それはまるで裏切者みたいです
「威勢が良い事だ」
宙に浮かぶ魔神皇の幻像。
実態がないその幻に対し、今にも掴みかかろうとせんばかりの勢いに魔神皇は苦笑を浮かべます。
「君達ならば少しは我等の理想に共感してもらえると思うのだが……
弱者の救済、恒久的な平和の実現は君達も望むところだろう?」
「その理想とやらの為にどれだけのものを犠牲にするつもりだよ」
「同感だ。
現状を打破する為に足掻くのは人の理。
だがその為に蔑ろにされていいものなどはない」
「こうしている間に苦しむものがいたとしても?」
「全てを救い切れる訳ねえだろうが、常識的に考えて。
そんな簡単な事、年端もいかない子供でも理解してるぞ」
「崇高な御題目事は結構。
自分は盟主様の導きにより最良の答えを得た。
目の前に苦しむ人々に対し、少しずつでも手を伸ばす。
救われた者はまた悩める次の者へ手を伸ばしていく。
こうして紡がれる円環の絆こそがこの世界には必要なのだ、と」
「それこそ理想論だろうに。
人は他者を救えるほど強くはない。
むしろ保身的で自己の欲求と欲望を満たす為にどこまでも我欲的だ。
君達蜘蛛が掲げるのは世界を知らぬ子供の論理だ」
「世界救済を謳う世界蛇の総帥たる貴公がそれを言うのか?」
「他ならぬ我だからこそ言える。
何故なら我は、この身をもって理解してきたからだ」
「それが10余年前の叛乱騒動だと?」
「そうだ。
気高き理想を口ずさみ王国に反旗を翻した。
その結果は堕ちた天使の様に惨めで憐れなものだったよ。
同志であった仲間は投獄され……
そのほとんどが意見陳述もなく裁判を経ずして殺された。
我自身も封印刑に処された」
「それは……貴公の遣り方に問題があったからだろう?」
「違うな。
辺境で苦しむ者達。
日々苛める多くの賛同者を得ていた我等に綻びは無かった。
唯一つの問題は――裏切り者の存在だった」
「裏切り者……」
「叛乱を最終局面たる決戦前夜、我等はそこの元勇者達の強襲を受け壊滅した。
念入りに遅効性の麻痺毒を摂取された後に。
その犯人は誰だったと思う?」
「……まさか」
「――ああ。
我が、我等が一命を以って救おうとした筈の者達によってだ。
その時に我等の給仕を頼んでいたのは、領主の課した度し難い圧政の苦しみから解放した筈の村人だった。
だが――彼等は裏切った。
恨みつらみ、怨恨ならば分かる。
ただ彼等は――
一人あたり銀貨13枚という金銭に対する欲望に負けた。
我等が守りたかった者はたかがそんなものにすら値しないのか、と。
絶望に打ちのめされた気分だったよ」
「貴公は……それでも」
「手前の可哀想語りはどうでもいい。
誰だって事情があるし、色んな価値観がある。
世界を救いたきゃ勝手にやればいい。
やり方が気に喰わなきゃ誰かが殴りかかってくるだろうさ。
一番の問題は俺達の参戦を認めるのか、認めないのか。
どっちなんだ?」
共感し掛けた銀狐を断ち切る様なミスティ兄様の誰何。
毅然としたその物言いを眩しそうに眺めながら魔神皇は頷きます。
「認めよう。
君達も決闘に参加にしてもかまわない」
「言ったな、魔神皇。
後悔するなよ?」
「フッ。
我に二言はない。
その言葉が強がりにならぬよう、全力で後悔させてくれたまえ。
それでは明朝にお会いするとしよう、諸君。
この世界の命運を賭けて、な。
では――行くぞ、バレディヤ。
これ以上余計な事をするな」
「――申し訳ございません、我が主よ。
しかしこれも全ては主の事を思っての事。
いかな罰をも受ける所存でございます」
「我の為に動いたお前に感謝はあれども罰等は必要あるまい。
ただ汝の弁解は面白いので後で訊くとしよう。
でもまあ――お蔭で退屈しないですみそうだけどね」
深々と頭を下げるバレディヤに気さくな口調で応じる魔神皇。
王城の結界を易々と突破しいずこかに転移する彼等を静観しながら、私はある確証を抱くのでした。




