対峙<ヴァーサス>6
「それじゃ……
いくわよ、シャスちゃん?
久しぶりだもの……わたしが恋しいでしょ?
いいのよ。
優しく抱き締めてあげるわ……ウフフ」
「くるぞ、シャスティア!
対応は事前に打ち合わせた通りでいく!」
「了解です、師匠!」
笑みを浮かべ歩み寄るパンドゥールに対し、距離を取り構える師弟コンビ。
一見無防備なその姿。
しかし琺輪の守護者として闘い続けたネムレスは本能で理解していた。
アレは自分が相対してきた事例の一つに該当するクラスだと。
守護者の担当範囲は幅広い。
世界の危機はあまりに多く、その内容も様々だ。
だがその全てに共有され求められるのは技量の高さ。
人を超えた踏破者近いレベルが必要となる。
ネムレスは冒険者ならばS級を超えSS級レベルに達していた。
その彼をして警戒させたのはパンドゥールという存在の在り方。
個人と云う枠組みを逸脱し、ただ貪欲に周囲を喰らう。
最早混沌とした概念に成り掛かっている、と形容すべきか。
致命的な破滅と破局を迎える前に絶対阻止しなくてはならない。
「あら、せっかくの再会なのに……
水を差すお邪魔虫さんがいるわね」
後衛で狙いを定めるシャスの前に立ち塞がる前衛のネムレス。
鬼気を纏い双刃を携える姿にパンドゥールは小首を傾げる。
腕を組み、悩ましげに思案。
だが何か妙案を思いついたのか、童女の様にパーっと顔をほこらばせる。
「そうだ! わたしもお友達を呼んじゃいましょう♪
せっかくのパーティですものね☆」
手を合わせ、楽しそうに告げるパンドゥール。
その発言にネムレスは眉を顰める。
「友達……だと?」
「ええ。心からわたしと理解し合えるお友達。
文字通り身も心も一体となった、ね」
ネムレスの問いに唇を歪ませ応じるパンドゥール。
次の瞬間、胸元を大きく掴み切り裂く。
溢れ出る血潮。
突然の狂態に驚く二人を前にパンドゥールは妖しげな呪を刻む。
刹那、ガソリンのごとく燃え上がる血。
それは空気を喰らい爆発的に燃焼すると人の姿を模っていく。
紅蓮の舞踊姫こと<怨焔>のエクダマートの姿に。
しかし彼女は魂喰いによってパンドゥールに吸収された筈では?
「それは……!!」
魂の在り方を視る守護者の魔眼。
召喚されたエクダマートの姿を『視た』ネムレスはその正体を知った。
「可愛いでしょ?
わたしの大事なお友達。
わたしに勇気と力をくれるの。
今も殺さないようゆっくり絶妙に吸い取ってるのよ」
「ア”ア”ア”」
自らの手が焦げるのも厭わず、エクダマートの頬を撫でるパンドゥール。
しかし愛撫のごときそれを受けるエクダマートの瞳孔は虚ろだ。
よだれを垂らし目線も定まらず中毒者の様な震え。
舞踏姫と呼ばれた尊厳はそこにはなかった。
「あら、どうしたの?
苦しいの?」
「イタイ。イタイ。イタイ。イタイ」
「どうしてほしいのかしら?
何でも話して。
わたしたち友達ですもの」
「スケテ。タスケテ。タスケテ。タスケテ」
「それは駄目。
だって貴女、わたしの家族を傷付けようとしたんですもの。
幾らお友達でも罰が必要だわ。
親しき仲にも賞罰あり、ってね」
「ジャア、ゴロジデゴロジデゴロジデ」
「我儘ね~貴女。
でも友達の頼みですもの。
無碍には出来ないかな。
しょうがないわね……じゃあ目の前のその男を殺したら解放してあげるわ」
「ワガッダ!」
瞬間、鎖から解き放たれた猟犬の様にネムレスへと襲い掛かるエクダマート。
摂氏千℃に値するその四肢はどんな魔術よりも効率的に生き物を殺める。
だが相手が悪かった。
ネムレスの持つ双刃は双星<ライトアンドシャドウ>。
エネルギー系をその黒き刃が吸収し、片割れの白き刃で放出する事が出来る。
膨大な熱量、実体のない炎の身体とはいえそれは例外ではない。
卓越したネムレスの業はエクダマートの魔炎を防ぎ、その身体を切り裂く。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
苦痛を感じるのか絶叫を上げるエクダマート。
しかしその手を休める事は無く、新たな炎を編み出しケダモノのごとき執着でネムレスに纏わりつく。
彼女も必死なのだ。
魂を取り込まれということはアストラルを蝕まれること。
それは常人が耐え得る閾値を遥かに超えた苦痛。
消滅しない限り、地獄の様な責め苦が延々と続くのだ。
あの煉獄に戻るならばこの苦痛などいかなるものか。
これに面を喰らったのはネムレスである。
幾ら斬撃を加えようとも元が炎。
ましてエクダマートの意志がある限り消えない為、致死ダメージにならない。
今のエクダマートを斃すにはその全てを瞬時に吹き飛ばすしか方法が無い。
いや、もう一つだけある。
位階を越え本質そのものを叩く事を可能とする秘儀。
眉間・王冠のチャクラ発動を以って発動する奇跡……『聖念を以って天の位階へと至る技法』~アストラルエンジェリングを使用すれば斃せる。
だがアレは奥の手。
完全にアストラルの傷が癒えない今使えば、間違いなく……
千日手の様なもどかしさを感じる間に、シャスティアに迫るパンドゥール。
「シャス!」
「大丈夫です」
焦りから出た警告に落ち着き払った声で応じるシャスティア。
そこには揺るがぬ不動の意志があった。
今は弟子の力を信じ、任せるしかない。
切札と策を授けてるとはいえ、年端もいかぬ少年を戦いに巻き込んでる現状を心苦く思いながらネムレスは状況の打破に掛かるのだった。
書き足し更新。
文才はないのは自覚してますけど……最近、表現が枯れてきた感じがします。
前シリーズの方が面白く書けてましたね(溜息)。
拙い作品ですが……これからも更新を楽しみにしてもらえれば幸いです。




