対峙<ヴァーサス>4
時を刻む。
王都一の情報屋であり時空を司る魔術師でもある銀狐にとって、それは最早日常と化した茶飯事。
時間は停滞出来ない。
ならば加速する。
一秒とを一秒とするのではなく、細かく刻む。
刹那ならば75分の1秒。
人を超えるなら阿頼耶の果てまでも。
そうして得るのは貴重な行動回数。
人の十数倍もの判断と行動を可能とするのは時空魔術の真骨頂だ。
6魔将たるミシュエルと対峙してる銀狐は、まずその動向を窺いつつも最大の攻撃を仕掛ける。
初手から全力。
本来戦闘員で無い彼にとって出し惜しみする意味はあまりない。
最善最良の戦闘手段を選択する。
常日頃行ってる情報の取捨と同様に。
こちらの出方に構えるミシュエルを尻目に、銀狐は次元の断裂を強制励起。
逃げ場のない包囲網を瞬時に形成するや、一気に解放。
「これは――」
「次元刀<籠斬>」
疑問に感じる間もなく発動する断裂の刃。
上下左右あらゆる角度からミシュエルへ襲い掛かる。
それはまるで罠に掛かった獲物のようだ。
為す術もなく全身を切り刻まれる。
全身から吹き出る血。
しかしその瞬間、銀狐は眼を見張る。
数百に分断された身体……どう見ても致命傷なそれが溢れ出た血液に包まれるや瞬時に元通りになっていく。
事態を静観する銀狐の前で、ミシュエルは大袈裟に空を仰ぐ。
先程切断した筈の腕が癒えた、一糸纏わぬ姿で。
「やれやれ。
あの服、結構お気に入りだったんだけど?」
「それは悪い事をしたな」
「誠意の無い謝罪はウザいだけなんだけど?」
「もっともだ。
では服の損傷が気にならない状態にしてやるのが自分の返礼だ」
「君、かなりイカれてるね。
まあ……嫌いじゃないよ、そういうの」
冷徹な視線を注ぐ銀狐に対し、肩を竦め応じる。
大理石様な裸身。
でも何か嘘臭い。
まるで何か作り物のような。
それに先程の見せた再生能力。
更に血戦師たるその戦闘能力。
これらを統合し、判別するに、奴のベースとなるのは――
「そうか、ブラッドスライムか」
「せいか~い♪
人と不定形血液型魔導粘液妖魔の混合体。それがボクさ」
銀狐の独白に、素直に明るく答えるミシュエル。
これで長年謎であったミシュエルの正体が判明した。
ブラッドスライムは魔導技術によって創られた戦闘型粘液妖魔である。
五行に対する耐性は無論、他者の血液がある限り再生を繰り返すという特徴がある。
また元が粘液ということもあり斬撃や打撃は半ば無効化される。
何かと雑魚扱いされやすい粘液妖魔だが、従来は相対するのが難しい敵なのだ。
「さて、じゃあ次はボクの番?」
隠す必要が無くなったせいか、ミシュエルは全身から血液の刃を放つ。
うねりを上げ波濤の様に襲い掛かる刃。
しかし銀狐は慌てずただ次元の断裂を展開。
弾かれた様に断裂の前で刃は停止する。
幾ら不定形とはいえ次元の断裂に呑み込まれれば取り返しがつかない。
特に血液を基とするミシュエルにとってそれは武器でもあり本体でもある。
「っとっと。
危ない、危ない。
結構いやらしい手を使うね、君」
「それはお互い様だろう」
背後から強襲してきた血刃をすげなく躱し、呟く銀狐。
正面の派手な攻撃は囮だったのだ。
本命は背後からの一撃。
それは既に死した者の死体を媒介とした魔術。
先程亡くなった少年の血液を用いた攻撃だった。
ブラッドスライムにして鮮血魔術師であるミシュエルならばそういった真似も出来るだろう。
可能性の一つにしか過ぎなかったが、用心してたのが功となった。
情報屋としてありとあらゆる可能性を考慮する本質が銀孤を救った。
ただ……
銀狐はそっと背後を窺う。
名も知らぬ少年の遺骸。
強制的に魔術の対象となった為だろう。
それは無惨に破壊されていた。
その事に憤る訳でもなく、怒鳴り散らす訳でもない。
ただ銀狐はミシュエルを見据えた。
溢れる激情を冷酷に秘めて。
「可哀想に」
「何が?
あっ、もしかして今の少年が?
大丈夫、そんなくだらない命よりもっと」
「お前が、だ」
「あん?」
「楽に消滅出来るとは思わない事だ……
お前は、自分を怒らせた」
淡々とした言葉。
そこに何が込められていたのか?
弾かれた様に再度距離を取るミシュエル。
「ボクを……この高貴なるボクが二度も怯むなんて……
許せない……
ゆるさんぞ、貴様ぁ!
その首、新しいコレクションにしてやる!!」
「そのようなお題目は幾度も聞いたが……
実現したことは一度もないな。
繰り返し言う――やれもんならやってみろ」
ミシュエルの激昂に冷徹に応じる銀狐。
魔戦の一夜はまだ始まったばかりであった。




