覚悟、らしいです
「まずいですね、兄さん……」
ミスティ兄様の捨て身のギャク(本音?)により、幾分か落ち着いた私達。
そんな私達を見て苦笑し、優しく宥めてくれながらシャス兄様が手長ゴブリンの死体に近付いていきます。
手頃な木の枝を手に取ると、何やら調べ始める兄様。
そうしてすぐに発したのが警戒の言葉です。
何がまずいのでしょう?
私は声を掛けられたミスティ兄様の方を向きます。
ミスティ兄様もいつになく難しい顔で思案してます。
「やっぱ『斥候型』か?」
「ええ、十中八九間違いありません」
「ってことは近くに本隊か最低でも小隊規模の群れ……か。
一刻も猶予がないな」
「ええ」
真剣な趣きで相談し合う兄様達。
いったいどういう事でしょう?
「あの、兄様……」
「ああ、ユナ。
会話に置いてけぼりにしてごめんね。
でも、ユナも君達も大事なことだから聞いてほしい」
シャス兄様が皆を集めて話し始めます。
「このゴブリンは斥候といって、群れに先だって偵察するのが任務なんだ。
しかも敏捷性に優れたこいつを惜しげもなく使う以上、かなりの大きさの」
「え? じゃあ……」
「うん。この近くに間違いなく群れの本隊が潜んでいる。
おそらく数は50~200匹。
このままだと遭遇する可能性はかなり高い」
「兄様達でも対応は難しいですか?」
「ユナはボク達を英雄か何かと勘違いしてない?
確かにノルン家の血筋の者として恥じない修練は積んでるけどね」
「数は力だ、ユナ。
よく覚えておけ。
突出した個人の力は確かに厄介だ。
だが団結した集団の力はいつでも強大だ。
具体的にいうなら俺一人で20、シャスで10はいける。
だがそこで終わりだ。
力を使い果たし囲まれて殺される」
「兄さんの概算は悲観的ですが、
そのくらいの方が戦場では生き残りやすいでしょう。
いいですか、ユナ。
彼我の戦力差を冷静に測り対応するのも戦う上で重要なのです」
「はい、兄様」
「ま、馬鹿正直に相手をしてやる事もないんだけどな」
「ふえっ?」
「外道には外法……正攻法だけじゃない」
「使うんですか?」
「ああ、仕方ない。
非戦闘員が多過ぎる。
後は頼めるか?」
「大事な妹です。
一命に賭けても」
「お前は英雄叙述詩の見過ぎ。
どこの騎士様だよ」
「兄さん程じゃありませんよ。
上位精霊との交渉はまだまだ力量不足でしょうに」
「な~に、最悪腕一本くらいだろ。
全然惜しくはないさ」
「強がりを言って」
「大事なお前らを守る為だからな。
それぐらいは覚悟してるさ」
「……お願いします、兄さん」
「ああ。……そこで見てろ」
何やらシャス兄様と話し合ったミスティ兄様は私達から離れていきます。
見上げる程大きな大木の前に来た兄様は、おもむろに上着をはだけると程よい筋肉のついた腕を出します。
そのまま木に手を置き瞑想する兄様。
どこか余裕のあった表情は消え、真摯な眼差しで忘我の域に入ります。
「あのシャス兄様……ミスティ兄様は何を?」
「しっ……今は黙って見守ってください。
ボク達を無事に守り抜くと決めた、兄さんの覚悟を」
「え?」
「兄さんは精霊魔術の禁忌、サクリファイスを使おうとしてます」
「な、なんですかそれ?」
「簡単にいえば生贄です。
精霊魔術は本来自分のレベル以下の精霊としか交渉出来ません。
聖霊の寵愛を受けた兄さんでも原則それは変わらない。
ですが精霊魔術には編成される前のドルイドマジックな一面もあります」
「それは何です?」
「生贄や供物を捧げることにより上位精霊の助力を得る。
兄さんは自分の身を捧げようとしてる」
「!!」
「上手くいけば髪の毛数本。
悪ければ身体のどこか。
大いなる力にはね、ユナ。
常に代償が必要だということを覚えておいて下さい」
「やめさせないと!」
「どうしてですか?」
「だって兄様が!!」
「ユナ、兄さんは全てを覚悟の上でああやってるんです。
それをとやかく言う権利は……
たとえ弟や妹でもないんです」
私は悔しくて分からず屋のシャス兄様を睨もうとしました。
そして気付いてしまいました。
淡々と私に解説するシャス兄様、その掌がきつく握られ血が滲みだしてるのを。
私は何て浅はかだったのでしょう。
シャス兄様だってミスティ兄様にこんな事をさせたくないのに。
本当ならすぐにでも止めたいに決まってます。
けど、出来なかった。
何故なら私達の身の安全……命が係ってるから。
(何て……無力なんでしょう……)
自分の力不足に泣きそうになります。
でも、泣いても何も変わりません。
私は毅然とした瞳で前を見据えると、ミスティ兄様の無事を祈るのでした。
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