告白となる、ないほうせし深淵っぽいです
「全てを……知っていた?」
「そう。私が知り得る情報に限るがね。
私がどのように事を考え、
またどのような事をすればこうなる、
という結果が常に示されるのだよ」
「それが未来視……ですか?」
「いや、未来を覗くというのはあくまで限定的な能力行使説明。
分かりやすく他者を欺く為の偽装に過ぎない。
私の本当の能力は<琺輪天啓>。
あの守護者が仕える琺輪と霊的に共鳴する事だ。
全知全能にして零知零能。
何でも知ってるが故に何も解さず。
何でも出来るが故に何も為さぬ。
無数に分岐し本来は知り得ない因果からの結末。
私はそれを全て把握している」
「それは……」
「私の感じる喜びも怒りも悲しみも楽しみも、
愛情も憎悪も憤怒も享楽も、
全てが作られたモノ……
とまでは言うまい。
だが事前に知っている出来事や感情に何の感慨を抱けよう。
先が定められた未来。
そこには驚きも感動もない。
あるのはただ観測者としての退屈な確認作業だ」
「それこそが……ユリウス様の絶望?」
「大袈裟な喩え方だ。
ただ近い表現ではある。
自分が何の為に生きているのか、
自分が何をすればいいのか、
人としての喜びが私には無い。
ただ機械的に生きて定められた通りの役割を演じる。
そんな自動的な人生などにいったい何の意義があるというのだね?
誰も彼もが私を讃え、そして恐れる。
それは自分の中にある醜い衝動を見抜かれないかと戦々恐々するからだ。
だからこそ息子は哀れだ。
私の様に装う事すら出来ず、ただ傷付いていく。
しかしこの子を想う感情すら希薄な概念だ。
これも本当に私の感情なのか?
これすら定められた感情ではないか?
確固たる自己が無いというのはこんなにも不安なのだよ」
「今、装うと……?
そして一つ疑問があります。
ルシウスの能力は<精神感応>。
その能力により周囲の深淵を窺う事を可能とします。
なのに今回、セバスやルナの……そして何より貴方の本心を知る事は無かった。
これらの事から推測するに、ユリウス様……貴方はもしや……」
「正解だ、ユナ。
私もルシウス程ではないが同系の力を有している。
私は王家でも非常に稀な<多重能力者>なのだよ。
この事を知るのは側近であるあの二人だけだがね。
その力を使い、ルシウスや魔術による探査に対しプロテクトをかけている。
更には他者に対する能力の行使も」
「まさかユリウス様……」
「ふむ……さすがマリーの娘、聡いな。
その前にユナ、未来視という能力を人が語る時、人は私を預言者の様に扱う。
予言の定義とは何だね?」
「ある物事についてその実現に先立ち『あらかじめ言明すること』です。
神秘的現象としての「予言」は、その中でも合理的には説明することのことのできない推論の方法によって未来の事象を語ることを示します」
「なかなか優秀だ。
では予言を成就するためには?」
「絶対不可避な出来事を予言すること。
天候や天変地異など、人の力では変えられない事を告げる事」
「もう一つあるだろう
私に遠慮はいらない。
さあ、言いなさい」
「それは……その予言の内容を成就すべく、
かつ外さぬ為にも予言を信じる者が達成に向け動く事」
「その通りだ。
私は自らの知り得ない未来を望み、人を操ってきた。
最果ての彼方にはそんな結末があるだろう、と。
自らの命を敢えて危機に晒し人心を掌握し、事象を変えようとした。
だが因果律は強固だ。
この時代に定められた役割をこなさない内は退場は叶わないらしい。
私に本心から仕えるあの二人には損な役回りをさせてしまったがね」
「……これからユリウス様はどうされるのですか?」
「決まっている。
父の後を継いで皇となる。
それが私に求められている役割だからだ。
これから先、この世界には未曾有の危機が迫る。
私はその被害を少しでも抑えるべく力を尽くす。
人々は私の統治を賢皇の再来と持て囃すだろう。
しかし……そこに私の心は無いのだ。
ただ無感情で無感動で義務的で事務的な対応を続けるだけなのに」
「それはいつまで?」
「無論、死ぬまで。
これから32年後。
ありとあらゆる延命治療の甲斐なく私は老衰で死ぬ……
それだけが私に残された解放の日なのだよ。
希望を持たぬ私が唯一知らない事を知る希望の日でもある」
「そうですか……」
私は踵を返すと扉に手を掛けます。
知りたい事は知りました。
それに面会時間が過ぎました。
この辺が潮時でしょう。
「では、失礼します」
「ああ、ユナ」
「何でしょう?」
「老婆心ながら忠告だ。
組織を束ねる者として君はもっと人の闇を知った方がいい。
世の中には本当にどうしようもない救われない者もいるのだ。
そう、私の様な。
人の善性を肯定するのは素晴らしい事だ。
だが悪性を認識しないのは誤りではないかね?」
「御忠告……感謝致します」
重い扉が開かれ、全てを拒絶するように閉ざされていきます。
一礼とともに最後に窺ったこちらを見るユリウス様の貌。
それは私ではなく私を通してどこか遠くを視る目をしていました。
こうして王位継承権1位を持ち、さらに今回の事件で王位を継ぐ事がほぼ確定されたであろうユリウス様との謁見は幕を下ろすのでした。
書き足し更新。
ユリウスの抱えし闇、でした。
次回かあと数話で王都編も終了になります。
長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。




