崩壊となる、とりすました態度っぽいです
水を浸したタオルで身体を拭います。
汚れなどを綺麗にしながら、身体の状態を確認。
先程の戦闘であちらこちらに擦過傷などがあった様ですが、自己治癒能力により回復したみたいです。
今は弾むような珠の肌を取り戻してます。
自己治癒能力は世界樹の力により霊格が向上した恩恵の一つです。
年頃の乙女としてはやはり傷が残らないのは嬉しいものです。
ただ……それはあくまで肉体的な話。
精神に刻まれた傷は癒せません。
だって挫折や苦悩は人格を形成する大切な要素ですから。
よって今回の……
思い返すも恥ずかしい……(えうえう)
再度全身を襲う駆り立てる羞恥。
頭を振った私は、それらを強引にシャットアウト。
うん、彼等だって悪気があった訳じゃないですしね!
むしろ見られたからって減るもんじゃないですしね!
何度も何度も自分に言い聞かせ自らを洗脳します。
先程ノハ事故、全然恥ジルコトハ無イ
ふう……自己欺瞞完了。
マインドセットが整った後は身支度の時間です。
髪を手早く結い上げ、シックで簡素なワンピースに着替えます。
鏡の前で点検を行い、私は執務室を後にするのでした。
コンコン。
重い樫の木製の扉をノックする、軽い音が廊下に響きます。
まるで自分みたいだとふと思います。
見てくれは立派ですが中身が無い。
そんな事はまあ、百も承知ですけど。
「は~い。開いとるで~」
応じたのは男性の軽い返事でした。
どうやら今は『大丈夫』みたいですね。
私は意識して表情を消すと、扉を開きます。
「失礼するです」
そこは20畳程の研究室です。
部屋を区切る様に大きなテーブルが4つ設置されてますが、アラクネで使われる魔導具や薬品が広い室内に所狭しと並んでる為、非常に窮屈に感じます。
更にテーブルを跨ぐように怪しい装置があるのも気になりますしね。
返事をしたのは私に背を向け中身が入ったフラスコを振る白衣の青年。
如何にもアレな感じの研究者って感じ。
それはその前にいる銀狐の姿を見ると尚更思います。
椅子に座り背中で腕を縛られ素顔を晒す彼。
何ていうか掴まった諜報員的なシュチエーションです。
「先程は失礼しました、盟主様」
「別に構いません。
貴方達の忠節は常に感じてます。
あのような雑事、気にする事はありません」
「自分には勿体ないお言葉です」
「ところでセルムスは?」
「ああ、アレは逃げました」
「はっ!?」
「これに巻き込まれるのを恐れた様です」
「そういえば銀狐、貴方いったい何を……」
「出来たあああああああああああああああ!!」
私の問いを遮る様に会心の絶叫を上げる青年が振り返ります。
寝癖のついた軽いパーマの掛かった茶髪。
着ざらしのシャツとズボンに白衣を羽織り、足元にはサンダル。
元はいいのに口元の胡散臭い笑みが台無しにしてる眼鏡を掛けた容貌。
彼の名は我がアラクネの3幹部最後の一人にして探索専任部門・研究思索部門を束ねるマッドサイエンティストことスカイラリー・アルケミアです。
腕は間違いなく王都でもトップクラスの錬金術師であり魔導技師なのですが……
見ての通り性格がアレなのです。
経費の使い込み等で王立研究機関を解雇され路頭を彷徨ってたのを偶然拾い上げたのですけど、今となってはそれが正解だったのかどうなのか。
とんでもない浪費を齎すが、得る利益で損失を埋めていく。
ハイリスクハイリターン。
例の薬(年齢詐称薬)や探索部門の装備などを開発してるのも彼の功績です。
私としては組織の諜報員や実動部隊に置ける怪我等がない完全生還率を15%も引き上げた事を評価したいのですけど。
「って何が出来たのです?」
「おお、ユナちゃん。
よくぞ聞いてくれました!」
「スカイ、盟主様を気安く名前で呼ぶな。
せめて敬称をお付けしろ」
「ええやろうが、別に。
ここにはワイらしかおらへんし」
「そういう問題ではない」
「まっ、そんな事を言えるんのも今の内だけやけどな~」
上機嫌でフラスコを振るスカイ。
猛烈に嫌な予感がします。
「スカイ、そのフラスコの中身は何です?」
「お仕置き用の秘密ドリンクですわ」
「なっ!?」
「ユナちゃんの着替えを覗いたんやろ?
あかんな~銀狐。
臣下たる者、それは極刑に値するで」
「そんな大袈裟な……」
「いや……確かにあり得る」
「って、あるんですか!?」
「よって君をそこに縛ったのは罰を与える為や。
そのロープ、バインド(束縛)が付与されてるけどなかなかのもんやろ?」
「ああ、本気を出さなくては抜け出せないな」
「それは結構。
今ゆうた通り、君は罰を受けなあかん」
「ああ」
「私の意見は?」
「ところが心の広いユナちゃんは君が傷付くのを好まん」
「それは嬉しい心遣いだ。痛み入る」
「私の意見は?」
「よって君はこの自分特製のドリンクを飲む事で罪を贖う。理解はええか?」
「理解した」
「理解しないでください!
っていうか、私の意見は!?」
かつて有名な哲学者を唆した悪魔の様に巧みに囁くスカイ。
って、それは罠! 絶対罠ですから!
だって殊勝な顔をするスカイの唇の端がピクピク何かを堪えてますし。
「ほな、一気に飲んでみようか」
「おう」
グイ、と。
顎下を上げてフラスコの中身を銀狐の口へ流し込むスカイ。
溢れ出た分がツツーと胸元へ零れ落ちます。
……何か結構エッチい感じがしました。
私が腐女子だったら今頃大変でしょう。
「別に何ともないが……」
「あと5秒や」
「え?」
「3・2・1」
「ぶっ!
あはははははははははははははははははははははははははははははははは!!
な、何だこれはああああああああああああはははははははははははははは!!」
「聞いた様やな、特製ドリンク」
「な、何を(ぶふっ)何を飲ませたあははははははははははははははははは!?」
「強力笑い薬」
「何でだあああああああああはははあっはははははははははははははははは!?」
「君、いつも澄まし過ぎや。
沈着冷静もええけど、偶にはガス抜きせんと壊れるで?
まあワイからのサービスも兼ねて、な」
「い、いらないわそんなサービスあはははははははあはははははははははは!!」
苦悶に身を捩るも、縛られてる為に動けない銀狐。
これは最悪の拷問です。
経験がある人は分かると思いますが、笑いが止まらないのはかなり辛いのです。
そんな自分がおかしくて笑っちゃう悪循環ですからね。
腹筋が痛くなるし、何より呼吸が苦しい。
即興でこんな罰と薬を編み出す何て……スカイ、恐ろしい子!
ミスティ兄様とも違う鮮やかな彼の手管に、私は改めて戦慄を覚えるのでした。
……まあ、いつも取り澄ました美形(銀狐)が壊れ堕ちる様を見るのは……
正直愉悦でしたけど、ね。ウフ(ぽっ)
ユナ、腐れた幻想に目覚める(?)の巻。




