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撤退<エヴァケーション>4

 連戦に次ぐ連戦。

 波打ち際から王都を襲い来る、海棲妖魔達の猛攻。

 最初は浮足立っていた警備隊だったが、何とか体勢を整え応戦していた。

 しかし実際問題、魔導技術の恩恵を受けずに防衛に当たるのは難しいと言わざるを得ない。

 人と妖魔のスペック差もある。

 されど一番の問題は適性の無さであろう。

 当たり前だが人は(魔術使用を除き)海中では生きられない。

 未だ海は人の手が及ばぬ未知の領域なのだ。

 辛うじて海上を行き来するだけで精一杯。

 海は人族の支配領域ではない。

 よって防衛するには上陸しようと隙を見せる妖魔らを叩く事のみになる。

 統率された動きは力量差を埋め、

 数の多さは劣勢を覆し、

 士気の高さは本能に優る。

 だがそれでも人としての限界が存在していた。

 海洋からの攻勢に対して反撃の術がないのだ。

 何故なら襲撃してくるのは魚人妖魔サハギンだけではない。

 烏賊妖魔クラーケン怪魚妖魔リヴァイア海蛇妖魔シーサーペントなど。

 通常ならば海軍が総出で当たる様な大物ばかりである。

 これらの妖魔が展開する触手や毒墨ブレスなどに警備隊は苦しめられた。

 通常なら防衛網は寸断され、商益船団は壊滅となり、王都の人的・物理的被害のみならず大陸経済に大きな痛手を被る状況に陥ったであろう。

 その全てを瀬戸際で防いだのはルシウスの指示で動く鋼鉄アイアン人形ゴーレム達であった。

 圧倒的な膂力もさることながら、恐るべきはその機動力である。

 古代魔導技術の粋が凝らされたその動きは熟練の格闘者を連想させた。

 事実、ルシウスの的確な指揮の下、海中で打撃戦を行い勝利している。

 予想外の伏兵の存在に面食らったのは海棲妖魔達の方だろう。

 元が夜行性と云うのもあるが、夜明けを迎えた今、士気が崩壊し各自ほうほうの体で逃げ出し始めていた。


「これで最後、か」


 毒棘を鞭の様に振り回す大海月。

 痺れと猛毒を秘めた数多の棘付き触手の乱風に対し、並みの冒険者なら苦戦は免れまい。

 しかしそこは命無き鋼鉄人形。

 毒など端から解さず、苦も無く近寄るや拳を振り上げ叩き潰した。

 その光景を見届け、ルシウスは溜息と共に零す。

 哨戒偵察に赴かせたゴーレムの報告によれば、周囲に敵影無し。

 自らの精神感応能力、そして宝物庫より取り出した敵性反応器にも沿岸部の反応は無い。

 どうにか乗り切る事が出来たのだろう。

 歓声を上げ喜び合う警備隊を横目に、ルシウスはその場に跪く。

 指揮者として初となる大規模戦闘。

 付け加えるならば早熟とはいえ5歳の少年である。

 出会い頭の遭遇戦とは違う、達成無くてはならない目標が幼少の王族を疲弊させていた。


「大丈夫か、ルシウスよ」


 そんなルシウスの手を取り、優しく労わりの声を掛けるのはガンズ。

 いったい何時の間に背後に?

 疑問が浮かぶがまず尋ねなくてはならない事がある。


「叔父上、門外の敵は……」

「ああ、巨人族らが攻め込んできたが何とか撃退出来た。

 お主の読みは的確であったぞ、ルシウス。

 他の誰でもなく、儂が立ち向かわねばおそらく壊滅しておっただろう。

 今は駆けつけて来てくれたタマモが事後処理に当たっておる」

「そうですか……

 タマモが共に戦ってくれたのですか……」

「うむ。北方の妖魔らの手勢を率いて参戦してくれた。

 旧き巨人らの襲撃もあったが、彼奴の力もありどうにか退けた」

「ならば……」

「うむ。兵士に聞いたところ、先程から6魔将らも撤退をし始めたらしい。

 王都内の妖魔らも大勢は討伐され、残りも氷漬けとの事」

「では……」

「うむ。勝利とは到底言えぬが、何とか乗り切ったようじゃな」

「そうですか……」


 ガンズの言葉に心から安堵するルシウス。

 自らの力の無さは自覚している。

 それでも無辜の民を救えたなら、これほどの喜びはない。

 唯一の懸念は父上の安否だが……


「そういえば義兄上も無事保護されたようじゃぞ。

 兵士達がまことしやかに話し合っておった。

 何でもアラクネという組織の配下の者の手柄らしい。

 冒険者組合と共に今回の防衛戦にも一枚噛んでるというし、王族の端くれとして感謝しなくてはな」

「まったくですね」


 陣頭指揮を執ったであろうユナ。

 聖なる報復者であり無慈悲な組織の盟主としての一面。

 朗らかで快活な年頃の少女としての一面。

 その両面が矛盾なく同居してる事を知る者として、ルシウスは述懐する。

 この後も王族としてやらなければならない事は多くある。

 だが今だけは束の間の平穏を味わっても罰は当たるまい。

 海面を赤く染めていく朝日。

 眩く煌めくその光景に心奪われながら、ルシウスとガンズは無言で立ち尽くすのだった。





「……そういえば、叔父上」

「なんじゃ?」

「いったいどこから来られたのですか?

 一応王都側の方はあぶれた妖魔が来ない様、警戒してたのですが……」

「ん? 海からじゃぞ」

「え? だって船は無いし――」

「ああ、海上を走ってきた」

「……は?」

「昔イズナの奴に教わったやり方なのじゃがな。

 海面に足が沈む前に、もう片方を前に。

 もう片方が沈む前に、再度足を前に出す。

 後はこれを繰り返すのみ。

 コツさえ聞けば案外簡単なもんじゃろ?

 結構疲れるから、もう二度とやりたくないが」

「いや、叔父上――

 それは絶対おかしいです。

 っていうか、物理的に無理ですってば」


 ルシウスのツッコミに小首を傾げるガンズ。

 底知れぬ規格外達のスペックに改めて戦慄するルシウスであった。


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