それはまるで苦労人みたいです
位階が上昇した事により身体能力も向上しているとはいえ、雪山に登るのは初めての経験です。
体力には自信のある方でしたが、この足場の悪さにホント参ります。
踏ん張りが利くなら幾らでも頑張りようがあるのですが、冬の始まりである今の時期の雪はパウダースノー。
ゲレンデなら「綺麗~」で済むでしょうが、雪中行軍の今の私達には邪魔でしかありません。
風が吹くたび視界を遮られますし、足を踏み外すたびに足場ごと崩れ落ちそうになります。
登山初心者である私達が辛うじてハイペースを維持出来ているのはカエデさんのお陰です。
十二聖<氷雨>の異名を持つムツキ・カエデの流儀は氷。
空気中に漂う水分子へ干渉し氷の杭を投擲したり(異名通り氷の雨ともいわれるそうです)、地面に触れている相手の足場を凍結する事が可能らしいです。。
対象者をまるごと氷結するような魔術的効果は望めません。
ですが実力が僅差の相手に対し牽制の小技をノーリスクで繰り出せるのは大きいみたいですね。
今もその力の応用で雪面へ干渉。
油断すると滑落していきそうになる斜面をなだらかに氷結してくれてます。
これにアイゼンと呼ばれる鉤爪のついた靴を引っ掛けて登る訳です。
履き慣れない靴に滑りやすい地面。
大変ですがカエデさんが作ってくれたルートを必死に追います。
更にいえば脱落者が一人も出ないのはソウジやネムレスのお陰でもあります。
風の流儀を持つソウジがパーティ全体を包む障壁を展開。
お陰で雪山特有の吹き降ろす暴風から身を守られているからです。
回復力や基礎能力は高いものの基礎的な体力面で不安な私とシャス兄様。
ですが汎用魔術に秀でたネムレスが賦活呪文を頻繁に使ってくれたので何とか付いて行けます。
でも一番恐ろしいのはやはり寒さでした。
常時マイナスを計測するような山の温度。
突風の効果も合わせると体感温度はマイナス30℃を超えるでしょう。
冗談でなく衣服や髪の毛が凍るような寒さです。
バナナで釘が打てるという例のアレです。
カエデさん一族秘伝の薬が無ければ<紅帝の竜骸>の恩寵を受けた私や妖魔王であるタマモ以外は到底山頂までは持たなかったでしょう。
けどその効果は凄まじく、今は常夏気分で衣服が汗ばむくらい(気温30℃の体感温度になります)。
さすがはアベコ○クリームですね(ゲコ)。
「見えてきた。
あそこが目指す祠だよ」
山頂を目指し5時間。
遠くに見える太陽が山間に暮れてゆき、茜色の斜光が消えるまさに寸前、ギリギリですが目的地に到着しました。
そこは霊峰ホウライの頂き間近に設けられた神社。
古びた鳥居が幾重に連なった先にあるのは注連縄で封印された洞窟です。
カエデさんは皆が無事に到達出来た事に肩の荷が下りた様でした。
無理もありません。
休憩らしい休憩の無い強行軍に雪山初心者ばかりだったのですから。
目に見えて緊張が解れていくのが分かります。
それにここが霊的で神聖な場所なのは確かなようです。
この神社の敷地に入った瞬間、何かに守られてるという印象を受けました。
あの吹き荒ぶ暴風もそよ風の様に穏やかです。
間違いなくここは聖域なのですね。
「いにしえの神代の時代、ここは神との交信にも使われた祠。
イズモの精神的な支柱でもある。
カルは何かを得る為にこの奥に入って行ったみたいだね」
「という事は、この中に父様達が?」
「いるという確証はできない。
けどここ以外では考えられないからね。
まあ幸いな事に道中真言で探ってみたけど、この雪山のどこかに埋もれている訳じゃなそうだ。
それだけが心配だったけど杞憂に終わってよかったよ」
憎まれ口を叩きながらも、どこか嬉しそうに話すカエデさん。
懸念事項の一つとして雪崩に巻き込まれた可能性もあったので心から安堵してるようです。
「じゃあ短くて悪いけど小休憩にしよう。
それで落ち着いたらさっそく中を探索するとしようかね」
「さんせ~い♪」
「了解です」
「はい」
タマモを含む私とシャス兄様が喜んで賛同してる間もネムレスとソウジは淡々と設営準備をしてます。洞窟間近に簡易テントを張り風除けとし、固形燃料で火を燈しスープを温める。
澱みない手慣れたその動きが何というかオトナ、って感じがします。
「ほら、ユナ」
「ありがとうございます」
カップに満たされたスープを受け取りネムレスに礼を述べます。
はあ……あたたかい。
秘薬の効果で体感的な温度は誤魔化せてますけど、やっぱり温かいモノを飲むと違いますね。
こう身体の芯からHOTになるというかホっとするというか。
それに美味しいというのも重要です。
大した具材がないのにこんな味を醸し出せるネムレス。
これも守護者としての研鑽の賜物なのでしょうか?
……いえ、違いますね。
確か前に似たような事を尋ねた時、ただ一人暮らしが長かったから美味い物を喰うには工夫を凝らさなくてはならなかったとか言ってましたっけ。
仏頂面で淡々語り肩を竦めていたその時の事を思い出し、おかしくなります。
シャス兄様達にスープを渡すその逞しい背をこっそり見ながら、私は一人微笑を浮かべるのでした。
お待たせしました。
更新です^^




