奇跡となる、つごうのいい願望っぽいです
ドレスを貫く触手。
ウネウネと動くそれは、蠕動を以って私の内部に押し入ろうと蠢きます。
完全なる不意打ち。
直感スキルですら追い付けない、死角からの一刺し。
「他愛もない。
これが彼の勇者の系譜とは。
ノルン家の血も落ちたもの……むっ!?」
軽蔑する様に告げたバレディヤ。
次の瞬間、その顔が驚愕に彩られます。
稲妻のごとき速さで具現化し閃かせた、退魔虹箒の軌跡によって。
瞬時に展開した顕識圏により判別した内容により、対抗付与された箒は造作もなく触手を消し飛ばします。
「ほう。吾輩の<闇撫>を無効せしめるとは……
失礼、先程の発言は撤回させていただきましょう」
予想外の事態を面白がるバレディヤ。
長帽子に隠されていた眼が好奇心に輝きます。
「しかし解せぬ。
いったいどのような手品を使ったのですかな?
完全に不意をついたと思いましたが」
首を傾げ尋ねるバレディヤを油断なく見据えながら、
私は穴だらけのドレスを引き裂き応じます。
「何と! これは珍しい……
それは古代竜の革鎧ですかな?
なるほど。確かにそれならば吾輩の攻撃を防ぐことが出来ますな」
バレディヤの得心がいった感想。
私は無言で闘気を纏い身体を強化していきます。
そう、奴の指摘通りドレスの下に着込んでいたのは古代竜の革鎧<紅帝の竜骸>です。
伏線という訳ではありませんが……
ユリウス様の別荘でお風呂を頂いた後、激烈に嫌な予感がありました。
直感等のスキルを越えた第六感。
もはや未来に対する危機予測といってもいいでしょう。
>そ、それに我儘も聞いてもらっちゃいましたしね!
……ホンの少しだけど嫌な予感がするので。
虫の知らせというか、第六感は馬鹿に出来ません。
予知とか霊感などと呼ばれるこれら。
でもその本質は怪しげなものじゃなくて、生き抜く為に人間誰しもが持ち得ていた生来の能力です。
スキル<予兆>や<直感>と似てはいますが、もっと原始的なモノ。
様は無意識下で把握してる違和感だと思います。
人間の意識は無意識下でまるで大海の様に繋がっていると有名な心理学者さんは言いました。
だからこそ何か異変があった際、その大海を通じて察知しやすい。
特に身近な人や物ほど察知しやすい傾向がありますしね。
これです。
着替えを手伝ってもらったアネットさんに頼んだ我儘とは、
コルセットと共に古代竜の革鎧を着込む事でした。
ドレスの型が崩れると凄く文句を言われましたが、こればかりは譲れません。
最低限度の武装に留めればレオタード並みの薄さですから大丈夫なのです。
まあ身体のラインが出過ぎる節がありますがね。
でもそのお蔭で一命を拾いました。
流石の触手もミスリルクラスの強度と原初の火の要素を秘めた<紅帝の竜骸>を貫くまでには至らなかったようです。
ですが私は動けません。
何故なら革鎧は衝撃までは完全に軽減出来なかったからです。
予期し得ぬ一撃だっただけに受け流しも取れず、勢いを殺し切れませんでした。
年齢詐称薬により外見こそ17の姿ですが、哀しいかなその実体は7歳の身体。
闘気で強化しない限り、私の身体は鍛え込まれているも年齢相応なのです。
革鎧がかなり衝撃を吸収してくれたとはいえ、2~3本は肋骨にヒビが入ってしまったのは確実です。
抗醒闘衣を纏い自己治癒効果が発動してますが焼け石に水。
それに何より、顕識圏の判別結果が私を容易に動く事を留めていました。
敵対数:準妖魔王<災厄級魔人>一体。
脅威度:AA~AAAクラス。
属 性:複合契約による深淵系の闇。
対 応:抗闇系物理・精神防御、祓魔業式の三段階解放。
耐性ならび障壁付与<闇>
顕 醒:退魔虹箒による光系封滅業式の顕現。
多重付与術式、並びに治癒能力向上を優先した抗醒闘衣の具象化。
