自分が自分らしくある為に、のようです
「ふざけないでください」
静まり返る一同を前に、もう一度重ねる様に言います。
皆驚いた様に私を見詰めてきますが、気にしません。
この胸の内から溢れる溶岩のみたいな衝動を我慢する方が難しいです。
それほど私は怒ってました。
白面の言動に、ではなくその胸の内に。
「貴女は本当にそれでいいんですか?」
「何が、じゃ?」
「そんなボロボロになるまで思い詰めて。
そんなカラカラになるまで恋焦がれて。
ホントにもう二度と会えないで、諦められるのです!?」
「知った様な口を……
汝に、ユナに何が分かるというのじゃ!」
「他人の胸の内なんて完全には分かりません!
でも貴女がどれほど霊廟の主を想っていたかは周りを見ればすぐ分かります!」
ハッとした様に周囲を窺う一同。
戦闘に気を取られていたのもありますが、決着のついた今、やっと落ち着いて見渡せる筈です。
塵一つなく磨き上げられた床。
霊廟の奥、死霊王が封じられているであろう玉棺の前には迷宮に相応しくない花すら飾られてます。
どれだけ丹念に、
またどれだけ切なさを込めていたのでしょう。
帰らない人を想い、それでも待ち続ける日々。
大切な人ゆえ、心が摩耗していく。
まるで煉獄です。
天国でも地獄でも無い中間点。
人とは違い時間という束縛に縛られて無いため、
自分の力では脱出することも……苦しみを緩和することもできず、
ただ滅びを迎える機会を望む。
それはどれだけの戒めなのでしょうか。
彼女の伝説の数々を聞いていた時に浮かんだ疑問。
人族に敵対する死霊王の傍らにいながら、彼女自身に何かされたという逸話が無い事。
容姿端麗で特徴まで顕著ながら、何故か人伝いに百年も語り継がれてきた事。
これはよ~く考えればおかしな話です。
伝説を語る者がいる……即ち、墓所に来た者。
しかも霊廟に来た者を生かして返したという事。
本気で人族と敵対するなら自らの情報を持ち帰えらせはしない筈。
まして生かして帰すなんて論外。
彼女は……白面は結局のところ――
「妖魔王でありながら命を奪えない貴女。
機会を窺うだけで行動に移せない貴女。
貴女は……誰よりも優しいのですよ」
「馬鹿な……汝は何を――」
「だから聞かせて下さい。
貴女の本当の気持ちを。
貴女は本当は何がしたいのですか?
貴女は本当は何を求めているのですか?」
「わら、妾は……」
迫った私に言葉が詰まる白面。
宝玉の様に煌めくその瞳に、次々と輝きをあげ溜まるもの。
それは涙。
妖麗で耽美で気高ささえ感じられた災害級妖魔王。
金毛九尾と囀られた彼女は、ただ純粋に涙してました。
在りし日を想って。
帰らない日々を想って。
「妾は……逢いたい。
共に過ごせぬならせめて別れを告げたい。
あの御方に、妾を見て欲しい」
「それが貴女の本心なんですね?」
コクリ、と。
少女の様に純粋な顔で頷く白面。
ならば私の覚悟も決まりました。
「おい、何をする気だユナ?」
「ユナ?」
背を追うリューンと父様の慌てた様な声。
私はその声を無視すると棺の前に立ちます。
玉棺の中央に置かれ、凄まじい神性を発揮してるのがおそらく聖鏡イデアリフレクター。
いにしえの神々の魂を宿した神担武具の一つ。
これから私が行う事は神々の意に反する事かもしれません。
でも私が私である為、ここは引き下がれません。
悲劇を喰い止める。
どこかの誰かの笑顔の為に。
無愛想な守護者の顔を思い出し、少しおかしくなります。
「う、うああああああああああああああ!!」
玉棺に触れた途端、雷撃の様な火花を放ち拒絶する聖鏡。
先代勇者の掛けた結界の影響もあるのでしょう。
弾かれた様に後方へ飛ばされてしまいます。
「ユナ!」
「大丈夫か!」
すぐさま駆けつけ、背を支えてくれた兄様とネムレス。
私は筋肉痛の様に纏わりつく稲妻の残滓を振り払い、ガクガクする膝を堪え立ち上がります。
「ユナ!」
「何でこんな無茶をするんだ、君は!?」
「だって……仕方ないじゃないですか」
「何が、だ!?」
「だって……あんなにボロボロになるまで恋焦がれたんですよ?
ハッピーエンドにしなきゃ報われないじゃないですか……」
「ユナ……」
「私なら出来ます。
いえ、私にしか出来ないんです。
指輪とスキル編成を使い、死霊王の魂だけでも『召喚』してみせます」
「……それには痛みと代償が伴うとしても?」
「はい。引き下げれません。
彼女に……ねえ、貴女」
痛む首を無視し、白面を見やります。
リューンに抱えられ崩壊を押し留められてる白面。
ですがそれも限界です。
まるで霜の様にじわじわと消滅が始まってます。
やはりもう時間が無い。
だから私は尋ねます。
ピースを埋める、最後の一つを。
「……なんじゃ?」
「貴女の名は?」
「名?」
「はい」
「妾は金色九尾の……」
「いえ、そうではなく」
「?」
「貴女が彼の方に呼ばれていた名です」
「それは……」
「あったでしょう?」
「妾は……」
「はい」
「タマモ……あの御方は妾の事をそう呼んでいた」
「それさえ分かれば後は充分です。
タマモ……貴女はそこで待ってて下さい。
貴女の純粋な想い……必ず報いてみせます」
一歩一歩がまるで泥濘に嵌った様に重い。
それでも私は進みます。
と、その足取りが急に軽くなりました。
驚き左右を見渡せば、しかめっ面のネムレスと苦笑する兄様。
「ね、師匠。
妹はこう見えて頑固なんです。
言い出したら聞かないんですよ」
「はあ……まったくだ、シャスティア。
君達はそういう悪いとこばかり似通うのだな」
「それはまあ……兄妹ですし」
「ふむ。自覚してるなら自重したまえ」
「あの、二人とも……?」
「手伝うよ、ユナ」
「え?」
「君一人に負担を掛けたくはないと言ってる。
まあ些細だが俺達が君を支えよう」
「兄様……ネムレス……」
「それじゃ余も参加せざるを得ないな」
「ルシウス……」
「うむ。娘子や若者ばかりに活躍されたのでは年寄の沽券に係わるしのう」
「そこにわたしを含めるな、ガンズ。
……まあ娘が決断した事だ。
親ならば黙ってしっかり支えてやるのが大事だろう。
きっとマリーもそう言う筈だ」
「ガンズ様……父様……」
「さあ……やるよ、ユナ。
皆をここまで煽ったんだ。
ちゃ~んと責任とってカッコつけないとね?」
悪戯めいた瞳で私の顔を見る兄様に、
「はい!」
と私は涙まじりに応じるのでした。




