独占、らしいです
「しかしホント危ないとこでしたね……
間に合ってよかったですよ」
涙と鼻水でかなり残念な私の顔。
そんな私の顔を優しくハンカチで拭いてくれながら、シャス兄様は安堵の溜息を洩らします。
私は素直な幼子の様に兄様の愛情を受けながら疑問に思った事を尋ねてみます。
「そういえば兄様、どうしてこの時期の鎮守の森は危険なんですか?」
「おや? まだ理由を言ってませんでしたか?」
「はい。とにかく危険だから寄るな、と」
「それはですね……」
「幻獣達による祭祀があるんだよ」
そう答えたのはミスティ兄様です。
私以外の幼年組三人に抱きつかれ、珍しく困惑しているようでした。
冷たく突っぱねるにも、純粋に感謝するその様子に強く出れない様です。
普段は意地悪さんですが、結局兄様は良い人なのです。
困り果てたミスティ兄様はこちらにヘルプの眼差しを送ってきますが……
ダメです。
今はシャス兄様を離しません。
独り占めです。
やがて諦めたように大きな嘆息を零し、ミスティ兄様は解説し始めます。
「12年に一度、幻想郷の幻獣達は鎮守の森近くの里に降りて来る。
そこで大地に豊穣の恵みを与えるべく、蓄えたその強大な魔力を注ぐ」
「あ、じゃあコタチちゃんが見たというのも」
「ん? 見たのか、お前」
「は、はい……(こくこく)
白い鬣の馬さんでした……」
「そっか……白馬ね。
おそらく祭祀に集いにきた幻獣達の一匹だな」
「でも、それがどうして危険なんでしょうか?
幻獣は人に敵対する存在ではない筈ですよね?」
「厳密には人の味方ではないけどな……
ま、悪さをしなければ危害を加えてくることも無い」
「ではいったい……」
「問題は幻獣達を付け狙う妖魔だ。
奴等は幻獣の身の内に秘めた魔力を狙って、この時期になると鎮守の森付近を徘徊しやがる
奴等にとっちゃ最高の獲物って訳だ」
「兄さんの言う通りです。
森の境界までは結界があるから大丈夫ですが、ここまではその効果が及ばないんです。
だからボク達は父さん達と協力し、この森全域を監視していたんです。
祀りの期間は一月もないのでその間だけ警戒してればいいのですが……
監視の穴を突く様にどこかの誰かさん達がズンズンと森に入っていくので焦りましたよ。
小さいので痕跡も中々捉えづらいですし」
「まったくだ。道中<樹の精霊>達に教えて貰いながら追いかけて来たから時間が掛かったしな。
シャスには礼を言っておけよ。
そいつの追跡術が無かったら間に合わなかったぞ。
木の枝を駆け抜けるなんて発想普通はしねーし。
ユナが危ない! ってすげー必死だったしな」
「それは兄さんも一緒でしょ?(くす)」
「ちげーし。別に焦ってなんかいねーし!」
シャス兄様は苦笑し、私の頭を撫でます。
ミスティ兄様も不貞腐れながら私の頭を小突く真似をします。
気恥ずかしくなった私。
ですが今は何より、事態の深刻さに申し訳ない気持ちでいっぱいになります。
「そうだったんですか……
私の判断で皆を危険な目に……」
「ま、ユナだけのせいじゃないけどな。
そうだろ、お前達?」
「う、うん。
オレが皆を誘ったんだ、ミスティ兄ちゃん。
だからお仕置きはオレだけにしてくれ!」
「止められなかった責任はあたしにもあります!
だからこの馬鹿はともかくコタチとユナちゃんは勘弁してください!」
「わたしも……同罪です……
だからユナちゃんだけは……」
ミスティ兄様の問い掛けに対し、懸命に頭を下げる三人。
何ていうか、必死です。
命乞いって感じです。
どれだけ兄様は怖れられてるのでしょう?
流石にミスティ兄様も口元をひくつかせています。
「お前ら……命の恩人たる俺のことをいったい何だと……」
「普段の行いの差じゃないですか?
兄さんはノルン家家訓に殉じてますから。
恩は倍返し。
仇は3倍返しでしたっけ?」
「違うな」
「え?」
「恩は合ってる……だが、仇は」
「仇は?」
「百倍返しだ!!」
ドヤ顔で語るミスティ兄様。
呆気に取られる三人とは別に、私は転生前に流行っていたドラマを思い出し頭が痛くなります。
成分の半分が優しさで出来てるというお薬が欲しくなります。
だって今のミスティ兄様にその5分の1でも求めるのは酷でしょうから。




