窮地を切り抜ける笑顔のようです
曖昧な闇の中を揺蕩い、ただ彷徨う私。
遠くに父様達の姿が微かに視えます。
驚いた事に、傍らには母様の姿すらありました。
「父様! 母様!」
必死に呼び掛け手を伸ばすものの、二人は振り返りません。
その事実がもどかしく、何より哀しくて。
私はそっと涙を零します。
(ユナ……)
打ちのめされた私を、まるで労わる様な慈愛の思念。
ぐしゃぐしゃになった顔を見上げれば、痛ましい顔をしたティアがいました。
「ティア……」
(大丈夫?
辛いだろうけど、今はしっかりするべき)
「だけど父様が……母様だって……」
(不安に思うのは分かる。
でもユナは自覚しなくてはならない)
「な、何を?」
(まだ未来は確定してないことを。
運命の因果率はいつも揺れ動いている。
行動や言動の一つ一つで変化する程に。
視えざる演出に操られていいの?
悲劇を悲劇のままにしていいの?)
「そんなのは絶対嫌!」
(ならばまだ立ち上がれる筈。でしょ?)
「でも、私……それに腕も……」
(大丈夫。ユナには望んで支えてくれる人がいる。
今まで培ってきた絆……
それは、決して無駄じゃない)
「絆……」
(うん。ユナはしっかりしてる。
けどたまには甘える事を覚えるべき。
誰かに必要とされるのは……
誰かを必要とする以上に嬉しいのだから)
「うん……」
(それじゃティアはここまで。
また、ね。
次こそは……)
「まっ、待ってティア!」
(……何?)
「いつも……傍にいてくれて、ありがとう」
(ん。気にしない。
ティアもユナと共にあるのが凄く嬉しい。
これからも頑張ろう。
母様を……家族を取り戻すため)
「うん!」
手を振るティアの姿が朝日を受けた霧の様に霧散していきます。
その事を見届けるまでもなく急激に浮上していく意識。
身体全体に行き渡るあたたかい波動。
それは勿論……
「リューン……」
「目が覚めたか、ユナ」
いつの間にか自室のベットに移されていた私。
そんな私の横に人間体のリューンがいて右手を握ってくれてました。
「遅くなってすまない」
「そんな事……ないよ」
「だが、ユナの腕が……」
こうしてる今もリューンからは莫大な癒しの力が注がれてます。
ただ、私は気付きました。
その力さえ、失った左腕から零れていく事を。
「リューンでも……
やっぱり再生は難しいんだ」
「違う。
一角馬の癒しは生命の根源に触れる。
通常の傷ならばどんな重傷でも生きてる限り癒せる。
だが……霊的設計図に及ぶ傷は別だ。
それは己がカタチを象る重要な要素なのだから」
「そうなの?」
「うむ。よって吾の力を以てしても癒せない(ぎりっ)。
だからこそアストラルにまで及ぶ損傷とは恐ろしいものなのだ。
肉体的な傷なら幾らでも治せるのに……吾は悔しい」
「仕方ないよ」
落ち込むリューンの頬を撫でます。
憔悴した様にに消沈するリューンでしたが、意を決したみたいに、急にガバっと私の両肩を掴み返します。
「きゃっ」
「しかし案ずるな、ユナ!」
「なっ、何?」
「あの男から話を聞いた際、既に手は打っておいた。
かの方の力を借り、ゲートも用意した。
ユナさえ良ければすぐにでも……」
「ちょっ、ちょっと待って、リューン!
その近いっていうか……あの!」
ずいずいと迫るリューン。
ベットの端まで追い詰められた私はついに押し倒されてしまいます。
あわわ。だ、大ピンチなんですけど!
涙目になりパニックに陥る私。
そんな私に気付かず真面目に迫るリューン。
しかし次の瞬間。
「いい加減にしろ、この性犯罪者予備軍が!」
素早く駆けつけたネムレスに頭を蹴り飛ばされてました。
あ、危なかった~。
転生してから一番の貞操の危機を感じました。
「な、何をする!?」
「それはこちらの台詞だ。
ユナと二人で話したい。
治療に専念したいというお前の願いは確かに聞き届けた。
だがその結果がこれとは」
「何の話だ!
ユナと吾は今大事な話を、だな」
「黙れ。聞く耳持たぬ。
世の為人の為、やはりここで斬り捨てるのが一番だな」
「ほざくな、守護者風情が!」
激しい口論の末、闘志を飛ばし合う二人。
本当にこの二人は水と油です。
思わず溜息をついた私が仲裁に入ろうとした時、
「いい加減にしなさい!!」
怒鳴り合う声が家中に響いたのでしょう。
憤慨したファル姉様が割って入ってきました。
っていうか、初めてみるくらい怒ってます。
絶対角が生えてますよ、アレ。
真剣に怖いと思いました。
「怪我人の前で何をされてるのですか、貴方達は!
恥を知りなさい!!」
「し、しかしだな……」
「うむ。互いに譲れぬものがあってだな……」
「いいからそこに正座!」
「そ、それは……」
「早くなさい!」
「「は、はい!!」」
激昂する声にすぐさま正座し、頭を垂れるリューンとネムレス。
素早い反応に納得がいったのか、腕を組みクドクドと人差し指を立て説教を開始する姉様。
そんな様子が滑稽に感じ、私は思わず笑ってしまいます。
「ユナ様……」
「「ユナ……」」
「ごめんなさいです。
けど、ついおかしくて」
着せ替えられてたパジャマのままベットから立ち上がります。
そして私は皆に頭を下げます。
「御迷惑をお掛けしました。
心配させて申し訳ありません」
「そんなことありませんわ、ユナ様」
「うむ。その通り」
「吾も皆もユナの窮地を救いたいのだ。
それを迷惑とはまったく思わぬ」
「ありがとう……です」
「それに止めても大人しく応じるユナ様ではないでしょうし……
行かれるのでしょう? カル様達を探しに」
「はい」
「ならばわたくしは止めません。
ただ、リューン様の好意もあります。
その腕を治してから赴いた方がよろしいと思います」
「えっ?」
疑問に思った私が小首を傾げた時、
「師匠! 転移ゲートの準備、整ったみたいです!」
完全武装をしたシャス兄様が飛び込んでくるなり叫ぶのでした。
いつも閲覧ありがとうございます。
ちょっとプライベートの方が忙しく更新スピードが落ちます。
11月くらいまではのんびり更新していきたいと思います。




