ちを知らないまま別れる事になるのは……
絶対に絶対に嫌だって気付いちゃったんです。
こんな気持ちは初めてなんです。
だから言わせて下さい。
……好きです、ネムレス。
皮肉屋で。
意地悪で。
でも困ってる人を見捨てられない。
不器用で一生懸命な貴方。
私はそんな貴方の事を掛け替えないくらい愛しく想っています」
「……気持ちは嬉しい、ユナ。
俺も確かに君に惹かれている一面があるのは確かだ。
だが――すまない。
俺では……君を幸せには出来ない」
「そんな事は言われなくても分かってます!
一緒にいてほしいという願いが、届かない事も。
でも我慢なんてしきれません!
こんなに私の心を掻き乱して……
私をメチャメチャにして……
ネムレスはズルイです!
いつのまにか胸の奥に住み着いて離れない……
今もこうしてるだけで苦しいんです。
私が私じゃないんです。
じゃあ私はどうすればいいのですか!?」
「君と寄り添う事すら叶わぬ身だ。
だから――
可能ならば忘れて欲しい」
「出来る訳ないじゃないですか!」
「すまない」
「謝らないで下さい!
自分でも何を言ってるんだか分からないんです!
もう私は!
――って、あっ」
「ユナ」
「あの、そのネムレス……
急に抱き締められると、その私も……」
「ならば――待っててくれるか?」
「え?」
「いつの日かは約束出来ない。
しかし君の下へ必ず戻る。
曖昧で優柔不断な俺の、それだけは確かな約束だ」
「信じて……いいの?」
「ああ」
「なら――証を下さい」
「証?」
「ネムレスの……
貴方との結びを印す契約の証」
「――?
その、どうすればいい?」
「――もう!
朴念仁はこれだから!
まあそこがいいというのだから私も相当アレですけど(溜息)」
「すまん」
「~~いいんです。
そこがネムレスの良い所なんですから。
じゃあ……そんなネムレスに、はい。
スペシャルサービスです」
「――ふむ。大人びてリードを装いながらも、
そんなに赤面しながら眼を瞑られては対処に困るな」
「意地悪しないで下さい」
「ああ、俺は確かに意地が悪い。
ついつい皮肉も交えてしまうし、本心を隠す。
けどそれはお前だけだ、ユナ。
だから……君の気持ちに、何より自分の本心にしかと応じよう」
「あっ……」
ぎこちなく重なり合う影と影。
冬の訪れを告げる木枯らし。
静かで無慈悲な月明かりの下。
ユナとネムレス。
不器用な二人は束の間の逢瀬にその身を任せるのだった。




