識見<インサイト>5
王都湾岸。
そこは大陸有数の貿易港でもあり、数多の商品と文化が交わる波止場である。
数多くの商船が集うここは間違いなく王都の重要なライフライン。
魔導照明による探査や専任の航海士達による衛視隊などが結成され、徹底した防衛が為されている。
莫大な財宝を求め海賊等がやって来たこともあったが、被害は皆無。
それ故に商人達からは大きな信頼を寄せられていたのだが……
だが何事も失敗するという事はマイナスばかりではない。
多くの失敗やミス、損失から学ぶ事も数多くある。
こと防衛に関しては被害がゼロ=無敗にはならないのだ。
潜入を許せば警戒網の見直しをする。
外敵に手こずれば増員や隊員のレベルアップを図る。
なまじ最初に完成度の高いシステムを構築してしまったばかりに、防衛者達は学ぶ機会を失ってしまっていた。
港に集った衛視達はそのツケを手痛く支払う事となる。
(ドイツモコイツモ甘イ)
配下に命じ、銛を一斉に突き出させる。
魚人妖魔族の勇士らによる一撃は強力だ。
船上や護岸から絶叫をあげて人々が海中に沈んでいく。
無論そうなれば結末は唯一つ。
母なる海に居る仲間達が彼等を瞬く間に葬り去るのだ。
しかし実に呆気の無いものだった。
魔神皇と名乗る怪しい輩に同調し、王都を強襲する。
群れの長から指令を聞いた時は正気を疑ったが、今となっては得心がいく。
長は知っていたのだ。
悪名名高きあの忌まわしい探査網と防壁が消え去るのを。
そしてそれに任せっきりになっていた人間がいかに脆いのかを。
魚人である自分達にまで浸み込む空恐ろしい程の魔神皇の宣言思念波。
その後、完全に丸裸にされたシステム。
システムに傾倒してた者達が後ろ盾を失ったらどうなるか?
呆然と事態の進展に置き去りにされる。
そんな中、単発的な人族の哨戒を躱し突き進むのは稚魚のエラを捻るより簡単だった。
今も群れの上陸に関し散発的な抵抗が見られるが……趨勢は期した様である。
「今ダ!
我等ガ積年ノ恨ミヲ晴ラセ!」
蹂躙の合図。
200にも及ぶ魚人達が一斉に上陸しようとしたその時――
「ほう……面白い戯言を言う。
誰の赦しを得て貴様らはここにいるのだ?」
年端もいかぬ、金色髪をした人族の幼体が立ち塞がる。
つまらぬ雑事を見定めるかの様なその姿勢。
まるで傲岸不遜が形を作った様なその言動。
海に集う魚人達の数を見ても少しも臆したとこがない。
群れの代表者は幾分か警戒をしながら幼体へ尋ねる。
「何ダ、貴様ハ?」
「答える謂われはない。
だが、今なら見逃してやる。
この場から立ち去るがいい」
「ナ、何ダト!?」
「聞こえないのか?
それとも理解出来ないのか?
逃げるのならば追わない……余はそう言ってるのだ」
淡々と、結果が分かり切った問題の答えを述べる様な幼体の言。
これには魚人達も面を喰らう。
気配もなく現れたからには術師か何かだろう。
見た目に寄らず熟達の域に達してる者はマレにだが、いる。
だが所詮は多勢に無勢。
我等が同胞の数の前にその力が何の役に立とうか?
「構わぬ!
アノ生意気ソウナ人族ゴト喰ライ尽クセ!
人族共ヲ完膚ナキマデ蹴散ラセ!」」
「「「ギョギョギョ!!」」」
大号令と共に行軍を開始する魚人達。
動き辛い陸上だというのにその動きは充分に統制が取れていた。
この日を目指し練度を重ねてきた事が窺える程に。
しかしそんな魚人達を冷たく見据えながら人族の幼体は答える。
「警告はした。
ならばその愚行の対価……
己が身を以て知るがいい」
幼体……
誇り高き王族に連なる者、ルシウス・ネスファリア・アスタルテ・ランスロードは、いにしえの皇から託された宝物庫の鍵を回す。
その鍵は呼び水。
無尽蔵に納められた蔵へのアクセスキー。
その瞬間、鍵の魔力を通しこの世界のいずこかにある莫大な富を納めた宝物庫へと擬似召喚ゲートが連結。
自在に呼び出す事が可能となる。
勿論召喚されるのは、湿地帯が広がる辺境からルシウスをここ王都まで無事に守り抜いてきた生命なき強大者達。
かの皇の代名詞ともなっていた強大な尖兵。
疲れも死をも知らぬ無慈悲な殺戮兵器。
即ち――
「出でよ!
帝国式鋼鉄人形達!!」
「「「ま”っ」」」
50を超える魔導技術の粋を集めた帝国式鋼鉄人形アイアンゴーレム達がその巨躯を震わせ呼応。
主の資格である鍵を持つルシウスの前に次々と召喚されるや、怒号を上げ魚人達に襲い掛かる。
唸る剛腕が骨を砕き、怒涛の一撃が応戦しようとした魚人らを纏めて薙ぎ払う。
「バ、馬鹿ナ!
偉大ナル海ノ支配者タル我等ガ、コンナと」
「ま”っ」
最期のお決まりの断末魔すら満足に告げられず鋼鉄人形に叩き潰される代表者。
溢れた蒼い体液が海を汚していく。
「余を相手に支配者面とは……10年早いわ」
自らの年齢を棚に上げ、そう嘯くルシウス。
宝物である全自動魔導帆船により湿地帯から海を経由して王都に戻ってきたルシウスであったが、先程の魔神皇とやらの宣言を聞くまでもなく、既に王都は火急の事態らしい。
鋼鉄人形達は瞬く間に魚人達を殲滅したが、波打ち際に目を向ければ様々な海の妖魔が次々と上陸を図っていた。
「やれやれ……
アレらの相手も余がせねばならない、か」
専従の防衛者達は浮足立って主に動けていない。
少しでも自分が足止めを行わねば海側からの蹂躙を許してしまうだろう。
ルシウスは溜息を尽くと、鋼鉄人形に指示を出す。
ユナ達の無事を祈ると共に、
状況を打破する連携を求めようとする焦りを押さえつつ。
沿岸部を主体とした防衛ラインの構築を形成せんが為。
王族として高貴なる義務を果たす為に。
こうして後の世に<高く聳えし黒金の守り手>と称される鋼鉄人形らの活躍が始まったのだった。
ルシウスの参戦です。




