礼節、らしいです
「何者……ですか」
「何者ですか? だって!
くふふふ★
うん。可愛いねえ~その眼差し」
シャス兄様が警戒も露わに尋ねます。
誰何するその間も私を背後に庇いつつ弓をスタンバイさせてます。
鋭い矢が狙う先はローブを纏った青年の心臓。
一方青年は何がおかしいのかゲラゲラと笑い続けます。
そこに意志の疎通はありません。
ただ世界への断絶があります。
まともに交渉できないと判断したのか、
ミスティ兄様もかぶりを振って前を見据えます。
「気をつけろよ、シャスにユナ。
こいつ……多分、闇魔術師だ」
「え!?」
「それって、大戦の!?」
父様から御伽話のように聞かされた話です。
百年前の大戦時、突如復活した魔族が得意とする闇魔術。
二次元と闇を媒介とする、強大な術法。
……その中でも恐れられたのが魔族の女王です。
自在に闇を駆使するその力を前に、数多の勇者が倒れ伏したとのこと。
これが本当ならば話半分に聞いたとしても恐るべきことです。
「その中でもおそらく影を使う事に特化してる奴だ。
精神を削られるぞ」
聖霊使いとして同じく影を使うことが出来る為か、
ミスティ兄様は大よそを推察し、忠告します。
影や闇の恐ろしい所は外傷もさながら心に爪痕を残す事です。
治癒呪文で癒せない傷は心を蝕み、最悪廃人になります。
「へえ~よく分かるね、君」
「耐魔に優れた幻獣を瞬時に昏倒させたんだ。
しかも外傷もなく、な。
ならばよほど強力な拘束・麻痺系の術か、あるいは精神……
アストラルサイドから干渉する術だと推測できるさ」
「ふ~ん。詳しいね、子供なのに」
「実戦に年齢は関係ないだろ?」
「ごもっとも。
じゃあ君達は覚悟してるって事でいいんだよね?
その可憐な命を無惨に摘み取られる、ってことに」
「くっ!」
青年の影から伸び出る歪で巨大な影の腕。
苦悶し、何かを求める様に指を開閉させてます。
無詠唱でこれほどの術を操る……
最悪なことに余程の術師らしいです。
私達の命を奪う事を、何とも思ってない事も含め。
「ボクの名はパンドゥール。
偉大なる魔神皇様に仕える6魔将の一人『恐影のパンドゥール』。
以後、お見知り置きを♪」
青年……パンドゥールはおどけた様に肩を竦めると、
慇懃無礼な礼をします。
何かに仕えるとか名乗ってますが、そんなのはどうでもいいです。
私達も相手が名乗りを上げた以上、戦う者としての礼節を守ります。
「ノルン家が長男、ミスティ・ノルン」
「同じく次男、シャスティア・ノルン」
「同じく長女、ユナティア・ノルン」
「「「推して参る(ります)!!」」
「あは★ 可愛い♪
いい返事だ……それにノルン家の血脈なんだ。
これは生かして返せないな~」
私達に嬉々として語るパンドゥール。
うねりを上げる強大な魔力。
矢継ぎ早に展開されてゆく術式。
圧倒的な戦力差。
恐怖に涙が浮かびそうになるのを堪えます。
兄様達の手にも力が籠るのが見えます。
絶望的状況下、魔戦の火蓋が切られようとしてました。




