入室となる、はなやかなる夜会っぽいです
「アラクネ盟主アズマイラ様、
並びにクランベリー商会長セルムス様、
御来場です!」
仰々しい門番の口上の後、控えの間から王宮大広間に続く扉が開く。
途端、広間に集う貴族や宮廷雀達から歓声が上がる。
「美しい……」
「何と云う……」
「伝説の美姫オードリア級ですぞ」
口々に囁き合い、様々な思惑が錯綜する。
それも無理はあるまい。
まるで純度の高い黒曜石のごとく鮮やかな光沢を帯び流れる濡羽色の髪。
名匠が己が技巧を揮った様に整った美麗な容姿。
身体にマッチした、見慣れない漆黒の異国風ドレスもその美貌に拍車を掛けている。
しかし人々を魅了してやまないのはその瞳であった。
年代を経てなお輝きを上げる紫水晶のごとき双眸。
強い意志と自信とに支えられた冷たい眼差しが見る者の心を捉える。
新参の組織とはいえ、宮廷内でも注目度は元々高かった。
新進気鋭の商会が後押しする、情報の扱いを主体とした互助組織。
王立情報機関<シャープネス>の調査をも躱し切る秘匿性。
稼いだ財を惜しみもなく災害援助などに振るう異常性。
その全容は傍として掴みきれなかったのだ。
さらに組織を掌握する盟主と呼ばれる者の存在。
憶測のみが錯綜していたが、どうやら噂は本当らしい。
圧倒的なカリスマにより人々を惹きつけ堕とす……無慈悲の女王の異名は。
そうでなければ何だというのだ?
この、目を離せぬ状況は。
まるでチャームの魔術が掛かった様に霞みがかった思考。
一挙一動も逃すまいと眼で追ってしまう。
そして女王に付き従う男もまた偉丈夫であった。
叡智を求める哲学者のごとき苦悩を秘めた容貌。
派手さはないが落ち着いた物腰。
仕立ての良い夜会服を上品に着こなしているのもポイントが高い。
クランベリー商会の長は肥満の元冒険者と聞いていたが、とんでもない。
なかなかどうしていい男ではないか。
未だ独身と聞くし、これは娘の嫁ぎ先に考慮すべきか……
自らの保身と躍進を願う、宮中に集いし吸虫達のそんな思いなど露知らず。
アズマイラと呼ばれた少女は威風堂々と歩み出す。
瞬間、古の聖者の奇跡のごとく左右に割れる人々の群れ。
触れてはならぬ高貴なる者。
年端もいかぬ少女ながら、自然と浮かぶ畏敬の念がそうさせたのだ。
少女はそんな様子を気にもせず、ただ前を見据え歩み進む。
その先には次期王位継承者であるユリウス・ネスファリア・アスタルテ・ランスロードとその嫡子、ルシウス・ネスファリア・アスタルテ・ランスロードの姿があった。
王に連なる者だけが許された魔導銀糸をふんだんに使った夜会服に身を包み、此度の功労者達(主に冒険者ら)に労いの言葉を直に掛けている。
これは宮廷作法でいえば極めて異例の事だ。
王族が身分の知れぬ者に声を掛けるというのは通常在り得ない。
だがそれこそがユリウスの人となりを表しているのだろう。
昔からユリウスは貴賤を気にせず庶民に接していた。
特に先代勇者らとは懇意にしてた様だ。
それ故、冒険者などという野蛮な者達へも垣根なく接せるのだろう。
宮廷雀達はそう納得し動向を見守っていた。
一方、声を掛けられた冒険者はそんな心の余裕はなく、一様に身体を堅くするのみ。
中には衝撃のあまり感涙する者もいた。
あたたかい雰囲気漂うその一角に、
「ユリウス様」
無慈悲な女王が到達する。
声のした方を振り向くユリウス。
眼の悪い彼は視力の衰えた双眸を細める。
ユリウスの注目が自分に注いだことを感じた少女は、臣下として完璧な礼儀作法を見せ鮮やかに一礼をする。
その事がまた彼女の教養の高さを窺わせ、取り巻き貴族共を奮起させる要因となったが。
「此度はお招き頂きまして、まことにありがとうございます。
アラクネ盟主、アズマイラと申します」
「おお、そなたが。
そなたらの此度の活躍は私も聞いている。
よく私を助け出してくれた。
本当に感謝している」
「有り難いお言葉でございます」
笑顔で会話し合う二人。
傍から見れば和やかな談笑にしか見えないだろう。
だがその言葉の端々には視えぬ刃が交叉し合う。
少女の姿に驚いた顔を見せるルシウスを余所に、
優美で優雅な、陰惨で過酷な戦いの幕がついに開かれるのだった。
お蔭様でユナのシリーズもついに100万PVです。
これからも更新を頑張りますので応援宜しくお願いします。




