激戦を超える殴り合いのようです
「るおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
シャスとユナの視線の先。
そこでは怒号を上げ突進するガンズの姿と、
「フン……どうした?
その程度か、人族よ」
吹き出る汗とは対比的に、涼しい顔をして猛攻をいなすリューンの姿があった。
それは一見すると奇妙な姿であった。
秒間数十発に及ぼうかというS級前衛職ならではのガンズの拳の弾幕。
巨体から繰り出される闘気を纏った拳による物理的圧力は勿論の事、
真に恐るべきはその秘められし力だ。
王家に連なり者が持つ血継固有能力。
その中でも、ガンズは粉砕念動力という力を宿していた。
これは念動力を以て分子間結合力に干渉、
結果全てを粉砕するという能力である。
導師級魔術師の扱う高位呪文<分解消去>に似た効果を常時発動しているともいえる。
ありとあらゆる防御を無効にするその力はまさに最強の矛。
更にその力を巨体からは信じられない程繊細に研ぎ澄まされた戦闘技巧で振るうのだ。
天災に近いその嵐の様な猛攻は数少ないS級の中でもトップクラス。
<天撃>の異名は伊達では無い。
ただの上位眷属程度ならば位階差を越え押し通す事も可能だろう。
そう、通常ならば。
相手がリューンでなければその戦法は有効といえた。
だが世の中には相性というものがあり、相克というものがある。
「幾ら続けようが無駄だ」
攻め続けるガンスを幻獣持ち前の怪力で押し留めながら応じるリューン。
人の姿に化身しようともその特性までは失われる訳ではない。
更に冒険者レベルに換算すればリューンはかなりの高位に値するであろう。
しかしそれではおかしい。
ありとあらゆるものを粉砕する拳に対し、何故抗えるのか?
その結果はこれだ。
「吾の能力を突破できぬ限り……
残念ながら汝に勝機はない」
血煙の舞う自らの双腕をクールに見定めながら嘯くリューン。
それはまさに奇妙な光景だった。
右に左に。
上に下に。
ありとあらゆる方向から多角的に撃ち込まれるガンスの拳。
砲弾の様なその拳が炸裂する、その度にリューンの身体が爆ぜる。
が、瞬く間もなく再生するのである。
それは最早復元レベルではなく時間の巻き戻りとでもいえた。
これは全てリューンの持つ特性を最大限活用した結果である。
一角馬の特性は癒し。
言うなれば生命力の活性化である。
リューンは攻撃を捨て、全ての力を己が特性に注ぎ込んでいるのだ。
壊されてもいい。
けど、貫かせはしない。
死人すら蘇生するという一角馬の力を自己の再生に注ぎ込んだ場合、
強大なその力はまさに鉄壁とでもいうべきものになる。
最強の矛に対する最柔の盾。
それは絶対の防壁といえた。
無論、これにも弱点はある。
肉体が破壊される度に迸る痛み。
幾ら身体が復元しようが、これは打ち消しようもない。
今も地獄の責め苦を凌駕する痛覚がリューンの全身を隈なく襲っている。
(だが、それがどうした?)
リューンは痛みに耐えながらそう思う。
(吾が原因の一端である騒動で、ユナ達は母を失った。
その心の痛みに比べれば、己が痛みなど如何なるものだというのか。
謝罪しても仕切れぬ。
こんなものではまだまだ償えぬ)
普段は意図的に道化じみているリューン。
だが、その心意気はどこまでも義理堅い。
恩義には命を以って報いる。
だから痛みなどには屈しないのだ。
故に霊的な設計図が崩壊しないかぎり、
あるいは誇り高きその心が折れない限り、
リューンは負けない。
しかし……このままでは残念ながら千日手である。
打破すべき策が無くば、如何に幻獣であるリューンとて限界はくる。
されどリューンに焦りはなかった。
戦闘開始からリンクしている相方から準備完了の知らせを受け取ったからだ。
(待たせたな、偉大なる幻獣よ)
(もう良いのか?)
(うむ。今の余に出来る全てを織り込んだ)
(そうか……ならばかましてやるがいい。
汝の大切な者を取り戻す為に)
(うむ!)
ルシウスからの心話。
激励として応じるリューン。
そしてついにルシウスは解放する。
精神感応を司る自らの力、その全容を。
「叔父上!
どうか受け取って下さい!!」
それは絶大な想いが込められた強大な思念波。
服従させようとか支配しようとかではない。
清浄で暖かなる光。
ただ感謝と願いが込めれていた。
(今まで見守ってくれてありがとう。
慈しんでくれてありがとう。
でもいつか雛鳥は巣立つもの。
叔父上、余はもう一人で立てます。
いえ、未熟な自分を知りこれからはもっと皆を頼ります。
だから叔父上が頑張らなくていいんです。
もっと自分を御自愛下さい。
そして出来るならばこれからも自分を支えて下さい……)
上位眷属による魅了すら打ち破る純粋な祈り。
思念波に打ち抜かれたガンズがはたとその動きを止める。
視線の先には成否を見守るルシウス。
心配そうなその顔に対し、
「ああ……大きくなったな、ルシウス」
優しく微笑みながらガンズは倒れていく。
「叔父上!」
すぐさま駆け寄り安否を確認しようとするルシウスを堰き止めるリューン。
床に強打しない様にガンズを支えながら、
「大丈夫だ。
ただ心身の疲労で昏睡しているだけだ。
しばらくすれば目を覚ます」
「そうか……余の想いは届いたのだな」
「ああ、吾も念話を使うが故に分かる。
あれは見事としか形容出来ない思念波だった」
「そうか……世辞でも嬉しい」
「汝は吾の心も読めるのだろう?」
「うむ」
「ならば分かる筈。
吾は人族と違い世辞は言わぬ。
まことにあっぱれだったぞ」
「うむ!」
喜色を浮かべるルシウスの頭をがしがし撫でるリューン。
気持ち良さそうに眼を細め応じるルシウス。
そこには世に対し斜に構えた様子はなく、
歳相応のあどけない少年の姿があった。
「さて、残るは……」
「うむ。いよいよ……」
作戦通り順当にカルを打破したのか、
こちらに視線を向けるユナ達に親指を突出し応じる二人。
そして玉座正面へ向き直った先では、ついに――




