至福となる、えもいわれぬ甘味っぽいです
「美味しい♪」
薄いながらもしっとりとした感触を残し、まろやかに焼き上がった生地。
果物の酸味に負けない強さを持った濃厚な生クリーム。
頬張る度、口内に広がる絶妙な甘味の協奏曲。
私は思わず至福の溜息を零します。
ここは王都のメインストリートの一つ、鈴蘭通り。
舗装された道脇の花壇に鈴蘭が咲いているのが特徴です。
ボッタクリ商法で有名な商店や妖艶なママのいる冒険者ご用達の酒場などもありますが、今私がいるのは無数に並んだ屋台の一つです。
以前から懇意にしているクレープのお店で、この姿(17)の時には必ず顔を出してます。
最近はその手堅い美味しさと安さから、女性冒険者を主体に徐々に人気が出て来たみたいです。
まあ食べ過ぎてしまうのが唯一の欠点らしいですけど。
「あはは。
ユナちゃんはウチの商品を食べてくれてる時はいつも幸せそうだね~」
「だってお世辞抜きに美味しいんですよ」
「おっ。言ってくれるね~」
声を掛けてくれたのは屋台のおじさんです。
脱サラならぬ脱兵士をして屋台を始めたという、この世界でもかなり変わった経歴を持つ40過ぎの人の良さそうな方になります。
以前から甘味処について探求してたせいか、趣味が高じて出店に到ったと以前に窺いました。
口だけじゃなくてしっかり成果を出してるのが凄いです。
「ほい、それじゃこれはおまけ。
ウチの新商品」
クレープをモグモグしてる私に、搾りたてフレッシュジュースが渡されます。
果汁100%な為か芳醇な香りが立ち昇ります。
「よろしいのですか?」
「ああ、勿論。
ユナちゃんにはいつも贔屓にしてもらってるし。
それにほら。
ユナちゃんみたいな美人さんが店先にいるだけでこれだからね。
こっちとしては何よりも宣伝になるよ」
次々とクレープを焼く手を止めず、苦笑しながらもおじさんは並んでる人達を見渡します。
私が来るまでは閑古鳥とはいえないまでも寂しかった店先。
それが今や20人を越す大行列になっていました。
「私のお蔭じゃなくてお店の味だと思いますけど」
「2回目以降はそう思いたいな。
でもまあ、最初はやっぱり切っ掛けが必要なんだよ。
そういう点でいえば、10人中7人は振り返るであろうクールそうな美人さんが満面の笑みでウチのクレープを食べてくれてるというのはインパクトがあるね」
「そ、そうなんですか?」
さりげなく褒めて貰ったようで。
でも外聞を気にせず頬張ってたらしい自分の姿に、少し気恥ずかしくなります。
「じゃ、じゃあ今日はこの辺で」
「ああ、いつもありがとう。
またお待ちしてるよ~」
手早くクレープとジュースを片付けると、私はそそくさと退去準備を始めます。
ナンパでもしようとしてたのでしょうか?
去り際に並んでる方々から残念そうな溜息が聞こえましたが……
まあ気にしないことにしましょうか。
この姿だとよく声を掛けられますからね。
ちなみに気合の入った人はあまりいなく、ジト目で見返すと大体は逃げて行きますけど。
ハンカチで口元を拭い、ケープの襟元を締めた直した私。
冬が近い為か日が落ちるのが早い黄昏時の通りへと歩を向けます。
時折気になる商店などを覗きながら、束の間の休息を楽しみます。
王都は本当に賑わってますね。
世界蛇<ミズガルズオルム>によるテロの影響などは微塵も見えません。
辺境では明日を知らぬ生活をする者がいるのに。
それがいい事なのか悪い事なのか。
生前、平和な日本で暮らしていた私にはよく分かりません。
でもこの世界が残酷な事は嫌という程実感させられました。
戦わなくては生き残れない。
非情ですがこれはどこでも通用する価値観でしょう。
そんな事をつらづらと考えてますと、
「この子に謝って下さい」
「あ?」
前方に争うような喧騒と人だかり。
どうやらトラブルに遭遇してしまったみたいです。
更新お待たせしました。
どうでもいい裏設定ですが、冒頭ユナがクレープを食べてるのは、違うシリーズ「タガタメ」でミラナがシャスティアに勧めてた屋台です。
さりげなく世界観を共有してるのでたまにニヤリとして頂ければ。




