歓談となる、おだやかなる会話っぽいです
青年を噴水脇のベンチに誘導し腰掛けて貰います。
最初は遠慮しようとした青年でしたが、まるで酩酊したみたいにフラフラです。
なのでここは強引に押しちゃいます。
「すまない、迷惑を掛けて……」
「全然そんな事ないですよ」
頑なに謝辞する青年に微笑み、私は手早くハンカチを濡らします。
そして未だ視線が虚ろな青年の顔へと優しく撫でるように当てがいます。
強い力だった為か、もうかなり腫れあがってしまってました。
醜く赤黒い痣。
でもそれはこの人が守った尊厳と云う勲章の証なのです。
「うっ……」
「大丈夫ですか?」
傷口に沁みるのか、苦痛を洩らす青年。
思ったより酷い状態の様です。
骨折してると大変ですし、これはちょっと治療が必要ですね。
青年の目線が隠れている事を確認し、ハンカチで患部を冷やしながら、私は身体で練り上げた気をそっと青年へと送り込みます。
熱を持った頬の腫脹を中心に気を伝導させ、循環。
悪い所へとエコーのように気を当て、内部の状態を探ります。
ふと思い浮かぶ既視感。
そういえば以前にも似たようなシュチエーションがありました。
確か村の悪ガキを相手にしたシャス兄様と一緒の時だったと思います。
あの時と違うのは心身共に成長し、技術が熟達したこと。
母様の模倣ではなく、確固たる自分のスキルであること。
何よりも大事な母様が……身近にいないということ。
郷愁にも似た甘い疼き。
胸中を過ぎるそれらを押し隠し、私は気を操作する事に専念します。
うん。どうやら骨に異常はないようですね。
ただ血管が幾つか内出血をおこしてるみたいです。
今度は溜まった鬱血を拡散すべく気を注ぎ込みます。
気の伝導は鎮痛効果もある為、痛みが徐々に和らいでいくのでしょう。
青年が驚いた顔をしています。
「これは……?」
「勝手かと思われるでしょうが、治癒を施させて頂きました。
今日から明日まで、少し尿が赤みを帯びるかもしれません。
ですがそれは今回血管に戻した内出血の分ですから心配しないでください。
出来たら大目に水分を摂取することをお勧めします」
「何から何まで……本当に申し訳ない」
「どうか気にしないで下さい。
私が勝手にしたことですし」
「でも誰かを助けにいって返り討ちに遭うとはね……
ハハ、我ながらカッコ悪いな」
自嘲するように苦笑を浮かべる青年。
けど私は穏やかに青年を浮かべながら応じます。
「そんな事……ないですよ」
「え?」
「自らには何の利益にもならない。
彼我の力の差を心得てさえいる。
それなのに凛然と誰かの為に立ち塞がった貴方は……
私には凄く魅力的に映りましたけど」
「あっ、ええっと」
「自信を以って下さいね。
貴方のやった事は間違いなく正しい行為でしたよ」
「あ、ありがとう。
そういってもらえると……僕も嬉しいな」
「フフ。不思議な人ですね」
「そうかな?」
「そうですよ。
こうして話してるだけで何だか……凄く癒されちゃいます」
「ハハ。それ、何故かよく言われるよ」
「そうなんですか?」
「うん」
「まあそれが貴方の仁徳のなせる業なのでしょうね」
歓談する私達。
ですが私は纏わりつく粘着質な気配をさっきから感じていました。
はあっ……せっかくの楽しい時間ですが仕方ありませんね。
名残惜しいですけど、ここで終了です。
「それでは私はこれにて」
「あ、一つだけいいかな?」
「? 何でしょう?」
「出来たら名前を聞かせて貰えないかな?
恩人の名前くらいちゃんと把握しておきたい」
「構いませんよ。
私の名前はユナ。
ユナティアといいます」
「僕の名はトール。
トールスフィアだ。
今日は本当にありがとう」
「こちらこそ。
御縁があれば、また」
後ろ髪を引かれる思いですが、私は青年……トールに背を向け、完全に昏くなり街灯に照らされる街路を足早に歩むのでした。




