咆哮となる、あらあらしい歓声っぽいです
クランベール商会。
それはここ数年で急に勢力を拡大させてる商会の名です。
王都にある本店を中心に各地方に支店を築き、更に村々へも拠点を伸ばす。
扱ってる品は日常雑貨から各種専門用具まで実に様々。
良い品を安価ともいえる値段で提供する。
派手な売り上げはないモノの、足元を見たボッタくりが多い王都から離れた辺境でも適正さを失わないそのスタンスは多くのユーザーから信頼を頂いている……
一般の人が抱く情報はそういったものでしょう。
しかしその実態は、私ことユナティア・ノルンが指揮する情報収集機関<アラクネ>の表向きの顔になります。
王都にある商会の本店には私に忠誠を誓う幹部3名が常在し、
情報収集部門、
投資検討部門、
商品売買部門、
慈善事業部門、
探索専任部門、
研究思索部門など、各部門を統括する部門長6名が辣腕を振るってます。
構成員である店員は100名前後と、
この規模の商会にしては異様に少ない方です。
ですがこれは組織の特性上仕方がない事であり、情報秘密保持の為にも必要な措置です。
人手が足りない時はイリーガルな協力者(専属の契約冒険者や情報ネットワークの端末)に依頼する事もあり、その者達を含めると倍の200名を超える大所帯になります。
各地方へも手広く進出しており、東西南北の支店は支店長を中心に各地域へ拠店を展開。
大陸全土をカバーする勢いです。
組織運営の主体となるのは神懸かり的な先物取引による利益。
まるで予知能力か市場の流れを『読み取ってる』かのごとき投資などは各関係者に恐れられてます。
無論その内実は能力全開で行う私のスキルの恩寵なのですけどね。
これら全ては私の復讐と誓いの為に結成された組織。
浅はかな個人の醜いエゴ。
それでも……救われぬ者に救いの手を差し伸べてることで同志を得て行った自分の方針は間違ってはいなかった、と思います。
ですが無垢、という言葉に顔向けできないほど罪に塗れてしまいました。
その事に……後悔はありません。
胸に刺さる甘い痛みはありますが。
まあアラクネの概要はこんなものです。
今はこんな回想より現実問題の対処ですね。
銀狐の魔術というより固有能力により転移した私達。
そこは煉瓦造りに漆喰がなされた瀟洒な建物の内部でした。
壁越しに人々の喧騒と愛想のいい店員の声が聞こえてきます。
ここは王都にあるクランベール商会本店。
その一階の片隅にある物置(とされる部屋)です。
六畳程の内部には何も物はなく、ただポッカリとした空間が広がってます。
一応扉があるにはありますが、そこは商会へと続く廊下があるのみです。
見慣れた場所を確認した私はその成果に満足し、銀狐に微笑みます。
「御苦労でした、銀狐」
「お褒めに預かり恐悦至極」
「まずは彼女を然るべきところへ。
救急処置はしましたが後遺症が無い様、本格的な治療が必要です」
「ではアラクネの緊急室でなく懇意にしてる寺院に運びます。
幸い国家権力の手が回り難い権威ある場所ですし」
「プロン寺院ですか?」
「はい」
「ならば安泰でしょう。
あそこのセキュリティはかなり強固ですからね。
私はこれから皆に顔を出します。
彼女の事は任せました。
落ち着き次第、こちらに戻りなさい」
「了解致しました。
ですがその前に……
一つ、宜しいでしょうか?」
「何です?」
「盟主様のお召し物ですが……少々扇情的過ぎますな。
そのままでは構成員に悪影響が出るでしょう。
自分で良ければ仕立て直しますが」
「ああ、そうですね」
動きやすい様に自分で破いたのもありますが、外見上は17歳の私に、7歳の向けのドレスは小さ過ぎます。
……一部、大丈夫な部分もありますがね!(くっ)
「ならば任せましたよ、銀狐」
「では失礼します」
銀狐が触れた先からドレスが発光。
今の私の姿と丈に合わせたものへと変貌してゆきます。
恐るべきは銀狐の固有能力。
ドレスの時間を巻き戻すばかりでなく、自分の意志を込めて加速し直す。
その結果がこの見事な仕上がりです。
年齢上に冒険はしててもどこか子供っぽかったドレス。
それが今やとても優雅でシックなデザインへと変わっていました。
「やはり盟主様にはその御姿がお似合いです」
「悪の女王みたいですがね」
「みたいではなく、そのものではないですか?」
「相も変わらず口が悪いですね、貴方は。
必要ないなら削ぎ落とすか縫い付けますか?」
「これはこれは恐ろしい」
「まあいい。
行きなさい、銀狐。
頼みましたからね」
「御意」
アネットさんを抱き抱えたまま銀狐の姿が掻き消えます。
国内最高の治療機関であるプロン寺院へと転移したのでしょう。
銀狐個人のコネクションがあるのも勿論ですが、あそこは国家権力とて干渉できない非干渉武装地域。
神々やそれに準ずる存在の恩寵を賜わる場所へはどの勢力も不可侵を貫くのみ。
ですから安全は確保されたといっても過言ではありません。
「さて、私もそろそろ行きますか」
新しくなった踵の高いヒール。
その足先で特定のリズムを刻みます。
すると狭い室内に音が反響。
やがてガコっ! という音と共に、隠されていた地下への階段が出現します。
「この勿体ぶった造りは何とかならないのですかね?」
幾分か疑問に思いながら私は地下へ進みます。
クランベール商会は煉瓦造りの3階建ての商館ですが、貴族の館の様に大きな建物ではありません。
店員を兼ねてる構成員や商品の数々で一杯になってしまいます。
では多くの構成員はどこにいるのか?
その答えがこれです。
アラクネの本拠地はまるで土蜘蛛の様に地下にあるのです。
地下にある遺跡を改造した本拠地は広大な敷地を誇ります。
唯一の難点は光源ですが、そこは魔導照明を多用する事で対応しています。
そんな事を思いながら侵入者避けの罠とダミーの扉を抜け、
私は皆が集う大広間を目指します。
地上に音が洩れない様に防音されてるとはいえ、いつもは活気づいてる本拠地がやけに静かです。
(まさか……)
脳裏に奔る嫌な予感に私は頭を痛めます。
やがて辿り着いた大広間への入り口。
私は意を決すると両開きの扉を勢いよく開きます。
その瞬間、
「「「「「 お帰りなさいませ、我等が盟主様!!! 」」」」」
大広間を埋め尽くす、雲霞のごとき構成員。
その誰もが片膝をつき頭を伏して歓迎の咆哮を上げるのでした。
……ちょっと頭が痛いです(はぁ)
ユナ =アイドル
構成員=ファン
……ではないと信じたいユナであった。