警 告:現状の戦力差と秘めた実力差は明確。
交戦は極力避け、逃走を最優先に。
準妖魔王。
恐ろしい事に災厄級と称されるということは、脅威度はともかくバレディヤ一人で街を壊滅するだけの力を秘めているということ。
更に明確なる実力差。
迂闊な対応は即、死を招きかねません。
ですが先に動くのは下策です。
静止する私。
ですが痛みにより流れ出る脂汗。
慰撫スキルで強引に鎮痛し、自己ヒーリングも開始します。
しかしそれを許すバレディヤではありません。
「良いものを見せて頂きましたな。
礼という訳ではありませんが、吾輩の力もご披露いたしましょう」
長帽子を取り、慇懃無礼な一礼。
モノクルの奥の瞳が悪戯っぽく輝きます。
そしてステッキで舗装された地面を付きました。
不思議な事に水面の様に波打つ地面。
奥に何か黒い影が揺れ動きます。
瞬間、全身を襲う倦怠感。
さらには総毛立つ恐怖感。
間違いありません。
バレディヤが喚び出そうとしてるもの。
アレは人が見てはいけない。
人が触れてはならないものです。
「ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう
るるいえ うがふなぐる ふたぐん……」
妖しい詠唱を唱え始めるバレディヤ。
呼応するように煌めく水面と化した地面。
一刻の猶予もありません。
私は全力で間合いを詰め、突進します。
それがあからさまな罠でも。
あの召喚が完成するよりか数倍マシです。
ここはいくしかありません。
待ち受けた様に燕尾服から放たれる触手。
数多いそれらを躱し、いなし、時に虹箒で弾きます。
直接触れればエナジードレインを引き起こす触手は致命的です。
何とか放たれた触手を捌き切りました。
(これで……!)
ですがあと数歩のとこで、
「くっ……何で!」
躱した筈の触手達。
そこから放たれた数々の魔力光に打ちのめされます。
麻痺、催眠、冷凍、洗脳、金属分解。
多くは抗醒闘衣と<紅帝の竜骸>に弾かれました。
でもその勢いまでは止まりません。
たたらを踏み、転倒してしまいます。
ですがこれにより判明したことがありました。
(バレディヤ……奴の正体はおそらく……)
しかし推論を述べる間もなく、バレディヤが言い放ちます。
「何か気付いた様ですな。
ですが残念。
貴女様はここで死ぬのですから」
「あっ……」
無慈悲に再度放たれる触手。
迫り来る触手がスローモーションのように自分を狙うのが分かります。
(避けれませんね……)
落胆にも似た述懐。
恐怖を超えた想いが思考を停滞させます。
私はここまで何でしょうか?
母様を救えず、ここで朽ち果てるのでしょうか?
戦場では冷静さを失った者から死んでいくのが鉄則です。
理屈で理解してても感情が納得しない。
悪夢の最中。
五里霧中の中の様な、
深海でもがく様なもどかしさ。
だから次の瞬間起きた事は……きっと窮地に瀕した私が望んだ、都合のいい妄想的な奇跡だったでしょう。
こんな英雄叙述詩の様な、
ご都合主義なんて現実では有り得ない。
だって、
雷のような閃光が迸り、
押し寄せる触手を薙ぎ倒し、
颯爽と飛来した人影が、
私の前に立ち塞がり、護ってくれるなんて!
「ネム……レス?
リューン……?」
苦痛と疲労に霞む目を苦心して開け放ち呟きます。
こういう時にいつも駆けつけてくれる存在。
無意識に呟いたのは二人の名でした。
でもそれにしては背が小さすぎる様な……
「悪いな、ユナ。
お前の王子様じゃなくて……俺だ」
「ミ、ミスティ兄様!?」
意外や意外。
私の危機に颯爽と現れたのは、
およそ8ヶ月ぶりとなる凛々しくも逞しく成長したミスティ兄様でした。
160話ぶりのミスティの登場です。




