それはまるで若武者みたいです
驚愕と動揺を隠し振り返った先にいたのは、意外や意外。
痩身短躯、歳の頃は十代半ばくらい。
今の私の姿と変わらない女の子の様な顔立ちをした少年でした。
伸びた髪を無造作に後ろで縛ってるのでパッと見は華奢な女子そのものです。
しかしその服装を認識した途端、私の本能が最大限の警鐘を奏でます。
生前の私には見慣れた……しかしこの世界では奇異なる着物装束。
その腰に拵えたのは二本大小の刀。
私の推測が間違いなければ、この少年は――
「サムライか……」
「あっ、御存知でござったか。
こっち(レムリソン大陸)の方達は東方の事に疎いようでござるからな。
一から説明する手間が省けたでござるよ」
ネムレスの呟きに、にっこりと笑い応じる少年。
あどけない……無邪気とすら云えるその対応。
しかし私はその自然さが逆に恐ろしく感じます。
何故ならS級を超えるタマモとネムレスが全力で警戒し、殺気にも似た裂帛の気迫を叩き付けているのに……
この少年は、少しも臆したところがないのですから。
これは通常考えられない事態です。
高レベル所持者が持つ剣気(気迫)。
それは物理的な圧力さえ以って敵対者を縛ります。
私ですらこの二人を敵に回したら、と考えるだけで身が竦むというのに。
となれば、この少年が動じないのは二つ要因があります。
一つ、少年は常にこういった環境に慣れている。
常在戦場という訳ではないでしょう。
が、殺意に塗れた日常に常日頃から身を晒している。
そしてもう一つ――
これは想定すらしたくない事ですが……
この少年がそれ(S級クラスの殺気)を苦にしないレベルの――
「それでいったい何の御用?
こう見えてあたしたち、結構忙しいんだけど」
刺々しい物言いで牽制するタマモ。
私も少年の動向から目を離さず同意します。
少年は「ああ」と軽く呟くと、首を頷き応じます。
「な~に。
大した用事でござらんよ」
「何でしょう?」
「ただ――」
言い掛けた少年の姿が消えた!?
否、その正体は達人レベルまでに鍛え上げられた巧みな<縮地>スキルの発動!!
必死に視線を向けると、私達の右方半歩半。
息をすれば届きそうな距離に佇む少年の姿。
それはまるで――時間を早送りどころかコマを飛ばした様な速さ。
6魔将カチュアの転移術や半減加速とは違う……
人の意識の空白に滑り込むかのような妙技。
先程私達の後方を取ったのもこの技の応用でしょう。
「貴方は」
「拙者はただ……
お主達の技量を測らせて頂きたいだけでござる」
妖しくも魅力的に微笑んだ少年の手が刀の柄に伸びる……
認識するより早く、私達は一斉に身を伏せるか跳躍します。
刹那、稲妻のごとき閃光。
躱し損ねた髪の毛が数本宙に舞うのをどこか現実味のない体感時間で観測。
サムライ職による絶技<居合>。
明らかに手抜きされたと思しき一撃だと云うのに、背筋を冷たい汗が流れていきます。
「名を……聞かせて貰おう」
戦う覚悟を決めたのでしょう。
ネムレスが静かな闘志を秘め、双刃を携えるのが視えました。
追随するように私達も半円で各々の得物を構えます。
「おっと。
これは失礼をしたでござる」
少年は自分の不手際を詫びる様に深々と一礼をします。
隙だらけに見えるその仕草。
だけど<明鏡止水>を開眼した私は分かります。
その行為の最中すら、微動たりともしない一本芯の入った体幹。
迂闊に踏み込めば、即時斬られるのは間違いありません。
「拙者の名はソウジ。
ヒムラ・ソウジと云う者でござる」
ゆっくりと舞う様に刀を正眼に構えながら穏やかに応じるソウジ。
切っ先から放たれる圧力はネムレス達に勝るとも劣りません。
いえ、これは最早父様クラスに匹敵します。
冷汗を強引に抑え込み萎えそうになる気力を総動員し対抗。
その様子に、さあ続きを……とばかりに喜色を浮かべ応じるソウジ。
散歩にでも出る様に軽く死線を踏み込んできた所で――
「その辺にしておけ、ソウジ。
それ以上は双方血を見る事となる」
先程からそっと物陰で様子を窺っていたルシウスが仲裁に入ってきました。
瞬間、悪戯が発覚した腕白小僧のように舌を出し刀を仕舞うソウジ。
今までの険悪な雰囲気が嘘の様にあっけらかんとしたその態度。
私達はまるで狐に化かされたかの様に呆然と事態の成り行きを窺います。
「知り合い……だったのですか、ルシウス?」
「ああ。余が懇意にしてる東方の英雄<十二聖>が一人、
ランスロード大使館の相談役にして案内人でもある<旋風>のソウジだ」
頭痛を堪えるように眉間を押さえながら、深々と溜息を吐くルシウス。
これが東方の案内役、
エキゾチックでエキセントリックなソウジとの初邂逅でした。
あけましておめでとうございます。
今年初更新になります。
他シリーズ共々、本年度もどうぞ宜しくお願い致します。
……停滞してる他シリーズも更新しないと、ですね(汗)




