幕間<インターミッション>2
見る者が幸せになるような朗らかな笑みと共に背を向けたユナ。
ケープに包まれても分かる均整の取れた肢体が、野生の肉食獣のごときしなやかさを以って去って行く。
可憐なる容姿に反し、烈火のごとき苛烈さと氷雪のごとき冷酷さ。
だが不思議と断然さは感じない。
何故ならユナの持つ本質は慈愛。
敬愛する母、マリーから受け継がれた無償の愛。
口と態度でどれだけ取り繕うとも、少女が持って生まれた天性までは変えられなかったのだろう。
それ故に周囲の者達を魅了してやまないのだが……
残念ながらユナ自身はその事に気付かない。
自分の人望も、組織の者達が肩書きに従っていると思っている節があった。
無論そうではない。
本当に辛い時、絶望に心折れそうな苦しい時に救いの手を伸ばしてくれたのが、ユナ(アラクネ)である。
その恩義に報いたい。
自分も誰かを救う手助けとなりたい。
純粋なその想いが皆を熱く駆り立てる。
故に組織の運営は捗り、ユナへの敬愛は深まるのだ。
虐げられし存在に救いの手を。
弱者の救済を謳った相互扶助を主体とした情報ネットワーク。
強き者が弱者を喰らい虐げる世界だからこそ、そんな御題目が尊く感じる。
それを象徴する御旗であるユナから受ける印象は春の風。
いや、風というよりも春嵐の様な佇まいだろうか。
見る者に豊穣と癒しの息吹を与える様な。
後姿ですら美麗なるその姿。
ユナが通りの先に消えていくのを、穏やかに見送りながら残された青年は呟く。
「なるほどね……
アレがユナ。
ユナティア・ノルン、か……」
トールスフィアと名乗った青年は一人、楽しそうに言葉を洩らす。
その表情に先程までの人の良さそうな面影はない。
あるのは偶然の采配を驚きながらも愉しむ、盤上の指し手の様な沈着冷静さ。
「こんな所にいらしたのか。
随分と探しましたぞ、我が偉大なる主殿」
何処から現れたのか?
まったく人の気配がなかった筈の噴水広場。
そんなトールへ話し掛けてくるのは片眼鏡に燕尾服、ステッキを華麗に振り回す老紳士。
キチンと手入れをされ、口元に携えられた純白の髭が動く度に揺れ動く。
だが如何なる奇怪な技を使っているのだろうか?
その姿は建物の壁から突き出ていた。
いや、同化するように足が建物に融合している。
「何だ、バレディヤか」
「何だとは何ですか。
今宵は我等が命運を期する日。
そんな時に肝心の御旗がいないのでは困りますな」
「ちゃんと休憩を申請した筈だけど?」
「受理されておりません」
「やれやれ。随分と堅苦しいものだ」
「申し訳ありませんな」
「いや、冗談だよ。
本気で気にはしてないさ。
さて君が動けるという事は……
事態は予定通りに動いているということかな?」
「そうなりますな。
すでにユリウスの身柄はこちらで押さえました。
後は大々的な仕掛けとプロモーションになります」
「はあ……今から気が重いね」
「何をおっしゃるのですか、主殿。
これも我等の悲願達成の為、ならば仕方なき事かと」
「そうは言うけどね……僕は反対したんだよ?
この計画は皆を危険に晒す恐れがある」
「主殿の為ならば、吾輩を含む皆の者。
死をも恐れませんぞ」
「狂信は嬉しいけどね。
盲信は困るな」
「ふっ……我等が世界蛇<ミズガルズオルム>は全て主様のもの。
主殿が望むならばその全てを捧げましょうぞ」
「その心意気は有り難いな。
けど、僕は皆の忠誠に値するほど出来た人間じゃないのでね。
どうしても割り切れない部分があるよ。
まあ本当に人ではないけど」
「主殿が反対されているのは吾輩も承知しております。
しかし思い知らさなければなりません。
王都でヌクヌクと怠惰と平和を貪る愚昧なる者達に」
「まあね」
溜息と共に肩を竦めるトール。
建物に張り付くように、臣下の礼を取るバレディヤ。
しかし何かに気づくや否や、好々爺たるその視線が鋭く窄まる。
「そういえば主殿」
「ん?」
「その御姿は?」
「ああ、これかい?
転生前、生前の僕だよ。
自分のスキルで『可能な限り弱体化』は可能か試してみたとこだ。
例の封印も君達のお蔭でほぼ解除出来た様だし、
転生してからこっち、チート能力で無双ばかりしてたしね。
原点回帰という訳じゃないけど、偶にはルーツを思い返さないと。
結果は上々。
やはりこの世界は弱者に厳しく、美しくない。
根本的な改革が必要だ。
このように思わぬトラブルに巻き込まれるしね」
苦笑し頬を撫でるトール。
その痣が、瞬時に癒される。
「その……痣は?」
「ああ、無法者に殴られた。
今言ったトラブルによってね。
そういえば面白い人物に偶然会ったよ。
脅威度Aクラスでマークしてる……
って、バレディヤ?」
振り返り建物を見るトールだったが、老紳士の姿はどこにもいない。
「さっそく敵討ちかい?
挨拶ぐらいしてから行けばいいものを」
トールは呆れた様に呟く。
傷を負った自分。
主たる存在を守れなかったという自責が狂奔に駆り立てるのか。
いずれにしても自分に仕える六魔将を敵に回す者には同情をせざるを得ない。
「やれやれ。これは大変だ。
まず間違いなく巻き込まれるだろうけど……
貴女は如何に切り抜けるのかな? ユナ」
誰もいない噴水広場で、トールは一人呟く。
今や世界中に知れ渡った反政府組織『世界蛇<ミズガルズオルム>』のトップは、先の見えない未来を愉快そうに嘲笑うのだった。




