それはまるで軟弱者みたいです
ソウジに連れられ向かったのは館の地下。
厳重に閉ざされ警備兵に守られた場所。
簡単な質疑応答の後、<十二聖>故の顔パスで通過。
重々しい扉が開かれます。
目前に広がるのは水晶で構成された広大な空間。
床下には朱色で描かれた曼荼羅っぽい魔方陣が設置されてます。
中には既に全員揃っていて、部下を引き連れたムネイチ様から何やらレクチャーを受けている様です。
真剣に聞き入るメンバーの中には当然ネムレスもいる訳で……
私は何故か顔が上気していくのを止められません。
「ん?
どうしたのでござる?」
「何でもありません!」
デリカシーのないソウジの問い掛けについムキになって大声で応じます。
その声が聞こえたのか、一同の注意がこちらに向かいます。
私は慌てて頭を下げると共に、朝の挨拶を行います。
「おはようございます、ムネイチ様」
「うむ。おはよう、ユナ。
昨夜はゆっくりと休めたか?」
「ええ、お陰様でぐっすりと。
やっぱり地面の上で寝るのは船上とは違いますね。
私の為に寝室を用意して頂き、本当に感謝致します」
「それは重畳。
縁故ある者を持て成さねば近藤家の名折れ。
ましてカルの身内となればなおのことよ」
武骨な武人顔を綻ばせ笑うムネイチ様。
獲物を前にした獰猛な肉食獣の様で、ちょっと怖いです。
「おはよう、ユナ」
「おはようございます、兄様」
ほんのり兄様から漂う王子様オーラ。
昨夜の狂乱の宴の残滓は微塵も感じれません。
「っはよ~おねーちゃん」
「はい、おはよータマモ……
って!
くさっ! 酒臭いですよ、タマモ!!」
無邪気に抱き付いてきたタマモ。
優しく抱き締め返した瞬間、濃厚に漂う酒臭。
かつて嗅いだ事のある(黒歴史です)レベルを遥かに超えてます!
「あ~
ついさっきまで呑んでたから、かな?」
「それってどのくらい?」
「朝になるまで?」
「完徹じゃないですか!」
ちなみに今は早朝です。
時間にすれば6時前くらい。
「タマモ殿の呑みっぷりは見事じゃったな」
「うふふ~ムネイチ殿もなかなかのものよ」
「また呑み比べといきたいのう~」
「機会があれば是非に~」
顔を見合わせ、邪な笑みを交わす二人。
私は胡乱げにその光景を見詰めると、兄様に視線を向けます。
「あっ、僕は大丈夫。
程々で抜け出しユナと同じく寝室で休ませてもらったから」
「そうですか……」
慌てて弁解する兄様。
保有スキルが兄様の身体から漂う酒精を嗅ぎ取るのですけど……
まあ深く追及するのは止めておきましょう、ええ。
一人納得してる私。
そんな私の前に立つ偉丈夫。
ネムレスです。
「おはよう、ユナ」
「っや、あの……
おはようござります?」
「なんだ、その疑問形は」
「え?
いや、その……」
何故か動揺して呂律が上手く回りません。
顔を俯かせ声を出せない私。
そんな私の頭の上に優しくネムレスの手が置かれます。
はっと顔を上げると、こちらを労わるネムレスの双眸と交差しました。
「昨夜の事は内密にな。
機が来ればわたしの方から皆に話す」
「はい……」
真剣な物言いに、昨日の事が夢ではなかったことが判明します。
どうしてか胸元が苦しく……息が上手く吸えません。
「あれ~
何かアヤシイ感じ?」
「茶化しちゃ駄目だよ、タマモ」
「さて、そろそろ良いか?
転移陣を作動させるぞ」
小悪魔的な微笑を浮かべるタマモの追及を窘める兄様。
そんなやり取りを遮り、ムネイチ様は宣言します。
東方の転移陣は初めてですが、おそらく冒険者組合の転移サービスと同様のものでしょう。
急いで陣の中央に寄ります。
「それではこれより転移に移る。
行き先は霊峰<ホウライ>の麓、フジで良いな?」
「はい、お願いします」
「うむ」
傍に仕えていた部下に指示を出すムネイチ様。
陣が輝き出し、莫大な力が込められていきます。
「余計な世話かとは思ったが、向こうの大使館に案内人を用意しておいた。
あと預かった任命式への案内状を元に、儂の方で各関係者に連絡しておく。
そうすればお前達が余計な俗事に手間を取る事はあるまい」
「本当に何から何まで……すみません」
「子供が気にするな。
先程も言ったが、これぐらいはさせてほしいものよ。
本当ならば儂も行きたいとこじゃが……政務を放り出す訳にはいかぬ」
「充分でございます」
「うむ。ではカル達の事、頼んだぞ?」
「「はい!」」
「良い返事だ。
―では、やれ!」
「はい。座標目標<フジ>で設定完了。転移します」
無機質な部下の宣言の後、眩い輝きを上げる転移陣。
頭に霞が掛かる様な次の瞬間―
肌を刺す圧倒的な冷気。
先程とはまた違う琥珀の空間。
出口に掲げられた場所のネームプレート。
確認するまでもなく、私達は瞬く間に霊峰<ホウライ>の麓<フジ>の街へと転移してるのでした。




