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それはまるで忌避者みたいです

「既存概念の書き換え……」

「人間社会の崩壊、だと……?」


 あまりにセンセーショナルな父様の報告。

 この場に集ったのは戦闘行為を含む政務や対外交渉を苦も無くこなす歴戦の勇士達であるというのに、その内容に理解が追い付かないのです。

 私だって何の予備知識も無しにこんな事を告げられたら、まず報告者の正気を疑います。

 しかし事前にユリウス様から内容を聞いていたのか、父様の報告を聞いても顔色一つ変えず泰然としているルシウスとガンズ様。

 更に冒険者時代に父様が培ってきた信頼がその報告が虚偽ではないという事を信じさせます。

 ざわめきと互いの意見を交換し合う円卓メンバー。

 押さえきれない不安と焦燥に駆られてるのか、議長であるルシウスの抑止も虚しく騒々しい感じです。

 そんな中、起立したままの父様にイズナさんが話し掛けます。


「ふ~ん。なかなか大変な事になってるね。

 それで……情報源<ソース>はどこなんだい、カル?」

「オモイカネ様だ。

 直接ホウライに赴きアクセスしてきた」

「あ~なるほどね。

 彼の言う事なら間違いないな。

 え~と、ちょっといいですか?」


 父様に問い掛けたイズナさんがその返答に肩を竦め、円卓にいる皆さんへ挙手します。

 途端、静寂に包まれる瑠璃宮。

 S級冒険者として培ってきた父様の信頼もさながら、先代勇者としてイズナさんが築き上げてきた実績が敬意を持たせるのでしょうか?

 いえ、違いますね。

 ガンズ様やルナさん達を除く円卓メンバーの瞳の奥にあるのは畏れ。

 もはや人としての枠を越えてしまったイズナさんに対する畏怖や忌避感です。

 この様子ですと、どうやらイズナさんが勇者の任を解かれた際の噂は本当だったみたいです。

 称号<クラスチェンジ>によるものではなく生来の勇者であったイズナさん。

 あまりに強大過ぎるその力を厭われ前皇によって半ば幽閉されるように僻地へ追いやられた、と。

 イズナさん自身はその事を恨みに思ってないのでしょうか?

 幼少の頃より育て親から徹底的に武術を叩き込まれ、

 魔術協会に箔付けの特待生として半ば強引に拾われ、

 勇者として期待と重責を背負わされた日々。

 私ならば少しどころでなく僻んでしまいそうです。

 けど今のイズナさんから漂うのはまったくの無。

 陰陽の区別なく、まるで菩提樹の下で悟りを開いた聖者みたいな。

 ソウジの様に穏やかで朗らかそうに見えるのに……

 何か全てに対し隔絶されているようです。

 これが超越者としての壁なのか本人の気質なのかは正直分かりません。

 ただ会話を交わせるのに本質的に理解出来ない。

 誰とも触れ合えないような在り方。

 ただそれが少し哀しく思えました。

 そんな私の内心を知らずイズナさんは淡々と話し始めます。

  

「残念ですが皆さん、カルの言う事はホラ話じゃないみたいですよ。

 先代勇者の名の下に、自分が保証しましょう。

 カルの言うオモイカネは情報系に位置する亜神です。

 前知・予知系ほど未来察知に万能ではありません。

 ですが並べられた証拠から推察するのは得意な神ですから。

 その彼が破滅すると言った以上、間違いなく破滅しますね」


 お皿を割ってしまいました、と告解するくらいの気安さ。

 だが告げられたその重みに会場が再び揺れます。


「なん……だと」

「早急に対処しなくては!」

「しかしどのように!?」

「それを今から話し合うのだろうが!!」

「軍隊を派遣すれば……」

「正規軍を動かすには莫大な予算と時間が掛かる!」

「だからといって動かぬ訳にはいくまい」

「しかし……」


 喧々囂々。

 他国からの使者である<十二聖>もいると云うのに、てんでバラバラ。

 さすがに見兼ねたルシウスが抑止しようとした瞬間、


「やれやれ。

 世界の破滅が差し迫ったこの後に及んでもこの混乱ぶり。

 呆れて物が言えませんな。

 せめて懸命に足掻いてはいかがですかな?

 愚者は愚者なりに」


 陰鬱と瑠璃宮に響く声。

 その声色が誰かと察知するよりも早く勝手に総毛だった身体。

 私は震えそうになる衝動を無理やり抑え込み、戦慄と共に天井を見上げます。

 長帽子にロマンスグレーに染まった銀髪。

 片眼鏡モノクルに仕立ての良い燕尾服。

 その手に持つのは年季の入ったステッキ。

 キチンと手入れをされ、口元に携えられた純白の髭。

 人の良さそうな好々爺たる笑み。

 誰もソレに対し危機感を抱かないでしょう。

 ソレが天上に足を着き、逆さまにこちらを『見上げ』ている状況でなければ。


「何者だ!」

「どうやってここに!?」

「衛視は!? 魔導結界はどうなってる!」


 突然の侵入者に対し慌てふためく重鎮。

 中には咄嗟に未曾有の危機を察知し、ルシウスを放射状に囲むガンズ様やイズナさん、ルナさん達もいます。

 父様やソウジ、カエデさんは刀の柄に手を掛け既に臨戦態勢です。

 援護射撃とはいえ直接対峙した兄様やその話を聞いているネムレスは完全に戦闘準備に入っています。

 何故ならおぞましきソレの正体とは――


「お初にお目に掛かる方もいらっしゃいますな。

 それでは改めて名乗らせて頂こう。

 吾輩の名はバレディヤ・パルン・ユズフォート男爵。

 巷では深淵の呪教授や<冥想>等と呼ばれておるみたいですな。

 以後、お見知り置きを」


 仰々しいまでに慇懃無礼な一礼をするバレディヤ。

 長帽子を取った為、重力に引かれ香料を塗った前髪が彼にとっての上に上がるのを少し残念そうに直してます。

 そんな滑稽な仕草とは別に皆の緊張は最高潮に達してます。

 無理もありません。

 だってそいつは魔神皇配下、六魔将の一人。

 聖霊皇の加護を受ける<聖霊使い>ミスティ兄様と互角に渡り合う……まさに人外の化け物なのですから。


 加筆・訂正です。

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