それはまるで恥知者みたいです
時は遡り、昨夜。
酒精が入った事によるものか。
あるいは極度の緊張からの弛緩故か。
ネムレスと楽しげに会話をしていたユナだったが……突如糸の切れた操り人形の様に眠りにつく。
ゆっくりと傾いていく肢体。
手を伸ばしそっと腕で支え、体勢を楽にしてやる。
無垢な寝顔を晒すユナ。
そこにはいつもの快活さは見られない。
まるでどこにでもいる、普通の少女の様だ。
しかし異界転生者ということもあり、同世代の少女より幾分か老成をしてるのは確かだろう。
(まあ、こんな事を迂闊に言ったら殺されかねないからな……)
烈火のごとく憤怒するのが容易に想像できる。
自然と苦笑を浮かべる自分。
人並みの感情がいまだ自分の中にあった事に、思わず口元に手が伸びる。
守護者とは名ばかりの、自分を擦り減らす摩耗の日常。
替えの利く歯車。
消耗品であることに慣れきっていただろう。
だがここ数か月の日々は……本当に、新鮮な刺激だった。
何気ないやり取りを通して、確固たる自分を再認識させられた。
自らが守りたかった……
命どころか魂を懸けたのは、記号化した御題目事の為ではない。
どこかにいる助けを求める誰かの笑顔に連なる為。
ただそれだけのことである、と思い出させてくれた。
良き理解者であるカル。
得難い好敵手であるファル。
愛弟子ともいうべき存在となったシャス。
ノルン家の人々は、最早自分の中で掛け替えのない大きな存在となっている。
そして……ユナ。
活発で、
陽気で、
健気で、
されど至らない己の未熟さに恥を知る……
それは畏れを知らぬ希望の灯のような魂の煌めきの主。
使命を忘れ手助けしたくなるのは彼女の不思議な魅力だ。
しかしこれは理屈か。
多分、本質的に自分は彼女に好感を抱いてるのだろう。
特に端正な容姿が、何気無い自分の言葉に激しく一喜一憂する。
そんな仕草をもっと見たくなって……
意地が悪いと思いつつも、ついからかってしまう。
これは同僚からも指摘を受けた自分の悪い癖だ。
(……せめて束の間とはいえ、十分休息を取るといい)
明日からは忙しくなる。
しばらく膝上でユナを見守り、呼吸が安定し睡眠が深くなった頃、両手を使いユナの身体を抱える。
軽かった。
よく鍛えられはいるものの、自分に比べたら華奢な肢体。
その身に背負った不相応な重責に想いを馳せる――
「随分な色男ぶりでござるな」
――と、声を掛けられる。
見上げて場所を確認すれば、瓦の敷かれた屋根の上。
胡坐をかきこちらを面白そうに眺めるソウジがいた。
先程からいたのは知っていた。
気配どころか<気>そのものを消していた為、ユナは気付かなかったようだ。
だが自分は直観的に悟っていた。
それは数多く斬り捨てていった何かが、累積していった澱みの波長。
同類故のシンパシーなのかもしれない。
「見世物ではないのだが?」
「おっと。これは拙者が悪かった。
ただカルの友人としてはユナ達の事が気に掛かるのでござるよ。
……お主は二人をどうしたいのでござる、琺輪の守護者よ?」
「お前に語る必要はあるまい?」
睨み合う両者。
視えない火花が交錯する。
「まあ今は良いでござる。
ただいつかは聞かせてもらいたい」
「安心しろ。
自分はカルとの合流を以ってこの子達と距離を取る」
「ああ、それは素晴らしい。
その方が互いの為になるでござるよ」
「随分辛辣だな」
「事実でござろう?」
「違いない」
互いに笑い合い、背を向ける。
ふと気付いたようにソウジが尋ねる。
「ユナは?」
「このまま寝室に運ぶ」
「ほう」
「――何かね?」
「いや――言いづらいのでござるが」
「ん?」
「――送り狼にならないかな、と」
「阿呆か」
「幼女愛好は重犯罪でござるからな?
ユナの本当の年齢を考えると洒落にならない」
「戯言は死んでから言え」
「まあ――冗談でござるよ」
「その冗談は笑えない」
「はは、お主ほどではないでござろう?」
「否定はしないが」
「ただ……
別れが決定されているなら――
優しくしてやってほしいのは確かでござる。
その子もまだまだ至らない身故に」
「勿論だ」
「それに――
お主も気付いてるのではないか?
未だカタチになってるとはいえないが、ユナが――」
「言うな」
「しかし――」
「わたしには――
俺には、その資格が無い」
断絶する隔絶の一言。
全てを拒絶する背を見せ、ネムレスはユナを抱えて廊下へ消えていく。
「本当に不器用でござるな。
お主も、……も」
呆れたように肩を竦めるソウジ。
手酌で杯に酒を注ぎ、月に掲げる。
「拙く意地っ張りな愚者達に……乾杯」
失敬してきたムネイチ秘蔵の酒を呷る。
焼け付く極上の触感。
これなら悪酔いはせずにすみそうだ。
静かになった庭園。
降り注ぐ月光を肴に、ソウジは静かに酒を堪能するのだった。




