労苦となる、たんじゅんな作業っぽいです
「他の方々の情報はフォックス配下の者に探らせております。
それほどお時間は取らせませぬ故、
今は盟主様としての責務を果たして頂ければ」
何故かとても素敵に華やかな笑顔で告げるセルムス。
その意味はすぐに分かりました。
彼が持ってきたのは多量の書類。
執務机の上にドカドカと乗せられていきます。
試しに一枚を取ってみると、どれも書式は整ってますが未証印です。
まさか……
そそくさと判子と朱肉を用意してるセルムスを覗います。
セルムスは露骨に顔を逸らしながら答えます。
「これは何です?」
「いや、盟主様不在の間はわたくしが代理として決済を行ってますが……
判子一つにも受領印を代筆するのでかなり手間なのです。
待ち時間の間だけでも結構ですので、判子を押して戴ければ」
半眼の私に揉み手で応じるセルムス。
まあ仕方ありませんね。
普段は組織の運営を幹部に任せきりですし。
予算を確保し、
賃金を支払い、
労働力と然るべき対価を確保する。
言葉にすれば簡単ですが、正常な組織運営には多大な労力が必要なのです。
私は溜息を一つ零すと、諦めた様に告げます。
「分かりました。
貴方達の努力を私は無碍にはしません。
さあ、どんどん持ってきなさい」
「御意!」
喜色に輝くセルムス。
顔立ちは渋いとはいえ、小太りな中年男性の満面の笑みは如何なるものかと。
急ぎ執務室を出て書類を取りに行くセルムスの横顔を見ながら肩を竦めます。
それからは単純作業の開始でした。
①書類をセット
②判子を手に取り
③朱肉を経由し、捺印
これの繰り返しです。
書類は優秀なスタッフにより検閲され決済待ちです。
なので私はただ判子を押すだけ。
ど~れ頑張りましょう。
あ、それ。
ペッタンペッタン。
や、それ。
ペッタンペッタンペッタン
もういっちょう♪
ペッタンペッタンペッタンペッタン
………………………………おかしい。
かれこれ2時間は経過したでしょうか?
書類に判子を押すだけの機械と化してた私は、違和感を感じます。
迅速な情報を収集し運用する我が組織。
それがこんなに時間が掛かるでしょうか?
大体過保護な銀狐がアネットさんを送り届けた後に顔を出さないのも変です。
気になった私は陰形スキルを発動。
盗賊の様に気配を殺しながら、そろりそろりと抜き足差し足忍び足で進みます。
目指すのはセルムスの執務室。
私同様仕事に忙殺されている筈。
その部屋の前に来た時、何やら話し声が聞こえます。
私は扉に耳を付けると聞き耳を立てます。
「……いいのか、盟主様をあんな事に従事させて」
「頼む、フォックス!
今だけは時間をくれ!
本当にいっぱいいっぱいなのだ!」
「お前の事情など知るか。
だいたいあいつはどうした?」
「あいつは研究室に閉じ籠もり中だ。
盟主様の帰還にも顔出しすらせん」
「……相変わらずだな。
幹部としての自覚はないようだ」
「仕方あるまい。
あいつに求められているのは純然たる成果だ。
例の薬もあいつの手柄だろう?」
「まあな。
しかし組織の人手不足は深刻だな」
「情報収集に人手を割いておるからな。
こればかりは組織の秘匿上、仕方あるまい」
「ああ、そういえば……
今期の就職希望者の中に、王立諜報機関<シャープネス>の者がいたぞ」
「なっ! それは本当か!?」
「ああ、自分の方でしかるべき対応をしておいた。
組織運営が拡大すると隙も多くなる。
こちらでも目を配るが、そちらも注意しろよ」
「憂い事が多過ぎるわ。
まあ我等は盟主様に命を救われた者。
その恩義には忠節を以って応じたいとは思うが」
「ならば働け」
「ふむ。そうだな。
幸い一番手間が掛かる作業は盟主様に代行して頂いている。
これなら今日中に終わりそうだ。
まったく盟主様さまだな」
「掻き集めた情報はいつ知らせる?」
「もう少し精度を高めてからで良かろう。
出来れば全ての書類が片付く頃合いに」
ふ~ん。
そういうこと、ですか。
ならばこちらも考えがあります。
私はそっと耳を離すと、本拠地に設置されたある場所へと赴くのでした。
「ところでな、セルムス」
「なんじゃ、フォックス」
「大変言い辛い事なのだが……」
「ん?」
「今までの会話な」
「ああ」
「全部盟主様に筒抜けだったようだぞ」
「なっ!!
何じゃとおおおおおお!!??」
「あとな」
「ええい、更になんじゃ!?」
「盟主様が逃げた」
「はァ!?」
「緊急時用転移陣に乗ったから自分でもしばらく消息を掴めん」
「なっなっなんでそうなるんですか、盟主様~~~~!!
ええい、であえであええええええええええ!!
盟主様が逃げた!
すぐにお戻ししろおおおおおおおおお!!!」
膨大な書類の山が雪崩落ち、頭を抱え絶叫する苦労人セルムス。
彼の悪夢はまだ始まったばかりである。




